トーガの授業 6 -強化のススメ-
「そういうわけで、了承書を頂いて帰るまでの間の訓練のバリエーションを増やしておこうと思ったんです」
笑顔で言うトーガさんからは、失敗を思案する様子は見られない。
みなの反応を見ればアーウェン様の説得の難しさは想像に難くないはずだ。
なにか秘策があるのだろうか?
王都レウノアーネからルセイスを経由して南の大森林のエルフィンの道中もそうだ。
往復する日数を考えると、半月は掛かる。
そこにアーウェン様の説得の時間が加わると、建国千年祭が始まってしまいかねない。
間に合うのだろうか?
「トーガさん……」
「どうしました? ウルール」
「どれくらい掛かりそうですか?」
「1週間くらいですかね」
さすがのトーガさんも説得に1週間ほどは掛かると見ているわけか。
往復の日数を入れて3週間。
旅の疲れを取るのに1日。
建国千年祭の開催前に街並みを見て回るのに2日。
うん。これなら結構ゆとりがある。
「出発はいつですか?」
「明日の朝には出る予定です」
随分急だが、建国千年祭のことを考えると早い方がいい。
今夜中に荷物をまとめて、移動の馬車は氏族所有の一番早い中間種馬のを借り出せばいいか。
サイオンお爺様に直接お願いすれば、確実に借り受けられるはず。
エルフィン所有のものは荷馬車なので、速度の出ない重種馬ばかりだ。
筋肉質で体重は900キロ前後もあって大迫力でカッコイイのだけど、今回の用途では不向きだろう。
軽種馬で早駆けするのも手ではあるが、シューちゃんも同行するだろうことを考えるとやはり馬車になる。
私の旅券の話とはいえ、お風呂以外の行動では常にトーガさんの側にいるシューちゃんがここに留まるとは思えない。
今も授業の内容は聞いていないものの、近くの木陰でラファナスをソファ代わりにしている。
「シューちゃんも一緒に行くんですよね?」
「ええ。もちろん」
「わかりました。授業が終わったら馬車の手配をしますね」
「うん? 足も食糧の手配もすでに終わっているので大丈夫ですよ」
「……そうなんですか?」
仕事が早い。
こういう雑事こそ弟子がするものなのではないだろうか?
師匠がすべてやってしまっては、弟子が師匠のやり方を学ぶ機会がない。
旅の道中で食事の支度やテントの準備に鳴子結界など、仕事を持っていかれないように気をつけないと。
「うん、わかってるよホーリィ。だから睨まないでよ」
「ヴェルフラト先生はひとり上手のようだから、弟子のアンタが気を配らないとダメよ?」
「お客様じゃなくて弟子だからね」
たぶん帰ったら旅の道中について詳しく聞かれることになるだろう。
ルットジャーの三女としての行動についての言及もそうだが、道中でなにを教わったか、なにを話したか。
ホーリィは氏族の命令が出ているだろうから特にだ。
「それでは今日の授業の本番といきましょう」
トーガさんは笑顔でそう切り出した。
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強化についての授業。
魔法・闘技に問わず、対象を強化する技術だ。
強化の内容は大別すると3つ。
1つ。傷を負わぬよう肌をエネルギーで覆ったり、肉体そのものの強度を高めたり、筋力を増大させる。
2つ。視覚・聴覚・触角・臭覚・味覚の――五感の鋭敏化。
3つ。思考と神経伝達の加速。
これは難易度の順番でもあるが、難易度が低いからといって軽んじることは出来ない。
基礎が盤石であるからこそ、高度な技術に価値が生まれる。
たとえば、五感の鋭敏化に成功して敵を発見しても、戦えるだけの肉体の強度や逃走の脚力がなければ意味がない。
たとえば、思考を加速させても、回避するだけの神経伝達やそれに反応する肉体がなければ、恐怖と痛みを増大させることになる。
マニュアル魔法の一端に触れたことによって属性魔法と肉体の強化が密接に関係していることを知った身としては、1つ目の防御こそしっかり学びたいものだった。
なにより、私は空を飛びたい。
