屋台広場 2
ウルールは現在も腫れものに触る様にしている王都の空気に申し訳なさがあるようだった。
しかし、それだけではないことをトーガは知っていた。
救出失敗した彼らに、心ない言葉を投げつけた者がいたことを。
不死者の軍団になったとしても家族であったと、やり場のない感情の矛先を向けた者が多くいたことを。
南の大森林の者たちとて、それ以外にどうしようもないことがわかっていて叫んだに過ぎない。
エルフは長命種族特有の、子供が出来にくいという難点があった。
そんな彼らにとって子供、特に種族を維持する娘という存在はまさにすべてを優先する宝だった。
失った家族への渇望が呼び起こす血の業という感情は、理性で容易く乗りこなせるものではない。
「リタやスワルトバートルは狭量ではありません。当時の家族の言葉とて、本心でないこともわかっています」
「……それでも彼らに感謝と申し訳なさが――」
「今度会ったときに伝えておきますよ」
「ありがとうございます。エルフィンを代表して心よりお礼申し上げます」
ウルールは小さな頭を深く下げた。
「あなたも苦労しそうな性格をしていますね」
トーガの言葉に顔を上げて、ウルールは困ったような笑顔を見せた。
なんだか少し儚げに見える。
「英雄といえば、両替えのときに大神殿でも伺ったのですが、メネデール公について熱く語る方が多いのですね」
「あー。メネデール様は国政には口を挟まないのですが……商業組合や魔術師組合を中心に相談事をよく受けますので」
儚げだった表情が、ただの困り顔へと和らいだ。
「弟子入りを希望する方や、一目見ようとやってくる熱心な男性が多くてですね」
「美貌の麗人でしたか?」
美しいを意味する単語を重ねて表現をするとは、とトーガも苦笑いだ。
「美貌の森妖精と水の王国史を彩る麗人がごっちゃになって、二つ名みたいになっちゃってるんです」
「さぞや迷惑しているでしょうね」
「それを聞くたびに、眉をこう、しわくちゃにして頭を抱えています」
ウルールが真似るように両眉を歪めて、頭を抱えて見せた。
トーガの意図を察して、気持ちを切り替えてくれたようだ。
ふと視線をシューに向けると、ウルールを真似ていた。
「メネデール公はかわいらしい方なんですね」
「え?」
トーガの言葉にウルールは、思考が停止した。
「……かわいらしい……ですか?」
「感情を豊かに表わして、困ったり悩んだりする方なのでしょう?」
「ええ。そういうところも……あります」
「とてもかわいらしい方です」
ウルールの価値観では、メネデールは身近な存在ではあるが、師であり、族長の血統で、生ける英雄だ。
かわいらしいという単語がどうしても一致しなかった。
「カッコイイ方でもあるようですね」
「あ、はい。それはわかります」
トーガは午前中の英雄譚に関わる逸話を尋ねたときのことを思い出す。
豊穣の女神の大神殿の神官から聞いたメネデールは、聡明で物静か、所作美しい隙のない女性だった。
神官の紹介で訪ねた名誉商人ツーカからは、やわらかい物腰でありながら、氷の刃のような鋭さを持ち、先見の明を持つ傑物であると熱く語られた。
その彼から紹介状を一筆貰い、魔術師組合を通して話を聞くことが出来た一風変わった魔法詠唱者からは、慈悲深さと強く生きるための心構えを教わったと聞いた。
特に最後の魔法詠唱者が語った出来事は興味深く、メネデールがただのエルフでないことがよくわかるものだった。
ウルールの話によると国政には口を出さないようだが、その気になれば口を出さずとも国を動かす狡猾さを持っている。
そんな彼女が、たかだか呼び名で表情を崩して頭を抱えるというのだから、トーガにはかわいらしい女性に思えた。
「あら、ウルールちゃん」
テーブルで食事を続けている三人に、ふいに声が掛けられた。
線は細いが付くべき所に肉が付いた、男好きのする若い女性が笑顔で立っていた。
オレンジ色のサリーを身にまとい、明るい茶髪を後ろ首でまとめてクルリと1つの輪を描くように結ばれている。
「あ、キャロさん。お昼ですか?」
「ええ。そうなのよウルールちゃん!
