英雄と血統 10 -すべては繋がっている- [修正版]
ヘレナに紅茶のおかわりをもらって一口飲むと、思った以上に乾きが満たされる。
ほとんど聞き手の私でそうなのだから、喋り通しだった2人はもっと乾いていたことだろう。
ウルールはいつも通りにマイペースだったが、興奮を隠さなかったアドベールには疲れが見て取れた。
どうやらアドベールもコマードも確認や情報収集に駆け回ってから来ていたようだし、こうなるのも当然か。
冒険者組合長も商業組合長も酷なことをするものだ。
馬くらい出してやればいいものを……。
魔術師組合の担当が来ていない理由はわかる。
大イノシシの事件に魔法詠唱者が関わっている可能性は薄く、大人数で押し掛けるのは迷惑だと考えたのだろう。
冒険者組合、魔術師組合、商業組合、工房組合は都市の治安維持を目的とした組合連合を組織し、情報の共有も行っている。
今回は直接の関係がある冒険者組合と商業組合が代表としてやってきたというわけだ。
それに最近は、魔術師組合長がルットジャー氏族の館に通い詰めているからというのもあるだろう。
なにやらソーネストと魔術師組合の共同研究で誕生した新商品の発売の影響を試算しているらしい。
物によっては既存の商品がガラクタになったり、飲食関係の物価が大きく変動するなどがあるので慎重にならざるを得ないからだ。
事実、設置型魔法円の〈品質保存〉が世に出た時などは市場が混乱した。
ナマモノを含めた飲食物や薬品が永久に品質劣化しないなどと誤った情報が蔓延し、遠方から運ばれる高級食材や生薬の買い控えと安売りが横行したのだ。
正確には品質の劣化を抑える効果であり、魔鉱石などの動力源の常設が必要なため、費用がそれなりに掛かる代物である。
おかげで有用な技術の発表であったにもかかわらず悪い印象がつき、受け入れられるまでに5年も掛かるというひどい結果となった。
まあ、180年も前の話ではあるが――。
そんなことを考えていると、アドベールがゆっくりとソファに背を預けて天井を仰いだ。
「トーガ・ヴェルフラト殿が冒険者組合に登録して下されば、今回のような事件は減るのですがな」
実に冒険者組合らしいボヤきだった。
コマードは「確かに」と簡潔に同意し、私も笑って頷く。
「だが、テッショウ殿の時のようになってもらっては困るわよ?」
「あいや、ごもっとも。あのときは大変ご迷惑をお掛けしました」
「まったくだわ。弟子たちも見ているのだからしっかり頼む」
急を要する連絡でないにしろ、なにかと協力関係にある冒険者組合を軽視する原因はあまり見せたくない。
ヘレナとホーリィは一応心得ているようで、視線を送ると頷いて見せた。
しかし一人だけ、よくわからないという顔をしていた。
「どうした? ウルール」
「ああ、いえ。トーガさんが登録冒険者になると、どうして今回のような事件が減るのかと思いまして……。実力からして動物の狩猟とは関係なさそうなのに」
見当外れの疑問に私は目を丸くしてしまう。
ウルールに対してこの種の小さな驚きは珍しい。
目の前に転がされた情報と情報を単純に結びつけていたからだ。
周囲も同じ感想を持ったようで、意外そうな顔を浮かべていた。
「……そうか?」
丁度良い。
チラリと視線を投げると、コマードとアドベールはどうぞと相好を崩した。
「ではウルール。ヒントをやろう」
「はい、メネデールさま」
「今回のような話題となる一流冒険者が増えれば、噂が風に乗って他国に届く」
わからないか? というニュアンスを込めるがウルールは首をひねるだけだった。
「帝国が水の王国にちょっかいを出していることは知っているな?」
「西部城塞都市ロードスですね」
「なぜ戦争に発展しないのだと思う?」
「全面戦争を始めると生産が落ちたり、友好国との出入国にさえスパイをより警戒せねばならないからです」
「それもある」
小競り合いでなく、戦争ともなれば各地の領主が戦力を集める。
領地によっては農民を徴兵することになるだろう。
ここで問題が発生する。
いくらヴァスティタが豊穣の女神の加護で作物がよく育つと言っても、収穫は人の手で行われる。
時期によっては男手を失うのは致命的だ。
ちょっと知恵の回る指導者ならば、相手国の都合の悪いそんな時期に開戦するよう働きかける。
自国の収穫は早めておいて被害は最小限に留めつつ――である。
特にヴァスティタは小麦や果実などの輸出が多いので被害は一層大きくなるだろう。
だが帝国はそれをしない。
なぜか?
ヴァスティタの輸出先である砂漠の国カービタラサにとっても痛手となるからだ。
不毛の大地がほとんどのカービタラサにとって、食品輸入は生命線に近い。
輸入先を獣人王国ウェルイーラに頼ることになろうと手に入る物資や流通量の違いは大きく、国民の不満の声は時間とともに肥大してゆく。
しかもウェルイーラでは、『亜人種族排斥』を唱える教国と常に敵対関係にあった。
友好関係にある水の王国と砂漠の国、獣人王国。
思想で協力関係にある帝国と教国。
反目し合った長い歴史を土台に不満の声が怒号となり、唸りを上げてひとつの意志を持てば各国の王の手からコントロールが離れてしまう。
そうなればもう止まらない。
大陸は2つに割れて潰し合うことになる。
そしてその状態は、『外』の勢力にとって最高の調理風景だった。
人間は滅びの道をひた走ることになる。
「……帝国が戦争に発展しないことを逆手に取ってまで、西部で小競り合いをする理由はなんですか?」
「ルットジャーの血統とエルフだ」
帝国が執念深く狙い続ける理由は純粋にこれだった。
天性の才能を受け継ぐ血統というならば、水の王国には他にもある。
豊穣の杖に触れることの許された血統のレウリック王家。
平原の狩猟王弓聖ロッタル侯爵家。
北壁の守護者剣聖ラトターナ侯爵家。
それぞれ伝説となるほどの偉業を成した一族で、武名轟く英傑を何人も輩出している。
地理で言えばロッタル侯爵家の領土は帝国と隣接しているが、帝国が狙うのはルットジャーとエルフだった。
ではなぜ帝国はルットジャーとエルフにこだわるのか?
