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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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開花 2


 現代の魔法は多岐にわたる。


 肉体や武具の強化、魔力を形成して放つ無属性魔法。


 地・水・火・風の4大元素に、光と闇の属性魔法。


 各属性の混成魔法。


 精霊に呼び掛けて力を行使する精霊魔法。


 傷を治癒する回復魔法。


 精神に影響を与え、死や復活に直接関わる信仰系魔法。


 魔道具を用いて生まれ持った運命・宿命を覗き見る占命魔術せんめいまじゅつ


 不利な条件を課すことで強大な力を得る制約や呪い、死霊を操る呪術魔法。


 大気中の生命力を吸収して肉体の強化を行う仙術。


 英霊や神、悪魔や魔獣を呼び出す召喚術。


 動物や魔獣を魔力によって調伏する従魔術。


 魔力や魔道具による設置型魔法陣。



「大まかに挙げるとこんなところですが、これらはすべて詠唱によって行使する魔法なので、扱える者を魔法詠唱者マジックキャスターと呼ぶわけです」


 魔法を学ぶ者であれば必ず最初に知る情報だ。

 これはトーガの研究する魔法の原理について話す、前段階としての説明だった。


 普段のヘレナならば、お茶のおかわりを皆に尋ねたかもしれない。

 普段のホーリィならば「そんなこと知っているわよ」と本題を催促しただろう。

 普段のウルールならば、英雄譚に登場する魔法や遺跡の話を期待して、笑顔が張り付いていたに違いない。

 けれどもメネデールを始め、ルットジャーの姫君たちは情報を聞き逃さないよう真剣な顔で耳を澄ませていた。


「あまり知られていませんが、魔法を行使する魔獣や悪魔なども言語は違えど詠唱を行います」


 守護魔獣である神獣ラファナスは純粋な戦士に分類されるため、魔法を行使できない。

 ホーリィは遭遇した経験があるであろうメネデールへ問うように顔を向けると、ヘレナとウルールもそれに倣った。

 シューは黙々と2つ目のスナックパインを頬張っている。

 トーガからねだり取ったもので、スーがテーブルで小躍りしながら分け前をもらっていた。

 1人と1匹だけはいつも通りの自由さだった。


「確かに北方の死の大地の魔獣や、溶岩魔人ラヴァゴーレムは魔法発動前に唸る様な声を上げていたわ。あれが魔法の詠唱だったのかどうかはわからないけれど、その可能性は高いでしょうね」


