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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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食事と結婚と価値観 2


 水の王国ヴァスティタは英雄の国とも評される。

 建国や歴史の大きな転換期に英雄が現れて関わることがその理由の一つだ。


 第一英雄史《オストアンデルの大森林創生と建国譚》

 第二英雄史《マースの国堕とし討伐英雄譚》

 第三英雄史《ヒーネとメネデールの世界樹の復活英雄譚》


 水の王国民はみな英雄譚を愛するが、国に関わるこの英雄史にだけは強い思い入れがあった。

 王都にはいくつもの興行組――劇団がある。

 国が管理するジェーネクラモール劇場で、それそれの劇団が演技を競い、演出を競い、仕掛けを競う。

 長い歴史の中で、惜しまれつつも解散となった劇団の数は100では利かないほどだ。

 しかしそんな解散した劇団でも、年代を問わず何度も話題に上がるものがあった。


『リィヴィーファンタム劇団』


 彼らはより派手に、より面白く、より感動的な演出をすることに定評があった。

 公開すれば満員御礼。

 人気は日々高まり、劇団員も増えていった。

 そんな劇団が、なぜ解散となったのか?

 それは一つの演目による名声の失墜だ。


 第二英雄史《マースの国堕とし討伐英雄譚》。


 ドワーフの大戦士スワルトバートルの豪快な性格と戦い方は、多くの客が笑いと爽快感に沸き上がる。

 不運の英雄リタは長剣を華麗に操る美しいダークエルフで、剣舞や殺陣で男性客を虜にする。

 マースの大魔法がいくつも描かれて演出の見せ場は多く、国家防衛にも成功した。

 こうした盛り上がるところは多分にあれど、

 拉致されたエルフは救われず、英雄たちは不遇の扱いを受けた。

 結末の後味は悪く、ため息を吐きながら帰る客がほとんどだ。

 それをあえて取り扱ったことが彼らの転機となった。


 ハッピーエンドに改変したのだ。


 エルフは救出され、

 吸血姫へと堕落したエルフの少女は召喚された悪魔に代わり、

 英雄たちは勝利を叫んで国民に賞賛される。

 まさに大活劇の大団円だ。


 他の英雄譚演劇ではそれほど珍しくない改変だった。

 英雄史に関わるオストアンデルの英雄譚でも、砂漠の国カービタラサで繰り広げられた《巨大蟻女王討伐ジャイアントアントクイーンとうばつ》などは、救い出されるはずの炎の魔法詠唱者マジックキャスターの美女スルトヒーデルが、仲間として一緒に戦うというあべこべな演劇だってある。