王都レウノアーネに来たばかりの頃、姉たちに連れられて見たジェーネクラモール劇場の一幕。
英雄譚演劇でオストアンデルが、黒い大剣を片手に大跳躍するシーンを見て以来、夢想してきたことだ。
それが風魔法での奥義で、自分にその適性があると聞けば目指すのは当たり前だ。
生々しい失敗の惨事を聞いたとはいえ、時間を掛けて学べば可能だと言われた。
あの風の大魔法でさえ、目指すべき頂きの1つだと言われたのだ。
謎の大魔術師のメーちゃんに。
彼女は実在する。
知識にない情報をいくつも聞きだし、現実で確認した。
属性のマニュアル魔法についてであったり、属性魔法性格診断であったり。
トーガさんの反応からも、呪術魔法による魔力視認は肯定された。
その呪術を覚えることはお薦めされなかったが……。
呪術は取り決めた制約によっては一生物となったり、生活に支障をきたすことが多いらしい。
大魔法の習得には必要になるが、それは土台が出来上がってからと約束してくれた。
なにやら複雑そうな表情をしていたところを見ると、失敗を経験したのか、失敗する弟子を見たのかのどちらかだろう。
今は土台がまだまだなので、しっかり基礎を作ってゆかねば――。
「――と。ここまで説明しましたが、ウルールには魔法ではなく闘技で覚えてもらおうと考えています」
「闘技で、ですか?」
「実は肉体や五感の強化を行う際に、魔法は他者にも掛けられるよう『放出』と『維持』と『動作』の手順があります。
しかし闘技だと、元々内包している闘気をまとって強化するだけなので無駄がないのです」
コップに入ったジュースを他のコップに移しても、元のコップにジュースはどうしても残ってしまう。
手順がその行為と同じであれば、回数が増えるだけジュースは減っていくことになる。
生命力から魔力にして、放出して、維持して、強化を付与する。
これだと4工程。
生命力から闘気にして、まとう。
これだと2工程で済む。
手間も随分違ってくるし、エネルギーも気力も抑えられる。
「自分を強化する目的なら、工程が減って時間もエネルギーも無駄にしないで済む闘技の方が理想的ですね」
「その通りです」
「それは内臓とかも強化出来るんですか?」
「闘気の密度によって、内臓や脳細胞の保護が可能になります。
無属性魔法は下級に分類されますが、こうした闘技の強化を極めれば上級魔法にさえ耐えうるものになります」
闘技は魔法ほど多様性に恵まれていないが、自らを色々なカタチで強化することに秀でている。
確かヒノモトのS級冒険者チームのリーダーは、抜刀と同時に放つ闘技の[一閃]を必殺の奥義としていた。
闘気を刀に乗せて攻撃射程距離を強化する大斬撃。
マニュアル魔法を学び始めてから考えてみると、自分の使う〈魔法の川魚〉に近いものを感じる。
魔力によって形成した魚を飛ばし、目標を攻撃する。
闘気を武器に乗せて斬撃を飛ばし、目標を攻撃する。
「うん……似てる」
「なにが似てるのよ?」
口に出してしまっていたらしく、ホーリィが不思議そうに覗きこんでいた。
「無属性の攻撃魔法と闘技の[一閃]って、用途や効果が近いなって」
「あー。確かにね」
〈魔法の川魚〉を思い出したのか、ホーリィは何度も頷いた。
「つまりトーガさんは私に、オートマチック魔法の保護を、闘技による防御で補おうということですか?」
「そういうことです。魔法詠唱者は一般的に魔法の詠唱中は無防備になりますが、マニュアル魔法と闘技とを組み合わせれば、強力な防御をしながら魔法に集中できます」
「マニュアル魔法に慣れれば、無詠唱で連射も出来るようになるのでは?」
「高度な――いわゆる大魔法などになると、数秒の隙が生まれます。瞬時に放てるようになれば不要かもしれませんが、安全対策は持っていて損はありませんよ」
「……なるほど」
予想もしていなかったけど。
トーガさんも私がいずれ、大魔法を習得すると思っているんだ。
だとしても魔力と闘気を同時に扱うと聞くと、頭がこんがらがっちゃいそうだなぁ。
