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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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屋台広場 3


 ウルールは情報を整理してみる。

 トーガ・ヴェルフラトは物腰の柔らかい英雄譚の研究者で、歴史学者。

 よく見れば高価な身なりをしていて、経済に興味はあるが、お金への執着は見られない。

 商売っ気は薄いが金回りはよく、言うことを信じるならば英雄譚に登場する英雄たちと親しい間柄。

 武闘派貴族のロッタル侯爵から直筆の旅上身分証明りょじょうみぶんしょうめいを与えられ、”怪物”を一撃で仕留めるだけでなく、それを持ち運ぶのを苦に感じない実力を持っている。

 未知の魔法を使う可能性があり、その等級は中級以上と推測される。

 そして子煩悩。


 かなり目立つ存在ではないだろうか?

 組合ギルドに登録をしていないからだろうか?

 冒険者、魔術師、商業、工房などの組合ギルドに登録していれば、大きな依頼の成功は自然と広まり、評判は上がる。

 特に冒険者は名前を売って、指名依頼をされるようになって一人前と言われる。

 ウルールにもそういう世界の常識は知り合いづてによく聞いた。

 能力や名を喧伝するために、派手な外見や特徴を作るという努力の仕方もあるのだと知って感心したものだ。


 子連れという特徴を持ち、実力は申し分ない上にロッタル侯爵の折り紙つき。

 これまで噂にすらならない方がおかしいレベルの人物だ。


「どうかされましたか? 難しい顔をして」

「ああ、いえ。トーガさんは英雄譚の研究者で、歴史学者なんですよね?」

「そうですね」

「大陸に点在する遺跡なんかも研究対象なんですか?」

「そうですね。砂漠の国カービタラサ三角錐遺跡ピラミッド巨大蟻ジャイアントアントの巣跡地、渓谷妖精ダークエルフの大渓谷にある水の祭壇、ロッタル領の洞穴の祭壇には行きましたね」


 指折り数えるトーガに、ウルールは硬直した。

 こともなげに前人未到の遺跡の名をつらつらと挙げている。


「踏破……されたんですか?」

「まさか。遺跡の構造や碑文、魔法陣を調べるだけです」

「ですよね……」


 そうだとしても、挙げられた遺跡には近寄ることも困難なものは多い。


「調査団を組織したんですか?」

「そんな大層なものではありませんが、そうですね。案内を申し出てくれる方が同行することもありました」

「こと?」

「リタやスワルトバートルが同行してくれることもありましたが、基本的に禁忌の地として近寄りたがらないことも多いですからね。ロッタルのときは獣人族が3人も同行する大所帯でした」


 同行者は相当な実力者であることはわかるが、少なすぎる。

 トーガの話しぶりからすると最大5人のチームだったようだ。

 価値観が違いすぎる。

 しかもその内の一人というのが、幼いシューだというのだから、実質4人の戦力だ。

 ちらりとシューへ目を向けると、飲み終わった紙コップを腰から下げた皮袋に入れようとしていた。


「あ。シューちゃんゴミは――」


 ウルールの呼び掛けはそこで止まった。

 なにが起きたのかわからなかった。

 始めはシューが王都の方針を理解して、ゴミを持ち帰って処分しようとしたのだろうと解釈した。

 ところがそのゴミは、皮袋の口を前にすると吸い込まれてしまった。

 排水口に雨水が流れ込むというようなものではなく、触手が伸びて呑みこんだ・・・・・のだ。


「シュー」


 トーガの呼び掛けに顔を上げると、状況を察したらしい。

 ウルールをじっと見つめてから、小さな皮袋をテーブルに置いた。


「あの……これって」

「ペットです」

「……ペット?」


 ウルールの頭に浮かんだのは巨大な銀狼のラファナスだ。

 甘えたがりで、散歩が好きで、お手と言えば人の頭に前足を乗せるお茶目さを持った、移動ベッド。


「……おいで」


 シューの呼びかけに、皮袋からぬるりとそれは出てきた。

 透き通る液体がこぼれ出るように現れたかと思うと、重力に反して歪んだ球体を形作っている。

 一見すると魔法によって生み出された水が、操作されているようにも見える。

 しかし、主人に甘えるように小さな両手へと収まりにゆく様は、ウルールの記憶にあるラファナスと重なった。

 これには意思がある。


「なんですか……この……生物?」

「……スー」


 シューが短くそう口にした。

 名前らしい。


「液状型魔法生命体です」

「えきじょ……生命体? これは生命体なんですか?」

「ええ。といっても死の概念はないんですけどね」

「は?」


 トーガの説明によると、このスーと呼ばれるものは研究中に偶然生み出した魔法生物なのだと言う。

 特定の形状を持たず、体内に取り込んだ物質を溶解して吸収するがエネルギーを必要とせず、死ぬこともない。

 生殖器官もなければ分裂もせず、増殖もしない。

 生物と称するには抵抗のある物体ではあるが、シューに懐いているところから意思の疎通を図る知性を持つようだ。

 前例にない生物なので種族名もなく、どろどろ・ぬるぬるした粘液状の物質を指す”スライム”と呼称し、現在は不要物の処理と護衛役として、シューの腰に下げた皮袋に常駐している。


