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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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王立図書館 1


 ヴァスティタ国立図書館の一角で、ホーリィは一人唸っていた。

 英雄譚に関係する書が納められた棚の前を陣取り、手にしているのはすでに十七冊目のものだ。


「……天啓は得ても現状が動くとは限らない」


 開いていた書を閉じると重いため息が漏れた。

 目頭を揉んで棚へと戻す。


 昨夜はヘレナと交代でウルールを観察していたはずだが、いつの間にか二人して眠りこけていた。

 どちらの番で眠ってしまったかの追及は無意味だ。

 魔法を初めて成功させたウルールを観察して随分の時間が過ぎていたし、発熱の兆候さえなかったのだ。

 徐々に緊張が解けていたのはお互いわかっている。

 間抜けながらも罰は受けた。

 突然の轟音に飛び起きた時、シーツがまとわりついていたせいでベッドから転げ落ち、ヘレナも勢いよく立ちあがったためにバランスを崩して床に倒れ伏した。

 幸いだったのはそんな姉たちの姿を妹に見せないで済んだことだ。

 正直悪いことをしたという思いの方が強い。

 心配をしていた妹のシーツを奪って寝こけるなど、恥以外の何ものでもない。

 ウルールは少なくともそんな姿を目の当たりにしている。

 ヘレナに掛けられた予備のシーツを見ればわかる。

 普段はどこか抜けた妹であるが、姉思いのやさしい子なのだ。

 にもかかわらず、ふがいない姉を気遣い、申し訳なさそうな顔で謝ってきた。

 たとえ打った腰が痛もうとも、そんな立場でどうして回復魔法を受けることが出来ようか。

 見本となるべき誇り高い姉であるため、なんでもないと振る舞うべきだ。


 そして魔法でも負けているままではいられない。

 轟音のした場所へ二人で駆け付けると、昨夜まで魔法の使えなかった妹が放ったとされる爪痕を見た。

 ほぼ鉄の塊であるそれを半分ほども削り取り、周囲1メートルを耕したのは、初級魔法の〈魔法の矢マジックアロー〉と同じだというのだから戦慄だ。

 自分が〈魔法の矢マジックアロー〉を撃ったとして、あの鉄塊にどれほどのへこみ・・・を与えられるというのか。

 マニュアル魔法というのが、まさに言葉通りの秘義なのだと見せつけられた気分だ。


 トーガ・ヴェルフラトの話によれば、”神の贈物ギフト”《魔力自在マナフリュリィ》を持つ自分が現在以上の効果を得ることは難しいらしい。

 現代の魔法は、精霊が人間に扱えるよう定義したものであるため、魔力をどれだけ注ぎ込んだとしても性能は上がらない。

 あとは〈魔法強化ブースト〉のような強化手段しかないようだ。

 この情報は一瞬未来を閉ざすように目の前を暗くさせたが、朗報でもあった。

 魔法の習熟に費やす時間を、他の魔法習得に回すことが出来る。

 混成魔法や先駆者の大魔法の習得は、元々の目標でもあった。

 すでに祖父サイオンがそれを実践している。


 祖父は、英雄ヒーネが好んで使ったとされる〈氷結の霧雲フローズンクラウド〉の再現に成功したが、英雄譚で登場する沸騰する海水ごと溶岩を凍らせた大魔法〈背信者の楽園コキュートス〉には爪の先ほども触れていない。

 それを成すのは自分だ。


 ただ、ひとつの予感がある。

 その大魔法が、マニュアル魔法という可能性だ。

 トーガの言を信じれば、”精霊が人間にも扱えるよう定義した”のなら、制限リミッターが掛かった代物なのではないだろうか?