工程は減るし、エネルギー効率も高くなるからよさそうではある。
最近魔法に対して前向きに考えられるようになりはしたが、13になってようやく使えるようになった身だ。
どうしても『難しそう』という考えからスタートしてしまう。
「そうですね」
こちらの様子をうかがっていたトーガさんが口を開いた。
「右手と左手をそれぞれ動かすことと大差はありません。
人間が『歩く』という行動を起こすとき、重心を移動させながら両手足を動かしますが、他の筋肉が動いていないわけではありません。
しかし脳はそれを一々命令しているわけでなく『前に歩く』としか知覚していない」
「とにかく慣れろということですか?」
「出来るか出来ないかを悩むくらいなら、当たって砕けろの精神でいいんですよ」
すごく簡単なアドバイスだった。
ああ、そうだった。
『弟子の特権』があるんだった。
「私は師匠に恵まれているので大丈夫ですね!」
調子よくいうと、トーガさんは笑った。
メネデールさまもヘレナも口元を隠していた。
「アンタもう少し落ち着きなさいよ……」
呆れているのはホーリィだ。
今のは自分でも調子に乗り過ぎたと思う。
でもせっかくだからもうひと乗りしてみよう。
「オートマチックの属性魔法で、火と風は術者がエネルギーで傷つかないよう保護が働くんですよね?」
「そうですね」
メーちゃんから教わって、今朝の食事時にすでに確認した情報だ。
『火属性の魔法で術者が火傷しないのはなぜですか?』と。
それが今日の授業でトーガさんが強化を取り扱ってくれる流れとなった経緯だ。
「地や水の属性魔法だと、どう働くんですか?」
「重量を支える働きがあります」
やはりメーちゃんと同じ答えだ。
「それって魔力で持ち上げているってことですよね?」
「そうですね」
「昨日教わったコマの操作と同じなのでは?」
ずっと不思議だった疑問だ。
ヘレナもホーリィも質量を持つ属性の魔法を操作しているのだ。
それがどうしてマニュアル魔法の訓練だとあんなに拙いものになるのか。
特にホーリィは神の贈物の《魔力自在》を持っている。
もっと簡単に習得できそうなものだ。
「実際に自分の意思で操作するのと、精霊の定義で自動的に動作させるのとでは違います。
オートマチック魔法というのは、プログラムの雛型があって、そこに魔力を流し込んで発動する代物なのです」
ふと、屋台広場のたいやきやワッフルが頭によぎった。
熱した様々に象った鉄板に、生地や餡を入れて焼きあげる。
定義されたいくつもの魔法に、条件に見合うイメージと魔力を注ぎ込む。
「……なんだか屋台の型焼きみたいですね」
珍しくトーガさんが笑顔以外の表情を浮かべた。
目を丸くして、噴き出した。
おなかを抱えて笑うものだから、一瞬何事かと思って固まってしまった。
メネデールさまも姉たちも呆気に取られている。
「言い得て妙ですが、丁度よいのでそれをベースに説明しましょう。
オートマチック魔法は、どのように動作してどう働くのかが精霊によって定義づけられています。
そこに術者が魔力と想像力を流し込んで魔法を作るわけです」
うん、やっぱり型焼きだ。
「だから想像力の違いが個性となって表れる」
「中身がクリームだったりジャムだったりですね」
「ええ。そうですね。
生地が多かったり、餡が多かったりといったところです。
だから魔力をどれだけ流し込んでも、同じ金型なので最大効果というのは決まってしまうのです」
まだおかしいのか、目尻に涙が浮かんでいる。
そんなに変な表現だったろうか?
「じゃあ私の〈魔法の川魚〉は、作る手順は〈魔法の矢〉と同じだけど、焼く道具が違う――みたいな感じなんですね」
「そうですね。まったくその通りです」
「もしかして私って魔法詠唱者として結構すごいですか?」
「そうですね。スーに一撃でやられるくらいのすごさですよ」
「ソーデスネ」
今度はメネデールさまと姉たちが噴き出した。
今回もギリギリに……時間が足りぬ。
次回の更新予定日は8月8日(月)です。
投稿時間は未定でお願いします。




