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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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トーガの授業 5


 ――ウルール視点。


 魔法と言うのは一聞いちぶんしてイメージする万能性とは程遠く、制約がいくつもある。

 たとえば弾道。

 〈魔法の矢マジックアロー〉を始め、魔力による飛び道具は直線に飛ぶ。

 これは術者にとっての飛び道具の理想の弾道が目標までの最短距離であることと、イメージが簡単だからだろう。

 優れた魔法詠唱者マジックキャスターであれば、弓矢の平均射程90メートルを凌駕して敵を射抜くと言われている。

 建国祭で開かれる魔法クレー射撃競技の記録では150メートル先の的を撃ち抜いたものがあり、やはりそれも一直線だったとされている。

 しかし質量が威力に直結する地や水の属性魔法であれば重力の影響で放物線を描くし、対象までの間に吹く風の影響も受けやすい。

 そのため、弓矢を含む魔法などの防御策として風を専門にする魔法詠唱者マジックキャスターもいるほどだ。

 地属性魔法での防御だと味方陣営の視界を塞ぐし、透明度の高い水晶系統ともなれば要求能力が跳ね上がる。

 広範囲に及ぶ魔法でそれを行うのは現実的ではない。

 要求される技術や能力もさることながら、質量を持つために自重に耐えきれず崩壊するからだ。

 ところが風の魔法であれば、魔法詠唱者マジックキャスターが陣形を組んで協力すれば可能だった。


 昨日の”回転”の魔法授業はその常識的防御策を打ち破るとまではいかずとも、目標に届き得る可能性を秘めた技術の伝授と言える。

 そして今、新たに魔法の常識が塗り替わった。


 最初は子供の二の腕ほどある薪が放り投げられた。

 道化師のジャグリングが始まるような気軽さで、ふわりと薪が木陰を抜け出した。

 次に見た光景には、授業を受ける誰もが息を飲んだ。


 光が舞った。

 緑色の光の矢が、大きなカーブを描きながら薪を跳ねさせる。

 一度、二度、三度、と回転する薪を小突きながら、いくつもの緑光の矢が撃ち上がる。

 屋台広場でポンポンと軽快な音で客を呼び寄せるポップコーンみたいに、薪が何度も跳ねまわる。

 どの〈魔法の矢マジックアロー〉も、一度外側へと飛び出すのにUターンして目標の薪を掠めて弾き、役目を終えると即座に消滅するを繰り返していた。

 絶妙な魔力量の調整と命中精度に、非常識な弾道だった。

 少しでもなにかがズレれば薪に穴が開くだろうし、あらぬ方向へ飛んでゆくだろう。


 質量を持たない魔力の矢が、直線以外の弾道を描いていることの驚きにみな口を閉ざしていた。

 自分の覚えた〈魔法の川魚マジックトラウト〉は〈魔法の矢マジックアロー〉の一種だとは言われたが、形状がハッキリと違うために心のどこかで別物だと言う印象を持っていた。

