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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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食事と結婚と価値観 3


「手伝わせてしまってすみません」


 汗のかいた鍋と昼食に使う皿を乗せた給仕車サービングカートを押すヴェルフラト先生に声を掛けた。

 申し出てくださったとはいえ、食客の手を借りるというのは気が引けた。

 なにせこの方は四元素の混成魔法を自在に操る大魔術師ウィザードで、新技術を伝授してくださる先生なのだ。

 本来なら丁重にお断りして、食堂ダイニングホールでくつろいで頂くのが正しい。

 けれどヴェルフラト先生は笑顔のまま引く意思を見せなかった。

 意外と強引なところがあるようだ。


「なにを隠そう。昼食のメニューが気になっていたんですよ」

「本当ですか?」

「到着したときにはひと仕事終えていた様子だったので、何か探るきっかけはないかと試行錯誤していましたからね」

「ご冗談ばっかり」


 漏れ出る笑いを小さく堪えると、ヴェルフラト先生もつられて笑った。

 誠実で真面目なイメージばかりが印象に残っていたけれど、こうした冗談も仰る。

 ウルールが懐くのもわかる気がした。


 先ほど話している間も目は泳ぐことなく私を見据えていた。

 目を見て話す相手は交渉事に長けていると教わったものの、やはり気持ちがいい。

 男性の視線は大抵ひとつ落ちて、胸元をチラチラと覗くのが当たり前になっていた。

 下手をするとそこに視線が落ち着いたり、鼻の下が伸びていることもある。

 紳士淑女を善しとする水の王国貴族のみならず、豊穣の女神の大神殿に仕える神官もそういう一面を見せてしまうのだ。

 サリーに身を包むとはいえ下は露出を抑えたシャツタイプを着用しているが、どうにもそれが凹凸の陰影をハッキリさせる扇情的な印象を与えるらしい。

 メネデール様を間近で見てきている身としてはわからなくもないのだけれど、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 ところがヴェルフラト先生はおだやかな表情で目を見て話す。