 英雄譚に登場する大魔法の数々は、人知を超える威力と範囲を誇る。

 それらはいわば、すべての制限を解除した想像するまま・・・・・・に具現化するマニュアル魔法に当てはまる。


 オストアンデル英雄譚で登場する炎の魔法詠唱者マジックキャスタースルトヒーデル・メサルティムの魔法。

 古代竜グレンデバルトの左腕を消し飛ばしたとされるが、炎に耐性のある火竜種に通用する火属性魔法など、冗談の域を出ないというのが魔術師組合に所属する者たちの意見だ。


 ふと、書棚の英雄譚が目に入る。


 オストアンデルの最初の偉業《大森林創生と建国》は、ヴァスティタでも最大の人気を誇る英雄譚だ。

 湖の乙女の助力を得て、豊穣の女神の試練を乗り越え、精霊の樹を復活させて南の大森林を創生し、ヴァスティタ建国の立役者。


 二つ目の偉業は、彼が活動拠点を砂漠の国カービタラサへ移すきっかけとなった怪物の討伐。

 世界を喰らう《巨大蟻女王ジャイアントアントクイーン》の巣を壊滅させた。

 このとき救い出された美女がスルトヒーデルで、巣の最奥の〈水晶棺クリスタルコフィン〉に封印されていたという。


 三つ目の偉業は、帝国の北西部に居を構えた古代竜グレンデバルトの討伐。

 地獄の業火の番犬ブレイズケルベロスを6匹も従えており、”外”の勢力の最初の計画的な侵攻とされている。

 オストアンデルがエルフ、ダークエルフ、ドワーフを含めた十二英雄ゾディアックブレイブを束ねるきっかけとなった種族の未来を賭けての大戦争だ。


 これだけでも常識を逸脱した存在だ。


 そしてヴァスティタの国民でさえ、夢物語やおとぎ話として扱う四つ目の英雄譚。

 突如現れた暴走する魔神を相手に、十二英雄ゾディアックブレイブを引きつれて七日七晩の死闘を繰り広げた、《魔神討伐》。

 今、手にとってみても馬鹿げている。

 狂ったとはいえ神を――一撃で国を滅ぼすことのできる存在を、ヒト種族や妖精種族がどれほど束になったところで倒せるはずがない。

 しかも滅ぼされたのは、帝国エレンシャフトの属国でこそあったが、火海の魔法詠唱者マジックキャスターが栄華を極めた”愚者の塔”のある魔法研究都市のある場所だ。

 魔法陣によって幾重にも張られた結界をシャボン玉のように破り、巨大なクレーターを生み出した魔神。

 その爪痕は、海と見間違える大陸屈指の湖となり、半壊した愚者の塔しか残っていない。

 それを倒したと言うのだ。

 ウルールはヴァスティタ建国に携る英雄の偉業ということで、なんの疑いも無しに喜んでいるが眉唾だ。


 視線を別の棚へと向ける。


 稀代の大魔法詠唱者マジックキャスター英雄マース・トカートル。

 彼は魔法に不可能はないとばかりに、突き抜けた規模の範囲魔法を使う姿がいくつも描かれている。


 砂の海を泳ぐように潜って突き進める強度の体を持つ砂龍サンドワームを包んで切り刻んだ、風属性魔法〈暴風の刃ブレードミリオン〉。


 大国を容易く飲みこめる不死者軍団ナイトウォーカーを、串刺しにして足止めした地属性魔法〈墓石の城壁グレイブウォール〉。


 それらを焼き払った火属性魔法〈獄炎の噴出ヘルイラプション〉。


 最終的には大地ごと抉り取った・・・・・・・・・謎の魔法。



 しかし――今はその可能性を信じ始めている。

 同じ初級魔法であれほどの差が生まれた。

 英雄たちが使った大魔法もそういう違いであったとしたら――。

 オストアンデルの黒剣が神代の神器であったとしたら――。

 マニュアル魔法の習得に全力を尽くすべきだ。

 魔力は有限であるため、今は少しでも情報を確かめておきたい。

 そんな思いから英雄譚資料が多く所蔵されている国立図書館へ足を運んだのだが、ヒントとなるものは見つからない。

 昨夜はマニュアル魔法のマの字も掴むことは出来ずに終わった。

 ウルールに体感とコツを詳しく尋ねたが要領を得ず、魔力が見えたらなどと漏らしていた。

 魔力が目視出来れば違ってくるというのはわかる。

 目を閉じて粘土細工を作るのが難しいように、見えないものをイメージしながら作り上げるというのは非常に難しい。

 だが見えないものは見えないのだ。


 午後にはあのトーガ・ヴェルフラトが家庭教師として、魔法を教授してくれるという。

 しかも条件を満たせば弟子として迎えてくれる約束までしたのだとか。

 師メネデールはすでに彼のことを自分より優れていると確信しているようだ。

 今朝の反応はどうにも自信を失くしているように見えた。

 風邪で熱に浮かされるように頬は赤く、何度もため息をついていた。

 きっと恥じているのだ。

 あの英雄メネデールが、それほどにショックを受けるときが来るとは思わなかった。

 英雄ヒーネとの出会いも相当に衝撃だったと聞かされていたが、それと同じだけのものをトーガ・ヴェルフラトに受けているのだろう。

 少し心配だ。

 とはいえ、師が用意してくれたこの絶好の機会を逃すことはできない。

 彼からマニュアル魔法を学ぶことが出来れば、幼い夢想が現実に大きく近付く。

 ただし、弟子となる条件は非常に高い。


 彼が地属性魔法で生み出した鉄塊を、魔法の一撃によって著しい破壊をして見せること。


 あんなものをどうやって破壊しろというのか。

 せめて授業の前になにか有用な情報が拾えれば……。

 さらなる情報を得ようと顔を上げた時だった。

 視界の端に見覚えのある影が過ぎった。

 足音をさせずにそっと棚に身を隠してそれを追うと、やはり見間違いではなかった。

 ライトグリーンを基調にしたオレンジイエローのグラデーションサリー。

 ウルールだ。

 英雄譚が好きなウルールが国立図書館に顔を出すことはそれほど珍しくはない。

 登録されている貴族家を司書が確認すれば入れる場所だ。

 同行者も貴族が保証を約束する一筆を書けば入館も許される。

 ということはトーガ・ヴェルフラトとシューも来ているのだろうか?

 だとしてなぜ別行動なのか?

 いいや、それよりもウルールだ。

 英雄譚関係の書が並べられているこの棚を素通りしたことに違和感がある。

 迷いなく進む様子に興味を覚え、手にした書を棚へと戻して後を追うことにした。



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