 メネデールが思い出すようにしてからそう言うと、トーガは再び口を開いた。


「ではなぜ魔法を行使するのに呪文を詠唱するのでしょう?」

「水を飲むためにコップを手に取るのと同じで、必要な手順だからではないんですか?」


 ホーリィが思ったままに答えた。


「ではなぜ同じ詠唱で効果に違いが出るのでしょう?」

「魔力の扱い方が違うからでは?」

「その通りです」


 トーガは微笑む。

 しかし同席者は彼がなにを言いたいのかわからず、それぞれ顔を見合わせた。


「つまり詠唱というものは本来、魔法を行使するに当たって特に必要なものではないのです」

「……は?」


 あまりにも突飛な発想にホーリィの素の声が漏れた。


「魔法の詠唱の文言は、術者がより明確にイメージするための装置であり、

 繰り返し行うことで素早く精神を集中しやすくなる”おまじない”のようなものです。

 重要なのはイメージと繊細な魔力の操作です」

「詠唱がおまじないだなんて、そんな――」

「魔法の始まりは、神の行使する力を精霊が真似たものです。

 神は”詠唱”をしない。

 それが意味するのは、詠唱がなくとも到達できる魔法の極致きょくちがあるということです」


 助けを求めるように視線を泳がせるホーリィの目には、半信半疑ながら眉根を寄せる師が映った。

 苦労して覚えてきたものが、精神を安定させる”おまじない”呼ばわりされては誰だって戸惑うだろう。

 しかもそれを語る目の前の男は、冗談でもなく真面目に語っている。

”偶然”と称しているが、護衛を可能とする知性と能力を持つ魔法生物を生み出した錬金術師で、頭が足りてないとは思えない。

 落ち着いた話し口からは狂信的な妄言にも、騙そうとする詐欺師のような雰囲気も感じられない。

 魔法の腕がどれほどのものかはわからないが、ロッタル領主を始めとする数々の英雄と親しく、遺跡の調査をして回る実力を持っているのだ。


 決定的だったのはロッタル領の洞穴の祭壇の話だった。

 遺跡を管理するロッタル一族とルットジャー一族は、帝国宮廷魔術師アブスターフの問題もあって200年以上に渡る積極的な親しい付き合いを心掛けている。

 エルフィンからの食料や資金の援助はもちろんのこと、現在もゼシオンが頻繁にロッタルへ赴いている。

 そのロッタルの遺跡に踏み入った者が居るという情報は、1度だけだった。

 今年の紫水晶の月にがつ

 そして250年前にメネデールとヒーネが遺跡に挑戦したときに残した印。

 夕食でトーガの話した内容とメネデールの記憶は合致していた。


「トーガさん。私は古代詠唱を用いても〈魔法の矢マジックアロー〉さえ行使できないんですが、原因はなんだと思いますか?」


 新説に戸惑う周囲を余所に、ウルールは素直な疑問をぶつけた。

”今日は運命の日”という昼過ぎの思いつきが、背中を押していた。

 もし運命の日であるのなら、なにかの道が開けてもいいはずだ――と。


「ウルールさん。あなたは魔法を信じていないのではないですか?」

「信じて……ですか?」

「たとえば、魔力で矢を形成できても、飛ばせないとか」


 ズバリと言い当てられたことで、ウルールは確信する。

 間違いなくこの人は、自分の世界を開く運命のキーだ。


「はい。魔法陣を潜り抜けても矢は飛ばずに落ちて、霧散します」


 ハッキリとウルールが口にした後、トーガは一度メネデールに目を向けた。

 彼女はウルールの師であり、親代わりだ。

 トーガの視線の意図を理解したメネデールは頷いた。


「御助力頂けるなら、私からもお願いします」


 トーガはウルールに向かい直して笑顔を見せる。


「一宿一飯の恩もあります。あなたの力になりましょう」


 彼の言葉の後、斜陽さえも失った真っ暗な庭へと皆が移動した。




 メネデール邸の庭は、広い敷地も手伝って夜になると非常に暗い。

 夏の夜に瞬く星明かりと、館の窓から漏れる灯りを頼りに出た6人と1匹に、ラファナスが合流する。

 いつの間に手入れをしたのかラファナスの毛並みには汚れ一つなく、しきりにシューを乗せようとアピールしていた。


「……くっしょん」


 シューがそうつぶやくと、ラファナスはその場で伏せて丸くなり、大きなソファになった。

 迅速丁寧な動きで、砂埃を上げない気遣いが見て取れた。

 明らかに普段見せる動作とは一味違った。

 それに不快感を露わにしたのはホーリィだ。


「……この”毛玉”、私たちのこと相当舐めてたってことよね」


 シューの命令とラファナスの反応を見る限り、人間の言葉を正確に理解している。

 つまり、今までわからないフリをして無視してきた命令があるということだ。

 ホーリィが腹を立てるのも無理はない。

 メネデールは知っていたようだが、特に気にする様子は見せなかった。

 一人前未満のルットジャー氏族クランを守るという仕事さえこなしていれば、それでよかったのだ。

 事実250年の間に、ルットジャー氏族クランで若くして失われた命は1つとしてない。


「……ほぉりぃ」

「やーよ。私ソイツ嫌いだもの」


 シューの誘いにホーリィはハッキリと拒否をした。

 するとラファナスが力尽くで引き寄せようと尻尾を回り込ませるが、ホーリィは華麗な回避と同時に蹴りを見舞った。


「……”毛玉”。いくらご主人様の命令でも、次やったら濡れ鼠にするわよ!」

「……アォゥン」


 情けない声を上げてラファナスが顔を隠す。


「……むりじいだめ」


 シューの追い打ちにラファナスの尻尾は元気をなくして、くたりと芝生に倒れた。

 それを慰めるのはヘレナだ。

 鼻先と頭を優しくなでている。

 メネデールはそんなやり取りを気にも留めず、森妖精の隣人トレントに座りやすい枝を用意させながら、トーガとウルールの話に耳を傾けていた。


「先ほど基本となる魔法を並べ立てましたが、魔法と言うのは大別すると2つになるんです」

「2つですか?」

「オートマチックマジックとマニュアルマジックです」

「おーとまちっく?」


 聞き慣れない単語にウルールは目を丸くする。


「魔法を発動するまでにいくつかの手順が本来あるのですが、詠唱によって速やかに想起出来るよう文言を組むのです。たとえば、<魔法の矢マジックアロー>の古代詠唱を分解してみましょう」

「お願いします」


 ウルールが丁寧にお辞儀をすると、トーガは「では始めます」と切り出した。


「”魂は心でゆる”

 これは己の魂が、心臓でエネルギーを生み出している様子です。


 ”はこの身に巡りて左から右。

 熱く脈打つは命の鳴動。

 赤に宿りしは貴き奇跡”

 これは心臓の左側から全身を巡って、

 心臓の右側に戻ってくる血液の循環と、

 その血液に魔力が宿っていることを表わしています。


 ”精神の導きにて色めき立ち、我が手に集いて形をす”

 この精神は人格や意思のことで、目的を持って魔力を操作するという意味です。


 ”根は鋭く、は長く”

 これは矢の部位を形成するための情報で、根はやじりのことで、は矢の竹や木の部分。


 ”放ちしはずから力はに。

 風切り裂いて率いるは根。

 疾風しっぷうの如く、疾風しっぷうが如く。

 我が敵を撃て”

 これは弓から放たれた矢がどの様に飛ぶかのイメージで、発動時に展開する魔法陣がその役割を持ちます」


 ウルールは始めの文言の意味を、このトーガの説明によって初めて理解した。

 心臓や血液の循環などが浮かぶわけもなく、文字通りでしかイメージ出来ていなかった。


「これを淀みなくイメージさせる文言を詠唱することから、自動想起魔法オートマチックマジックと呼ぶのです」

「えっと。もうひとつの方は、まにゅるあでしたっけ? そっちはどういうものなんですか?」

「マニュアルです。言葉通りにすべてをその都度最初から組み上げてゆく魔法です」

「なんか難しそうですね」

「苦手意識を持つと苦労しますよ」


 トーガは子供に言い聞かせるように笑った。




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