 視線を動かすのは、手に表れる感情を読みとるときとこちらの視線を誘導するときくらいだった。

 少なくとも私が感じ取れたのはそのレベルだ。


「そのわりにヴェルフラト先生はあまり食が進んでいないご様子でしたよ?」


 ほんの少しいじわるな質問をしたくなる。

 こんな人はこういうときどんな反応をしてくれるのだろうと、妙な期待が沸いてしまう。

 父に甘えるような――ああ、そうか。

 父と話しているような安心感があるからだ。


「あまりにおいしいので、育ち盛りのシューに取られてしまうんですよ」

「まあ、ずるいお答えだわ。今日のお昼はたくさんご用意しましたから、しっかり食べて頂きます」


 芝居がかってそう言うと、ヴェルフラト先生はたのしそうに微笑んだ。


「冷製パスタ、楽しみです」


 お昼のメニューは、

 アボカドの生ハムロールとホウレンソウサラダ。

 ジューシートマトとバジルの冷製パスタ。

 白桃とフレッシュチーズ。


 造血作用や熱い季節に食が進みやすい、口当たりが良く後味がサッパリしたものにした。

 もう少し品数を増やしてもよかったけれど、昼食なので一度これで様子を見てみることにした。


「ヴェルフラト先生はもう少し食べないと倒れてしまいます」

「ヘレナさんはいい奥さんになりますね」


 心配の言葉に、痛烈なカウンターが胸を衝いた。


「そっ……そうですね」


 ヴェルフラト先生に気付かれないよう、小さく、本当に小さく息を吐く。

 17にもなってまだ結婚していないことはコンプレックスの一つだった。

 一般的に貴族の女子は16で結婚することが多く、早ければ15の成人を迎えると同時に嫁入りする。

 ルットジャー氏族クランは血統の流出を避けるため、比較的結婚は遅い。

 候補が見つかっても背後関係の精査があるのがその理由だった。


 家督相続も血統を持つ中で最も適した者が継ぐため、一般的な世襲制とも違っていた。

 自分の性格を振り返ると当主に適しているとは思わない。

 兄のハワードも副官で輝くタイプだと思うし、自覚もあるようだった。

 どちらかと言えばホーリィが次々代じじだいの当主に適している。

 少しばかりせっかちなところはあれど、決断力とその責任を負う覚悟がある。

 危険の提起やフォローをするのが一族の者の務めだ。

 ただし、ルットジャーの女子の一番の務めは、丈夫な子を孕み、愛情をたっぷりと注ぐことだ。

 兄が多くの妾を囲い、たくさん子作りをしてくれれば話は早いのだが、どうにもルットジャーの男子は一途なところがある。

 これも母たちによるとメネデール様の影響らしい。

 子種を撒き散らすことがいかに危険かを粛々と学び、師であるメネデール様に憧れてしまうことが原因だとか。

 わからなくはない。

 とはいえ、自分が結婚するというイメージがどうしてもわかなかった。


 逆にウルールは結婚願望が強いようだ。


『ボクは結婚したいし、夫婦喧嘩も仲直りもいっぱいしたい。大人が夢中になるセックスにも興味があるし、子供もたくさん産みたいし、子育てもウンと悩んで苦労したいんだ』


 私が13になる前の夜、同じベッドにもぐりこんで未来について姉妹で話し合ったときの言葉だ。

 10の妹がそうハッキリと明朗に語った。

 特に印象的だったのはこの続きだ。


『悩んだり苦労したりするのはひとつの贅沢だからね』


 妙に達観したことを言うウルールの目は、決して又聞きの言葉を口にしている様子ではなかった。

 それからだった。

 結婚についてあれこれと考えるようになって、男性の視線に敏感になったのは――。


 両親にならって恋愛結婚をしたいと思う反面、求婚者から容姿と乳房の大きさにばかり注目されることに不満を持ってしまう。

 母は男なら当然と笑うし、父は苦笑いを返すだけだ。

 母とララーナ様は「ジョーも心当たりがあるのよ」とおなかを抱えて笑った。


 元気な子を生むには若い内の方がよいのは理解している。

 しかし、と考えてしまうのは幼いからなのだろうか?