うちのダンナが今日は屋台料理で贅沢に行こうだなんて突然言い出してね!
こっちはダンナの体を思って色々予定してたのにさ。それをお構いなしにあのトウヘンボクのアッパラパーは!
まあそんなところもかわいいんだけどさ。
それで、そちらの色男はどちらさん?
ちょっと紹介してもらってもいいかしら?」
「あ、はい。えっと。トーガさん、こちらは肉屋のハブッチさんの奥さんで、キャロリン・ナゲッツさんです」
「はじめまして。私はトーガ・ヴェルフラトと申します。彼女はシューです」
「あら! あらあらあら。見た目も良ければ声も素敵な方なのね。
うちのダンナももう少しアレならよかったのに。どうしてあんなのとくっついちゃったのかしら。
まああんな形でも甘えん坊なところがあって毎晩胸がキュンと来ちゃうんだけどね。
それで、ウルールちゃんとはどういうご関係なのかしら?
そっちのコはもしかしてウルールちゃんとトーガさんの子供なの?」
一を返せば十を返すような明るい女性は、思いつく限りを冗談も含めて口に出す。
ウルールが成人前で、ほとんど毎日顔を合わせている間柄で妊娠に気付かぬわけがない。
「お二人は私の命の恩人です」
「あらー。あなたがあの?」
「あの?」
「ほら、あのでっかいイノシシをかるーく運んできたっていうすごいお人でしょ。
あれはきっと英雄級の偉業をなすようなお方だとかなんとかダンナが褒めちぎっててね。
一度お姫さま抱っこされてみてえだなんてバカな冗談言うもんだから、アタシで我慢しなってギュッとしたら照れちゃってさ。かわいいの」
「ええ。トーガさんのことです」
「ああやっぱりね! そうだと思ったのよ。
一目見てこれは逸材ね! なんて感じちゃったもの。
ダンナがすっごい感心してたのよ!
切っても切っても血は出ないし、お腹の中はキレイサッパリなんにもなくって”どうなってんだこれ!”って一人で大騒ぎよ。
おかしいわよね。あ、でも解体場で一人ぶつぶつ言ったり騒いだりなんて、ちょっと病的よね。
そんな噂が立ったら困るから内緒よ?」
人通りの多いこの屋台広場のテーブル席で、これほど大きな声で話して内緒も何もないだろうとウルールは一度笑う。
しかし、ずらりと並べられたキャロの情報を反芻して言葉を失った。
トーガの宣言通りに血抜きは完璧。
お腹の中もキレイサッパリ。
いつ、どんなふうにすればそんなことが出来るのだろうか?
あのイノシシの腹の中には確実に、オオタロウは入っていたはずなのだ。
疑問を顔に張り付けてトーガへ目を向けると、なんでもないことのように彼は微笑んだ。
やはり魔法習得者なのだろうか?
しかし、血抜きや内臓をきれいにする魔法など聞いたこともない。
メネデールの授業で聞く限り、水の魔法で可能とも思えないし、そうだとしても魔法習得者では収まらない。
魔法習得者は一般的に、剣士や戦士が補助や威嚇で初級魔法を使用するレベルの者を指す。
中級魔法まで扱えるとなると魔法戦士だ。
まさか新魔法を開発する魔導師クラスだとでもいうのだろうか?
あの”怪物”を一撃で仕留める武道家で魔導師以上となると、ウルールの知る限りでは大叔父のゼシオンクラスの英傑だ。
ふと、トーガの外套の下の装備が目に入る。
あの見事なローブや装飾品は、もしかするともしかするのかもしれない。
商業組合の職員の言葉が真実味を帯びてきた。
そんなことをウルールが考えているうちにキャロは、「今度教えてね!」と簡単な挨拶をして去って行った。




