再会 1
予想のしないことの連続は、幼子にとっては日常だ。
想像をする材料となる経験が足りないのがその理由だ。
けれども、少年や少女になる頃に予想外の連続と出遭った場合は違ってくる。
運命だ。
それは恋であったり、未知への期待を膨らませる瞬間であったり、命を賭けた戦いであったり。
カタチや色は違えど、鮮やかな記憶として刻みつける。
今日はたぶん運命の日だ。
ウルールがそう思ったのも14歳の、今この瞬間のことだった。
「ウルール。これはなんです……説明しなさい」
メネデール邸の応接室で、屋台広場で購入したおやつをお茶請けに、命の恩人たちと家族が談笑する予定だった。
家族が感謝を述べ、用意しておいた部屋へ命の恩人たちを案内する。
師の機嫌がよければ、英雄譚の実体験を語って聞かせ、トーガが興味深く頷く。
そういうものを想像していた。
現実は違っていた。
まず最初に姉の二人は外出していた。
ヘレナはラファナスを荷物持ちに、歓迎の食卓を彩る材料を買いに。
ホーリィは今日の出来事を伝えに、ルットジャー氏族の館へ。
決断の早いホーリィが居たら話はもっとこじれていただろう、と姉たちが居ないことにウルールは感謝した。
しかし、重苦しい空気がウルールの細い両肩に圧し掛かり、身動きが取れない事実は変わらなかった。
客人を持て成す提案をしたメネデールに相対するトーガたちの間には、液状型魔法生物のスーが陣取って威嚇している。
拳闘士が左右の拳を素早く突き出して間合いを取るように、歪な液状の球体から伸びる太い触手が、鋭い風切り音を上げていた。
メネデールは杖こそ手にしていないが、戦闘を前提にした構えを取っている。
目に見えるほどの魔力が高ぶっており、周囲の精霊がざわついていた。
始まったら、どうなるかわからない。
「わ、わかりません! トーガさん! どうしてあのコはメネデールさまにあんなことを!?」
「シューの護衛ですから」
緊迫する2人とは正反対に、トーガは少し困ったように答えた。
日常の一幕に身を置くように、まったく動じていない。
身構えもせず、油断なく視線を動かすでもない。
その隣りに立っているというだけで、メネデールの圧力はウルールの膝を震えさせた。
メネデールとトーガの温度差に背筋が寒くなる。
「ごえい? ま、守ってるってことですか?」
「シューに飛びつこうとしたのを見て、危険人物として認識したようです。シューも怯えているようですし」
身を守る様にシューは体を縮こまらせていた。
「……こないで」
確かにハッキリとした拒絶が見て取れる。
拒絶されたメネデールはというと、ひどくショックを受けたような表情を浮かべた。
ウルールはただただ状況に混乱するだけだ。
メネデールは理由もなく敵意を示すことなどない。
嫌うこともだ。
面倒見もよく、情に厚い、疑問なく尊敬できる自慢の師だ。
その師がこれほどうろたえて、警戒心を露わにする姿は初めてみた。
ウルールが混乱するのも仕方がなかった。
実際にメネデールの行動はトーガの言うとおりであったし、スーは謎の物体でこそあるが、護衛という仕事に忠実なだけだった。
応接室に案内した二人を目にしたメネデールは、驚愕の表情を浮かべた後にシューへ呼びかけながら駆け寄ったのだ。
「メネデール様、シューちゃんを知っているんですか?」
「知っているもなにも、苦楽を共にした戦友よ」
「……え?」
聞き取れなかったわけではなかった。
理解できなかったので聞き返した。
「シューは、ヒーネと共に旅をした大切な仲間よ」
メネデールの言葉に視線をシューへ向けると、幼い子供が震えてしゃがみこんでいる。
その情報に間違いがないのであれば、少なくともこのシューという幼子は、250年以上生きていることになる。
ヒトではないのだろうか?
フードを常にかぶっていた。
水の王国ではエルフを中心にサリーを身にまとう。
これには単なる民族衣装というだけの理由ではなく、尖った耳を隠すのを目的にしていたといわれている。
エルフは種族柄、魔法を使う奴隷として誘拐されることが少なくなかった。
それを配慮するように水の王国の初代国王ガラーテが、艶やかな大布を身にまとうサリーを考案し、国を代表する衣装として広めたのである。
今では水の王国の女性はサリーが一般的だ。
男も気候に沿って薄着ではあるが、耳にかぶさるような帽子や、幅広のハチマキをしていた。
トーガの耳はヒト種族と同じであることは確認したが、シューは常にフードを深く被っていたので見ていない。
まさかエルフなのだろうか?
だとしても250年も幼い姿であるということは考えられない。
エルフは16歳を迎えると肉体の成長速度がぐっと落ちる。
それはヒト種族が10歳から15歳で初潮を迎えるのと同じで、16歳で子を孕む準備が出来ることが理由であった。
このことからエルフの成人は男女ともに16歳とされるわけだが、シューの外見は7歳前後だ。
エルフであれば250年もその幼い姿であることはあり得ない。
では小人族なのだろうか?
それもあり得ない。
ホビットの寿命は精々120年だ。
エルフやダークエルフ、ドワーフなどと言った長命を代表する妖精種族ではなく、準妖精や半人前などと呼ばれる理由だ。
トーガが淀みない足取りでシューの前に立つと、スーは警戒しながらも後退した。
ぬるりとシューの外套の裾へと潜り込み、フードから肩へと移動した。
顔のないそれが、メネデールを睨みつけているということだけはウルールにもわかった。
メネデールも構えは解くが、スーとトーガへの警戒が目に現れている。
周囲の精霊の気配は消えないが、即座に攻撃をするという空気はなくなった。
「あの、トーガさん」
「はい。なんでしょう?」
一方トーガは、メネデールの警戒を気にした様子もなくどこ吹く風だ。
この精神力はどう鍛えれば身につくのだろう。
「なんか慣れてますね……」
「長いこと旅をしていればこういうこともあります」
「英雄に殺気をぶつけられることもですか?」
「今しがたあったでしょう?」
なぜ平気なんだろう。
友人である英雄たちともこのような場面があったのだろうか?
あまり想像したくない。
だが一番の疑問を投げかける。
「トーガさんとシューちゃんは親子……ではないんですか?」
「違いますよ。シューは私の依頼人です」
メネデールが席に着いて二人にもそれを促すと、シューはトーガにくっつくように座った。
ウルールが熱い紅茶を配り終えるまで、誰ひとり口を開かなかった。
しばらくの沈黙を置いて、それぞれがシューという人物について語り始めた。