「ヴェルフラト先生。不躾な質問をしてもよろしいでしょうか?」

「質問はいつでも受け付けていますよ」


 正直少しの抵抗はある。

 尊敬できる先生だけれど、男性で、出会ってそれほど間もない。

 それでもなにか納得のできる答えを貰えるような期待があった。

 私は意を決して、口を開いた。




■□■□■□■□■□■□■□



 テーブルに皿を並べてもらって料理の盛り付けが終わるころ、丁度質問までの経緯を話し終えていた。

 ヴェルフラト先生は黙って最後まで聞いてくれ、ようやく言葉を声に出した。


「外見を褒められるのは嫌ですか?」

「嫌なわけではありません。外見ばかりに注目されるのが嫌なんです」

「外見は内面を形成する大きな要素で、内面は外見を作りだす要素でもあるんです」


 たまごが先か鶏が先かのような、答えの出ない謎かけに聞こえた。

 ただ、煙に巻こうとしているわけではないのはわかった。


「ちやほやされて育てばそれが当たり前と考えるし、その考えは顔にも表れてきます。

 環境と精神は共鳴するように影響を与えあうものなのです。

 もう少し噛み砕いて言うと、

 普段から怒っていればそういう表情の筋肉が付いて厳めしい顔つきになるし、

 周囲の人もその顔や行いを見て付き合うでしょう?」

「そう、ですね」


 怒っている人に話しかけるには気構えが必要だけど、おだやかな表情の人には自然と話しかけられる。

 周囲の反応と顔つきが共鳴するように、外見と内面が影響する。

 それが1日2日でなく、長い年月を掛けて影響し合えば大きく違ってくるだろう。

 なるほど。

 言われてみると確かにそうだわ。


「泣いてばかりいれば目尻をこするのでたれ目になりやすく、笑っていれば笑いジワが出来ます。

 日々過ごす表情で顔は作られ、食べる物や生活習慣で身体は作られてゆく」


 油ものを取り過ぎるとフキデモノが出来るし、栄養が偏ると肌の色つやなどにも影響が出る。

 夏場といえど冷たい食べ物を取り過ぎると内臓の働きが鈍くなって、太りやすくなったり風邪をひきやすくなる。

 だから今日の昼食のお茶は温かいものにする予定だった。

 毎日食事を作っている身としては染みる言葉だ。


「着飾る衣服にしても、周りの目を意識できる表れです。清潔感や身奇麗にすることは悪ではありません」


 ララーナ様やウルールも、交渉の技術として衣装は有用だと話していた。

 少なくとも清潔にしているというのは、人間と交流する意思の表れだと。


「外見はその人の歴史であり、財産です。

 それに惹かれる人がいるのなら、あなたの内面がそれだけ魅力的なのですよ」


 スポンとその言葉が胸の中に収まった気がした。

 少なくとも、違和感なく受け入れられた。


「ヴェルフラト先生にとってもですか?」


 不意に出た自分の言葉に口元を隠した。

 とんでもない発言だ。

 これではまるで――。


「ええ。あなたはとても魅力的です。

 家族を想うて食材を選び、客人の体調にも気に掛けることが出来る。

 おだやかな性格は顔にも出ていてやわらかく。

 それでいて力強い信念を持っている。

 いざと言う時には腰を据えて戦う気概を持ち、日常では少しイタズラな顔を見せるあなたはかわいらしい」

「あ――その……」

「なによりよい母となる未来を感じさせる」

「ちょっ……と」

「それは男にとって大きな安心をもたらします」

「先生待ってください!」

「どうしました?」

「……褒めすぎです」


 ひとつ咳払いしてヴェルフラト先生は私を正面に見る。


「では簡潔に」


 一度そう区切って、また口を開いた。


「あなたはとても愛らしい」


 プロポーズでも受けているかのようで顔が熱い。

 ワインを飲み過ぎて体中が熱を持ったようだ。

 きっとからかわれている。

 そうに違いない。

 耳まで真っ赤になっているはずだ。


「第一印象でその内面を読みとって褒めることの出来る洞察力と饒舌さを求めていたら、相手は老獪な商人や年配の将校となってしまうでしょう。

 ご両親のように互いを支え合う夫婦を望むなら、相手の未熟さを受け入れて育ててやるくらいの心構えが必要です。

 あなたにはそれが出来る」

「……そうでしょうか?」

「今あなたは家族を大事にしているでしょう?

 妹たちをフォローする気持ちをほんの少し向ければいいだけですよ。

 理想を持つのはよいことですが、理想を求めてはいけません。

 そうなるよう相手にやる気を出させればいい――といえばわかりますね?」


 ホーリィやウルールにやる気を出させるいくつかの方法が浮かぶ。

 ホーリィと出会って15年、ウルールとは14年。

 離れて暮らすこともあったけれど、姉として恥じないようやってきた。

 その付き合い方なら私にも出来る。

 結婚というものに身構え過ぎていたのだろうか?


「あの……ヴェルフラト先生はご結婚されているのですか?」


 問いかけに少し困ったような笑顔をした。


「愛したひとならいました」


 ふとシュー様への献身的な様子が浮かんだ。

 明確な結婚観を持っていることを考えると、奥様とお子様を亡くされたのかもしれない。

 旅の目的は聞いていないけれど、マニュアル魔法へと辿りつき、遺跡を巡っているのはもしかすると――。


『誕生と復活の女神』を崇める教国ドルミラフェンには、復活の魔法があると聞く。

 現存する魔法ではいくつもの条件があり、失敗すると肉体が灰になるらしい。

 もしも神話の領域の魔法に到達し、復活のマニュアル魔法の再現が出来たとしたら――。


 今、ひとつの目標が増えた。

 私はこの方の力になりたい。




 ようやくヘレナ視点が描けた。


 早く修正版を上げたいけど、

 次話追加もこれ以上遅くしたくはないしで時間が足りない。


 次回の更新予定は8月1日(月)

 投稿時間は未定です。


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