開花 1
夕食を終えて、シューはデザートに夢中だった。
エルフィン産のスナックパインは紅玉の月の今が旬。
赤ん坊の頭ほどの大きさで、お尻の部分を切り落とし、節を引き千切ってかぶりつく。
口の中に溢れる果汁に、シューはほっぺを抑えて首を振っていた。
テーブルにはメネデールを上座に、左手の窓側にはヘレナ、ホーリィ、ウルールが座っている。
壁側の上座からシュー、トーガの順だ。
二人は大事な客人として持て成されていた。
夕食の時にそれぞれが自己紹介をし、トーガ・ヴェルフラトが何者であるかの一端をホーリィは知った。
英雄譚の研究者で、歴史学者。
大陸各地に点在する遺跡の魔法陣や碑文の解読をして回っているらしい。
研究や開発をする者は自分の成果をうれしそうに話すものだが、彼はどこにでもある世間話としてそれらを扱っていた。
話す相手や内容は選んでいるのかもしれないが、自慢を含まずに質問されたことに淡々と答えている。
誰も知らないなにかに我一人触れたことに優越感を覚えるのではなく、好きなことを好きなように調べるだけで完結するタイプなのかもしれない。
ホーリィの興味を引いたのは”遺跡の魔法陣”と”碑文の解読”だ。
遺跡の魔法陣は未だ解明されておらず、碑文に刻まれた古代文字も解読の手掛かりさえ見つかっていない。
どんな構造で、どんな内容が記されているのか。
魔法詠唱者としてさらなる高みを目指すホーリィにとって、思わず前のめりになる話だった。
しかしホーリィを一番驚かせたのは、シューが英雄譚に登場する”幼い導き手”であることだ。
メネデール本人がそれを戦友として認めているのだから否定のしようがない。
氏族の祖であるヒーネと常に一緒に居たとされる彼女は戦闘能力を一切持たず、ヒト種族でありながら動物や精霊から情報収集が出来るという。
250年前に生きたヒト種族の英雄の一人が、今も変わらぬ姿でいることに驚くなと言う方が無理だろう。
遺跡の〈水晶棺〉に封印されていたようだが、どれほどの間そうして眠っていたかはわからない。
英雄譚時代も変わらずにいたと聞いてホーリィは不死者を疑ったが、メネデールによるとどうやら違うようだった。
不完全ではあるが、現代にも実例はある。
帝国エレンシャフトの筆頭宮廷魔術師アブスターフだ。
何らかの魔法や呪術なのかもしれない。
さらにもう一つ。
ルットジャー氏族で長年疑問視されていた神獣ラファナスが、創作物ではなかったということ。
ウルールやヘレナから聞いた話は半信半疑だったが、すぐに証明されることになった。
ふと、視線を感じたホーリィが振り返ると窓の向こうから”毛玉”がこちらの様子を窺っていた。
ふわふわの白い尻尾が元気よく揺れている。
「……はうす」
ホーリィの頭の後ろから聞こえたぶっきらぼうなその声は、シューのものだった。
そして、それは起こった。
対象に聞き取れるか否かを無視したシューのそのつぶやきに、ラファナスが即座に実行したのだ。
巨体があまりに速く動いたために周囲の空気を巻き込み、窓ガラスを破らんばかりに揺らした。
「……ウソでしょ」
邪険に扱われたり、退屈な時間を強要される待機の命令には、目や尻尾などで不満を露わにのそりと動く。
しぶしぶ従う子供のような普段の仕草は、一欠片もなかった。
戦士の動きだ。
「本当にすごいわねぇ」
ヘレナが感心したように言った。
当のシューはそれを特に気に掛けることもなく、スナックパインを千切って懐へ運んでいる。
スライムに餌付けしているのだろう。
トーガはスーについても簡単に説明した。
錬金術で偶然生み出した液状型の魔法生物で、死の概念がないこと。
一切の物理攻撃が効かず、魔法による攻撃の蒸発、または雨や水場での溶解四散も一時的な状態であって、必ず元に戻ること。
ただしその場合は少しの時間を要するので、足止めになる欠点があった。
護衛としては致命的な弱点だが、汎用性と能力を差し引きしても余りある。
最近は拳闘士のまねごとを好み、急所への打撃の他に狩猟した動物の血抜きと内臓の洗浄が可能だと言う。
それを聞いたウルールが妙に納得した顔をしていた。
これを量産すれば従魔術師は喜んで大金を積むだろう。
商業組合や興行組合もこぞって事業化を提案するはずだ。
護衛や狩猟食肉の処理の他に、見世物としての娯楽にもなる。
量産が出来なくとも希少性は上がる。
莫大な金が動く”なにか”になることは間違いなかった。
しかし彼は、そうするつもりはないらしい。
昼間のウルールによると経済に興味があるという話だったが、お金には執着がないようだ。
「ところでヴェルフラトさん」
「何でしょう? ホーリィさん」
「遺跡の魔法陣や碑文の解読でなにかわかったことはお有りなんですか?」
「魔法の記述から、いくつかの仮説が確信に変わりましたね」
「仮説、ですか?」
ホーリィの胸の奥がざわついた。
この謎の男の情報は、宝石などが霞むほどの輝きを持っている。
正直、氏族当主の命令がなくともこうなっただろう。
「魔法は神が人間に与えたとされていますが、いくつかの工程があったようです」
「工程……?」
「神がその身を動かす時に自然発生する事象を、精霊が真似たものが”魔法”で。それを脆弱な人間が生きるための道具となるよう与えられたわけです。つまり魔法の祖は精霊となりますね」
「”外”の勢力の対抗手段として下賜されたということですか?」
「有り体にいえばそうなります」
”外”の勢力は、大陸に現存する勢力の均衡が崩れれば滅びるとも言われるほどの脅威だ。
ヒーネとメネデール英雄譚の溶岩魔人。
マース英雄譚の砂龍サンドワーム。
不死者軍団。
オストアンデル英雄譚の巨大蟻女王。
地獄の業火の番犬。
古代竜グレンデバルト。
「しかし人間は、神々から特別な寵愛を受けているわけではありません。”外”とは違う営みが、今後どう進化してゆくのかに興味を持ったに過ぎません」
トーガの話によると、”外”とこちら側では文化がまったく違うらしく、その最たるものが”経済”という自然界においては歪な共生関係だ。
トーガが先ほどから使う”人間”という言葉も、少々一般的ではない。
彼の言う”人間”というのは種族ではなく、高度な社会性を持つ生物を指している。
規則を作って守る集団生活の中で、その他の動植物との共生をする存在。
ヒト種族、妖精種族、精霊種族、獣人種族。
その集まりに参加すれば犬や猫、牛や豚といった畜生の類も人間に分類される。
なぜなら規則を破ることで処罰を与えられる生物であるからだ。
かなり特殊な定義だ。
「逆にいえば、ヒト種族でも法を犯せば”人間”ではないということです」
「ああ、なるほど。それは納得します」
善良な国民を脅かす野盗は、例外なく処刑される。
それは見せしめでもあるが、民を守らなければ国が成立しないからだ。
国民同士の刃傷沙汰も厳しい罰が与えられるし、殺人を犯した者は基本的に死刑だ。
水の王国では、殺された側が奴隷であっても適用される。
奴隷は所有者にとっての財産ではあるが、ある程度の”人”としての権利が認められていた。
そして他人の権利を奪う者は、国民である権利が剥奪される。
彼の言うところの、”人間”である権利が剥奪されるわけだ。