「どうしよう。たった一日で私の常識が音を立てて崩れてゆく」

「若いのですからそれが当り前ですよ」


 目頭を揉むウルールの前では、非常識な生物がシューの投げる包み紙や紙コップなどを器用に受け取って吸収していた。

 少なくない人だかりが出来て、所々で拍手が挙がっている。

 興行道化ピエロ曲芸ジャグリングのような盛り上がりを見せていた。

 観客の声援から、姿を隠した魔法詠唱者マジックキャスターと幼子が組んで、”幼い天才魔術師”という演目の練習をしているのだと勘違いしている者もいるようだった。


「トーガさんは錬金術師でもあるんですか?」

「そう名乗ることを認められはしましたね」

「……他にはどんな称号をお持ちなんですか?」

「さあ。そこそこ生きていればあだ名なんて勝手に付いてきますよ」


 称号をあだ名呼ばわりとは、名声にはとんと興味がないようだ。

 ウルールにはトーガの行動原理がどこにあるのかわからない。

 彼の持つ技能や知識のどれか1つがあれば、いくらでも財産を生み出せるはずだ。

 けれどその本人は拠点を定めるでもなく、英雄譚や遺跡に刻まれた情報を集めて回っている。

 真理の探究などという聞こえの良いものを掲げるでもなく、知りたいという欲求を満たすためだけに旅しているのだろうか?

 だとしたらなぜ、組合を使わないのか。

 地位や名声というものは自然と情報を呼び寄せる道具になる。

 それが高ければ高いほど、信憑性も増す。

 近い地位や名声を持つ者が、責任を持って情報を提供するからである。

 そんな簡単なことをトーガ・ヴェルフラトがわからないはずがないのだ。

 ただ漠然と旅を楽しんでいるようなおもむきがあった。

 行動力と実力が飛びぬけ過ぎているため、そんなふうに見えるのかもしれない。

 それともなにか秘密裏に行うような大きな目的があるのだろうか?


 改めてトーガを眺めてみる。

 こげ茶色ダークブラウンの短めの髪に、しわらしい皺もないキレイな肌をして、やさしい笑みを湛えている。

 外套がいとうやローブから覗く腕は予想外にたくましい。

 それは遠目からは魔法詠唱者マジックキャスターにしか見えないからだが、その実体は凄腕の武道家。

 全体を見てもそれほど歳を重ねているようには思えない。

 20代半ばか、精々三十路せいぜいみそじを迎えているくらいだろうか?

 そう思うのは彼が長い旅の生活をしていて、シューが7歳前後に見えるからかもしれない。

 仮に30だとして、どんな人生を歩めば、あれほどの強さと知識、価値観を持つことが出来るのだろう。

 なによりも注目すべきは人脈だ。

 リタ・サイテアーク・リスアールヴ。

 スワルトバートル・ドヴェルグ。

 アルレーシャ・シーレーン。

 という錚々そうそうたる顔ぶれの友人を持ち、あのロッタル侯爵からも厚い信頼を得ている。

 密度の濃い人生なのは間違いなさそうだ。


「そういえば」

「なんでしょう?」

「トーガさんはもう、宿は決まっているんでしょうか?」

「いいえ。そろそろ探しておいた方がいいですかね?」

「千年祭が目前ですから、予約をしていないと滞在期間中に追い出されてしまうと思います。宿場町もすぐに一杯になりますから、今からだと厳しいですね」

「見通しが甘かったようですね」


 人好きのしそうな困った笑顔のトーガを見て、ウルールは少しほっとした。

 実力や経歴は隙のない大人物だいじんぶつそのもので、性格はおだやかで慌てる様子を見せず、物静か。

 まるで絵本に登場する英雄だ。

 そんな彼でも、失敗はする。

 ウルールの中で、憧れよりももっと近いなにかが芽生えそうな気がした。


「そこで提案なんですが、宿がまだなら我が邸宅を。と師が申していまして」

「それは助かります。しかしよろしいんですか?」

「師が珍しくぜひに、と」


 たくさんのおひねりを手に戻ってきたシューが、ウルールの提案に親指を立てて応えた。




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