表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
63/77

トーガの授業 7


 ――ホーリィ視点。


 世話の掛かる妹という認識を改めねばならない。

 実践訓練を前に、ウルールが自らの師トーガ・ヴェルフラトの意図の推測と、スーへの対策案についての相談があった。

 それは焦点のズレを認識させるには充分な情報だった。

 普段の行動と発言から頭でっかちで足元をすくわれやすい印象は強かったが、観察眼と頭の切り替えの早さはさすがというか、ララーナ様譲りと言える。

 先ほどの授業内容も、それを踏まえて耳を傾けると的を射ていたと確信させるものがあった。


『トーガさんは、私たちに”生存率を上げる”目的の指導をしているんだと思う』


 魔法の新技術の伝授にばかり目が向いていた私にとって、想像の外の答えだった。

 いいや、金銀財宝が霞むほどの知識の塊りに目がくらんでいたという方が正しい。

 そして、その技術を得たい、試したいという考えが頭を占めていた。

 冷静になってみれば、剣の先生であるゼシオン様も足運びによる回避――防御が攻撃を生むと指導していた。

 剣先で間合いとタイミングを計り、鋭く早い連撃を放つ。

 可能な限り素早く体勢を戻すか、あえて誘い込んで・・・・・魔法を叩きこむか。

 好んで後者を選んでいるところは、自分でも認めるところだ。

 不利と判断する引き際の見極めはうるさく、耳にタコが出来るかと思うほどにしつこく言われてきた。


 スーとの実践訓練でそれが出来ていたか?

 否だ。

 大魔術師ウィザードトーガ・ヴェルフラトの感心を引くべく、倒すこと――攻撃にばかり意識が向いていた。

 彼に敗れた時、姉妹の連携を褒められたことで勘違いしていた。

 よくよく考えてみれば、3姉妹でメネデール様にひと泡吹かせられたことはなく、ゼシオン様から一本も取れたことがない。

 所詮は小娘3人のちょっと出来がいいコンビネーションに過ぎない。

 それに目もくれず、得意げになって能力の披露に執した。

 アホのやることだ。

 一歩として動かすことの出来なかったあの英雄級が護衛として信頼するスーに、容易く勝てる道理はないのだ。


 組合登録冒険者のパーティから一目も二目も置かれていると、のぼせ上がっていたのだろう。

 上を見ては足元をすくわれ、下を見ては頭を叩かれる道化師ピエロと同じだった。

 時折リズムを取って揺れるのほほんとしたあの液体の塊りは、圧倒的に自分たちより上の存在だと認めねばならない。

 彼は言った。


『想像力の欠如。判断が甘く、遅い』


 相手の攻撃に対する柔軟性や対処が遅いという意味かと思っていたが、違うのだろう。

 もちろんそれもあるが、もっと単純だ。


 訓練の意図を察することが出来ないこと。

 相対した敵の力量を計ることが出来ないこと。

 どれほどの難題であるかの理解することへの遅さだ。


 スーとの実践訓練で2度目の敗北を喫するまで、自らの油断や予想より戦いにくいという認識しか持っていなかった。

 それが焦りとなって、冷静さをさらに失ってがむしゃらに負けを増やしたのだから恥の上塗りだ。

 このままではご先祖様に顔向けできない。


『私の弟子や生徒である以上長生きしてもらいますよ』


 この訓練の勝利条件は、3姉妹が制限時間いっぱい無事でいること。

 攻めるのは最悪手だ。

 こうして防御に意識を向けると、視野がずいぶん開けてくるから不思議だ。

 訓練のルールでは行動範囲は設けられていない。

 とはいえ、散開逃走では意味がない。

 愚策だ。

 スーの機動力と無尽蔵のスタミナに的確な急所撃ちは、容易く各個撃破させることになる。

 10分持たない上に、犠牲を出している。

 この訓練は1人でも倒れれば敗北なのだ。


「準備はいいですか?」


 出会ったころと変わらない涼しげな笑顔で言った。

 黙って頷くと、レイピアを構えた。

 武装は変わらない。

 役に立たずとも相手の油断を誘えれば儲けものだ。

 3人並んでスーを見据える。


「では、メネデール公。合図をおねがいします」


 メネデール様が小銀貨を指で弾く。

 回転する小銀貨が地面へと落ち、訓練は開始された。


「”天へと昇りし ゆらめくものよ

 我が叫びに従い 大地にあまねきたけれ”

 <火炎球ファイアボール>!」


「”天と分かちし すべての母よ

 迫りし愚かな獲物を 貫き留めよ”

 <大地の釘針グランドスパイク>!」




■□■□■□■□■□■□■□



 倒れ伏す姉と妹に倣うわけではないが、私も膝から崩れ落ちる。

 本当に何なんだアレは……。

 広範囲に炎を放てば、肥大化して回転しながら飛び込んでくる。

 岩トゲを一面に作り出せば、蛇よりも滑らかに直進してくる。

 風で押し返すのはなかなかに有効だったが、途中でヘレナの魔力が尽きた。

 ウルールの魔力操作による、スーのボディの持ち上げも有効性を見せたが、拙い技量のため突破された。

 結果で言えば昨日と大差はない。

 1分ほど時間が伸びただけだ。

 10分がこれほどに長いものだと感じたのは初めてだ。

 ただし、トーガ・ヴェルフラトの反応は違っていた。


「よい訓練でした」

「昨日とそれほど差はなかったと思いますが……」

「訓練の意図を悟り、全力を尽くす。これは結果よりも大事です」


 そんなに大事なのだろうか?