素体だ。
生まれつき魔力保有量が多く、時には神をその身に降ろすエルフは、錬金術師から『神の器』などとも称される。
いくつかの英雄譚にも、悪魔や魔神を召喚した際の受肉に使われたという記述があるほどで、中には肉の檻として神を捕らえようとした邪悪な錬金術師も居たようだ。
ルットジャーはそんなエルフをも越える魔力保有量を持って生まれる血統であり、最高の神の器を造り得る材料のひとつと言える。
つまるところ、邪悪な錬金術師にとってウルール・サラーサ・エルフィンは最も理想的な素体なのだ。
そして帝国には、そんな禁忌を禁忌とも思わぬ錬金術師が居た。
帝国の筆頭宮廷魔術師アブスターフ・スペクトプリヴィデン。
またの名を禁忌の魔術師。
ヤツはヒト族でありながら、200年も生き続けている。
その長寿の秘密は魔法の無限の可能性を求め続ける研究姿勢であり、禁忌を持たないところにあった。
動物を捧げ。
獣人を捧げ。
エルフを捧げ。
同族たるヒトさえも捧げ。
魔術や仙術、妖術に死霊術をも駆使する。
噂によると――ではあるが、ヤツの真の目的は『真理の扉』の解放。
もしくは『魔導の深淵』を覗くことにあるらしい。
それが一体なんなのかはわからない。
いや。私にしてみればどうでもいいことだ。
重要なのは、ヤツ――アブスターフが200年前からルットジャーの血統を狙っていること。
なにより、我が親友ルーシー・ルットジャーが危険視した人物であることだ。
「アブスターフやその高弟は召喚魔法や従魔術を用いた襲撃を行うため、領主や市長が冒険者組合に『モンスター討伐』というカタチで依頼を出す」
「ああ、それで有力冒険者の噂が抑止力に繋がるわけですね」
ようやく話が繋がったとウルールが手を打った。
「本来、冒険者組合は国家間の争いには関与しない。というのが基本則にありますからな」
アドベールの補足にウルールはうんうんと頷いた。
「冒険者はそのほとんどが拠点をその街にしているだけの流浪民という立場だからな。
徴兵することが出来ない。
しかし戦争中だからと言って野生動物や『怪物』、野盗の襲撃が止まってくれるわけもない」
ゆえに冒険者の優遇措置でのサービス争いである。
徴兵出来ないのであれば、利用できる者として手元に置いておこうというわけだ。
「もちろん冒険者組合に登録していようと、進んで戦争に参加する者もいるがな」
「士官となるチャンスと見る者。母国を守ろうとする根っからのヴァスティタ国民。様々ですな」
「……でも。それが今回の事件にどんな関係が?」
ここまで来てまだ答えへ辿りつけていないらしい。
本当に珍しいことだ。
「戦争や頻繁に起こる小競り合いがあればなにが増える?」
直接的な質問に一瞬ぽかんとした顔を浮かべたウルールは、ようやくそれに至った。
「戦死者……ですね」
「そうだな」
命を掛けた戦いの直後に、数え切れないそれらの埋葬作業というのは難しい。
戦いの熾烈さや終わる時間にもよるが、日が沈む頃なら翌朝に持ち越しだ。
ロードス兵ならば夜間戦闘も交代制で慣れたものだろうが、やはり埋葬作業は話が違ってくる。
武器らしい武器でなく、シャベルを手に敵が潜むかもしれない夜闇に身を置くのは自殺行為だからだ。
灯りを点ければ弓兵の格好の的であるし、夜闇をものともしない不死者を放たれては被害は免れない。
だからロードスでも戦闘以外での夜間は、城門を固く閉じて警備を除いて兵士は休む。
そうなると、敵味方入り乱れて倒れ伏す地に不届きものが現れる。
死肉を貪る野生動物だ。
オオカミ、クマ、イノシシ。
戦死者の多い地は、野生動物巨大化の温床なのだ。
今回の大イノシシ――粉砕する刻印猪はまさにそれだろう。
「なるほど。ああ、うん。なるほど……そういうことか」
ウルールは突然なにかを察したように頭を抱えた。
見る限り、すぐに答えへ至れなかった己の未熟さを悔やむふうには思えなかった。
この反応はどちらかというと、羞恥に暮れている者のそれだ。
「……なにがあった?」
「……えっと。ハブッチさんとのやり取りでちょっと」
「なるほどな」
「……すみません」
先ほどと同じように見当外れの応答をしたのだろう。
根掘り葉掘り聞いてやるのもかわいそうなので捨て置くことにした。
ウルールは不自由ながら日本の平穏な世界で生きてきたため、
興行や流通、戦時情勢などの知識は本から学んでいますが、
人生経験が乏しから生々しい話はピンとこない感じです。
いわゆる平和ボケ。