 むしろ美女が炎を自在に操る魔法で活躍する姿は喜ばれるくらいだ。


 彼らも悪意があったわけでなく、楽しんでもらおうと思っただけだ。

 演出と技術のすべてを懸けて、驚きと感動を与えたかっただけなのだ。

 これに怒ったのはエルフ――ではなく、ヒトの国民だった。

 あらん限りの雑言罵倒が吐きつけられ、彼らは追われるようにして王都から姿を消した。

 噂は各都市に遅れて届き、さしたる間もなく水の王国での興行が出来なくなってしまった。



「改めてヴァスティタの気風というものを知れました」

「なんともお恥ずかしい話です」


 調理場で一息つけるよう置かれた小テーブルと2脚の椅子で2人、紅茶を前に座っている。

 昼食は冷まして食べる品なので、小休憩代わりにヴェルフラト先生の今日の成果に耳を傾けていた。

 初代国王ガラーテ様の遺志で『歴史を演劇にして語り継ぐ』という掟がある。

 特にガラーテ様は英雄オストアンデル公と共に旅をし、豊穣の女神の試練を乗り越えた仲間として英雄視する国民は多い。

 そのため英雄史の3つに限っては、改変に過敏だった。


「皆が遵守するルールに厳しいのは仕方がありません。この国はそうやって成り立ってきているのです」

「彼らは犯してはならないルールを忘れて英雄史の改変を行った。けれどもやり直すチャンスがあってもよかったのではと思うこともあるのです」

「本気でやり直すつもりがあるのなら逆境を乗り越えるでしょうし、他国に活動拠点を移すことも出来ますよ。それをしないで甘やかしては第2、第3のルール破りが現れる」


 意外なことにヴェルフラト先生は肯定的だった。

 もう少しリィヴィーファンタム劇団に同情するかと思っていただけに小さな驚きがある。


「ヴェルフラト先生は厳しいのですね」

「約束は守るものです。魔法に深く携るならそれを忘れてはいけません。大きな力を扱うならなおのことです」

「肝に銘じておきます」


 答えるとヴェルフラト先生は笑顔で頷いた。

 ウルールの話によると約束や契約に関してきっちりとした方だという話は聞いていた。

 錬金術師でもあられるから、分量や質に拘られるご性分なのかもしれない。


「魔法と言えば、他国の英雄譚では等級の扱いが違うということは知っていますか?」

「等級というと、下級、中級、上級の?」

「ええ。その等級です」


 国によって魔法の等級の扱いには大きな違いがある。

 水の王国ヴァスティタ、砂漠の国カービタラサ、獣人王国ウェルイーラでは『下級・中級・上級・王級・英雄級』と5等級に分けられる。

 しかし教国ドルミラフェンでは『第一階位・第二階位・第三階位』と分けられ、帝国エレンシャフトでは『第一界・第二界・第三界』とそれぞれ数字が増えてゆく。

 これには魔法に対しての思想や解釈の違いがあった。

 教国にとっては信仰する神へと近づく階段を上るものであり、帝国にとっては新世界の扉を開く術という考えだ。


「教国と帝国が数字であるのには、なにか理由があるのでしょうか?」

「彼らの国では6等級以上の魔法が存在することを知っているからです」

「英雄級以上の魔法が存在する……ということですか?」


 水の王国だと英雄級に入ってしまう魔法でも、2国では細かに分類していることになる。

 けれどもそんな大魔法ともなれば神話の領域だ。

 人間に扱える代物ではない。


 ああ、でも確か建国祭で国王が振るう『豊穣の杖の儀式』では、その神話の領域の大魔法が発動するんだったわ。

 魔法と言うよりも『奇跡』という感覚が強い。

 理由は、効果がとてつもなく広範囲で、持続時間が1年と長いことにある。

”奇跡は形に残らない”という名言にそぐわない代物であるから余計に魔法という認識から外れてしまう。

 やはり神が産み落とした杖が起こす奇跡と、人間が起こす奇跡では違うのかしら?

 ヴェルフラト先生によると神の奇跡を精霊から学んだのが魔法らしいから、魔法には違いないのでしょうけど。

 あら? そうなると教国の魔法の等級に対する認識の方が正しいのかしら?


「例えばどんな魔法をどの等級に当てているのでしょう?」

「そうですね。マースの扱う大魔法と呼ばれるものは8つ目の等級――教国なら第八階位、帝国なら第八界ですね」

「まさに神話の領域ですね」


 英雄譚を聞いたり演劇で観ると、どうしても広大なイメージは浮かびにくい。

 聞く者の知識の土台や、舞台の広さが想像の起点となるからだ。

 ところが魔法の等級が提示されると、魔法詠唱者マジックキャスターとしてどれほどのものかが少しだけわかる。

 一つ等級が上がるだけで威力が圧倒的に違い、難易度も桁外れだからだ。

 特にマニュアル魔法の一端に触れた身としては、英雄譚や神話の出来事を現実として受け入れつつあった。

 荒唐無稽だと鼻で笑っていたホーリィが、大魔法に関する書物を積極的に手にしているように。


 英雄マースはまさに神話の領域の魔法をたった1人で発動させ、それも複数の属性を連続した防衛戦で使用して勝利している。

 その光景を目の当たりにした兵士はもちろん、他の英雄方から見ても凄まじいものだったろう。


「回復の魔法にもその等級のものはあるのでしょうか?」

「ヘレナさんは、回復魔法を学んでいるところでしたね」

「はい。どうにもうまくいかなくて……」

「英雄級――教国でいう第五階位の回復魔法であれば、欠損した身体の部位を制限なく再生することが可能です」


 王級の回復魔法では抉られた部分や指の欠損を再生することが可能だと聞き及んでいるが、

 英雄級となると『腕が生えた』『脚が生えた』と表現される大魔法になるようだ。

 ヴェルフラト先生の話では、手足を失って長く時が過ぎていても五体満足な肉体を得られる域の魔法もあるらしい。

 その魔法を習得することが出来れば、妹たちにもしものことがあった場合の救いの一手になる。


「私にもそれを習得することは出来るでしょうか?」

「素質はあると思いますよ」

「それは性格診断でしょうか?」

「ああ。今朝の話ですね。回復魔法に適性のある性格は、慈悲深いこと。そして現実を直視して立ち向かえる心の強さです。面倒見が良くてマイペースなあなたにはかなりの適性があると思いますよ」

「……マイペースですか?」

「動揺しないというのは重要なんですよ」


 ヴェルフラト先生は少しだけ困ったような眉をして笑った。

 ウルールやメネデール様の話から、動揺しないという点ではこれ以上の方はいないと思う。

 その方からのお墨付きと思えばいいのかしら?

 いずれ弟子として認めて頂くためにも、お昼の授業も頑張らないと。




「プロローグ」の追加と「出会い 1」の[修正版]を上げました。

 続きも出来次第上げてゆくつもりです。


 次回の更新予定日は7月28日(木)

 投稿時間は未定です。



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