『訓練は結果より過程、本番は過程より結果』という格言がある。

 確かに目的を意識して訓練に励むことは大事だが、それならば最初に説明すればいい。

 ではなぜ説明はなかったのだろうか?


「少ない情報から相手の真意を悟ることは重要です。

 ルットジャーの血統事情から、もう少し早く行きつく結論だと期待していました」

「ああ……確かに」


 メネデール様に目を向けると大きく頷かれた。


 ルットジャーは遺体も他人の手に渡ってはならない。

 血統を狙う者は、死した肉体であろうと有効活用しようとするからだ。

 たとえば教国ドルミラフェンには、復活の魔法を習得している者が少数ながら存在する。

 寿命が尽きていたり、特定の条件を満たさなければ肉体は灰となるが、万に一つの可能性はある。

 たとえば、帝国エレンシャフトの禁忌の魔術師トランセンデンタルアブスターフ。

 死霊術師ネクロマンサーでもあるヤツにとって、喉から手が出る戦力だろう。

 場合によっては傀儡となった英雄から、魔法の知識をかすめ取るかもしれない。


 もしもご当主様が再現に成功した〈氷結の霧雲フローズンクラウド〉が流出したらと思うとぞっとする。

 足元から迫り来る白い雲は胸をざわつかせ、寒さも手伝って震えを止まらなくさせる。

 以前に、愚かにもルセイス周辺の洞穴を根城にした盗賊団の討伐で、その威力を目の当たりにした。

 生物無生物を問わずに飲み込んだものをすべて凍りつかせ、盗賊団の足首がガシャンとヒステリックに取れる・・・様は忘れられない。

 血も凍る恐怖とはああいうのを言う。


 だから珍しいことだが、大貴族にもかかわらずルットジャー氏族クランに納骨堂はない。

 さらに、代々火葬で完全に灰にして砕いた後、エルフの墓地とも言える精霊の樹の近くに埋葬される。

 そのおかげか、ルットジャー氏族クランが死霊として呼び出されたことはない。

 これも始祖ヒーネ・ルットジャーの遺言だった。


「一生の恥だわ……」

「若さは能動を攻撃に見出すものです」

「他にもあるんですか?」

「間合いや言葉、観察眼ですね」

「……なるほど」


 相手の目的を外すことが出来れば、ある種の勝利と言える。

 間合いによって牽制し、精神的な疲労を与えながら言葉巧みに情報を拾う。

 そこから勝利条件を見出して行動するのは、必勝の術だと教わったことがある。

 我が師のメネデール様からだ。


 情報はいくつもあった。

 そもそも最初にトーガ・ヴェルフラトと手合わせするとき、『制限時間の5分』と『一撃でも与えれば勝利』という条件が出た瞬間に他の可能性を捨てていた。


『制限時間内に一撃与えなければ負ける』


 タチの悪いことにその思い込みは、スーとの訓練でも引きずっていた。


「ヴェルフラト先生。もしも先生との手合わせのとき、私たちが5分間逃げ回っていたらどうでしたか?」

「逃げ切られていたら弟子が3人になっていたでしょうね」

「……やられた」


 詳細な勝利条件は聞かなかった。

 なんと間抜けな話だろう。

 千載一遇のチャンスを自分から手放したのだ。

 氏族クランから実力を計るよう命令を受けていたことも手伝い、判断を見誤った。

 いいや。愚痴を言うまい。

 逃げ切れていたかどうかもわからないのだ。

 たらればを言い始めたらキリがない。

 弟子入りのチャンスを完全に失ったわけではない。

 あのバカげた黒い鉄塊を著しく破壊して見せればいいだけだ。

 それにメネデール様が師として不足だとは思っていない。

 家庭教師として教わる基礎からマニュアル魔法を極めて、師メネデール・イスナ・エルフィンと並んでも見劣りしない英雄級魔法詠唱者マジックキャスターとなる夢は、必ず叶えて見せる。

 稀代の天才シャーリー・ルットジャーを超え、始祖ヒーネ・ルットジャーの再来と謳われるのは誰でもない。

 私――ホーリィ・ルットジャーだ。




 手前勝手ながら諸事情あって

 再来週の22~28日までの丸々7日間、

 お休みをいただくことになると思います。


 次回更新予定日は8月11日(木)

 投稿時間は未定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