 そんな慣れ親しんだ”常識”が改めて覆された気持ちだった。

 いくつ目の〈魔法の矢マジックアロー〉だったかを数えるのが億劫になった頃、その実演は終了した。


「今のがいずれ挑戦してもらう弾道訓練です」

「……今のをやるんですか?」

「ええ。いずれ」


 自失呆然気味につぶやくと、トーガさんは事もなげに肯定した。

 冗談ではなさそうだ。

 一度に多くの〈魔法の川魚マジックトラウト〉を作りだした経験はあれど、それぞれを違った動作にプログラムが出来るかと言われると、出来ない。

 精々似た動作で魚群が出来あがるくらいだ。

 時間を掛けて動作を決めて同時に発動させる――なら出来そうではあるが、それが戦闘でなんの役に立つと言うのか。

 光る魚の群れは『私はここに居ます狙ってください』という大弾幕広げるのと同じだ。

 トラップとしても三流だ。


「あんな連射出来ません」

「コマの回転の次の段階の訓練方法です。

 持ち上げることを覚えたら、放り投げることを覚える。

 放り投げることを覚えたら、狙いをより正確にする。

 狙いが正確になれば、それらの手順を早く行えるよう繰り返す。

 訓練の常道です」

「ここにいる誰もが出来ると言うことですか?」


 トーガさんは大きく頷いた。


「魔法を攻撃する手段、防御する手段として意識しすぎないことです」

「そうは言われても」


 魔法を覚えたてということもあって、魔法を使うときは呼吸を整えたり気合いを入れたりして臨むところがある。

 それをさあ自然体でやってごらんなさいと言われても難しい。


「ウルール」


 トーガさんはそう呼び掛けると同時に、突然なにかをこちらへ投げてよこした。

 慌てて受け取ると、なんとか手に収まる。

 コマだ。


「今、投げられたものがなにかを意識する前に、落とさないよう受け取りましたね?」

「え? ええまあ……」

「目に入った情報を頭で判断する前に、体が”受け取る”と動く。

 これを脊髄反射といいます。

 それが魔法で対処するくらいに慣れ親しむのが先ほどの遊び・・です」

「魔法漬けの日常を意識するんですか?」

魔法詠唱者マジックキャスターは剣士や戦士に比べて、とっさの事故での死亡率が高い。

 それは得意分野が『意識して行うもの』であるからです。

 詠唱を必要とするオートマチック魔法が主流である現代では仕方がないことではありますが、私の弟子や生徒である以上長生きしてもらいますよ」


 ああ、そうか。

 やっぱりトーガさんは、弟子に『生き方を授ける』つもりなんだ。

 スーちゃんとの実践訓練の方向性はそういう意味なのだろう。


「弟子はあの遊び・・をみな覚えましたし、最近教えた生徒も6回ほど連続して出来るようにはなっていました。成長速度には個人差がありますし、焦らなければ大丈夫ですよ」


 トーガさんのその言葉に、みなの興味が一つに集まった。

 他の弟子と生徒についてだ。


「ヴェルフラト先生のお弟子様や生徒というと、どんな方なのかしら?」

「私も気になるわね」

「きっと高名な魔法詠唱者マジックキャスターだわ」

「戦士もいるんじゃ?」

「トーガさんと同じで実力を隠して過ごしてるかもしれないよ?」


 そんな様子をメネデールさまは笑って見ていた。

 なにか知っているのかもしれない。


「他の教え子が気になりますか?」


 つぶやくトーガさんに視線が集中した。


「いずれ会うこともあるでしょうから、そのときに知った方がおもしろいですよ」

「じゃあ我慢します!」

「ちょっとウルール! 私は今知りたいのよ!」

「ヴェルフラト先生がそう仰るなら、その時をお待ちしますわ」

「は? え、あれ? ……ヘレナ?」


 長女があっさり引き下がったことにホーリィが戸惑っていた。

 私もその反応には疑問が浮かぶ。

 積極的に根掘り葉掘り聞く性分ではないにしろ、ホーリィが氏族クランからトーガ・ヴェルフラトについて探るよう命令を受けていることには気づいているはずだ。

 それをフォローも援護射撃もなく、手を引く意思を見せたのは相当な違和感を覚えただろう。

 メネデールさまもきょとんとしている。

 なにかあった?

 あったとしたらいつだろう?


「ヴェルフラト先生。どうしてまだ先の訓練方法などを今ご教授なさるのですか?」


 しかしそんな周囲の戸惑いを余所に、ヘレナは別の話題を口にした。

 これは後でホーリィと一緒にヘレナに尋ねることになるだろう。

 そんなことを考えていると、トーガさんはヘレナへ向き直って頷いた。


「ウルールを弟子にするに当たって、エルフィンに用が出来たのです」

「弟子にするに当たって?」

「私が旅をしている理由を覚えていますか?」


 ヘレナが真剣な表情で頷いた。

 どうにも妙な雰囲気だった。

 トーガさんはシューちゃんの記憶の手掛かりを得るために英雄譚を収集したり、遺跡を巡る旅をしている。

 それがそんなに深刻そうな表情を浮かべて応えることなんだろうか。

 確かに記憶喪失は問題だけど、本人は焦っている様子はないし、むしろ毎日を――主に食事を楽しんでいる。


「まだ先になるでしょうが、旅先では身分を証明する旅券が必要になります」

「ああ! そういうことでしたか」


 ヘレナはなにか得心したらしい。


「うん? なにがそういうことなの? お爺様に旅券発行してもらえば済む話じゃ?」

「ウルール……アンタはホント平和ボケしてるわね」


 隣でホーリィが腕組して睨みつけてきた。

 そのポーズは今、メーちゃんが浮かび上がるのでやめて欲しいが、言ったところで怒られるだけだろう。

 素直に居住まいを正して聞く姿勢をとった。


「ルットジャー氏族クランの身分証明をおいそれと出せないでしょ。うちの血統を狙う敵がどこに潜んでるかもわからないんだから」

「あー。そういえばそうだった」


 ヘレナとホーリィとは違い、王都レウノアーネとルセイス領、南の大森林しか出入りしていないから忘れていた。

 行動範囲内の門番で私の顔を知らない者はいない。

 けれどこれからトーガさんの弟子として見知らぬ土地へと旅することになった場合、自分にも旅券が必要になるのだ。


「特にアンタはエルフィンでルットジャーの血統を継いでるから危ないのよ」

「でもなんでエルフィンに? 身分証明を発行するようなところはないよ?」

「一番簡単に身分証明を発行できる組合といえば?」

「えーっと、冒険者組合ぼうけんしゃギルド

「エルフが冒険者ギルドに加入って簡単にできたっけ?」

「……あー!」


 妖精種族の冒険者はほとんど存在しない。

 特にエルフとダークエルフの冒険者は数える程度だ。

 魔力保有量が多く、容姿の整った種族はなにかと事件に巻き込まれやすい。

 半端な実力で冒険者などになれば、あっという間に捕まって弄ばれた後、奴隷商の手に渡るのがオチだ。

 種族決定権を持つ女であれば、果ては他国の娼館の人気者かエルフ製造機として休むことなく犯され続けることになる。

 そのためエルフの族長は、安易な加入が出来ないよう水の王国のギルド・・・・・・・・と固い取り決めをしていた。


 つまり、エルフ族長の”冒険者ギルド加入の了承証明”が必要なのだ。

 ルットジャーの関係者と悟られない旅券。

 それもどこの国にも通用するものともなると、冒険者ギルドの階級章が一番勝手がいい。


「でも……」


 追いすがるように姉たちを見ると、なんともいえないような表情で視線をそらされる。

 メネデールさまに目を向けると、あからさまに背を向けられた。

 私がなにを言いたいのかみなわかっているのだ。

 エルフの族長。

 メネデールさまのお父上、アーウェン・イスナ・エルフィンは非常に厳格で頑固だった。

 エルフィンで過ごした6歳までの思い出でも、事あるごとに飛んできては長々と説教をするものしかない。

 そういえば得意の属性魔法は地属性だった。

 典型的な頑固親父であることを考えると、属性魔法性格診断って本当に当たるんだな……。

 正直、説得出来る気がしない。

 奥方のマルネウムさまから懐柔するのだろうか?

 それだと可能性は2倍くらいに増えるだろう。

 元が1パーセントほどではあるが――。




 ぎりぎり間に合った……。


 次回更新予定日は8月4日(木)

 投稿時間は未定です。


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