英雄と血統 9 -ロードスからの旅人 3- [修正版]
「さて。トーガ・ヴェルフラトなる御仁は、ロッタル侯爵様が保証された信用ある方という結論に落ち着いたことですし。情報は集まり次第組合連合で共有するのが妥当でしょう。
冒険者組合からは勧誘し、粉砕する刻印猪討伐の報奨金は、通例に従って冒険者登録後にお渡しする、と。
ワタクシと致しましてはそろそろ商談の方を進めたいのですが、よろしいですかな?」
「丁度気になっていたところよコマード。キミがうちへやって来た理由がね」
「メネデール様ならばもうお気付きになられているのでは?」
おどけて言うとコマードはニヤリと口角を上げる。
先ほどとは打って変わって商人の顔になっていた。
私とコマードは示し合わせたようにウルールへ視線を投げかける。
「商談……ですか?」
「はい。ハブッチさんの提案もありまして、ウチとしてもぜひご同意頂きたいお話でして――」
商業組合からコマードが派遣されたもうひとつの理由は、肉屋『天然の金塊群』の店主ハブッチによる提案で、千年祭を前にちょっとした催しとしてオークション大会を開いてはどうかという話に発展したようだった。
ハブッチも古い商家の生まれなだけあってなかなかに目聡い。
好事家のほとんどは金銭的に余裕のある商家や貴族だ。
そんな彼らが千年祭という稼ぎ時に資産を遊ばせているはずはない。
もちろん個人商人――行商人のようなリスクの高い全額投資などでなく、補填金が原因である。
街から街、町から村へと資産のほとんどを商品にして売り歩く行商人とは違い、地盤を固めた商家というのは人を使って商品を仕入れ、倉庫で寝かせて売り時を待ったり、定期的に飲食店へ食材を卸したり、工房へ綿や布地、鉱石を卸すのを生業としている。
こうした規模の大きな商いというのは、物品を抱える期間の長さ同様にトラブルも多く、それを補うには金が掛かるというわけだ。
もしもの時にこの補填金がなければ、損害は一気に跳ね上がる。
たとえ金銭的損害が小さくとも『信用』というのは繊細で傷つきやすく、一度壊れると簡単には元に戻らないのだ。
食中毒を起こした飲食店。
商品の欠品や欠損を「仕方がない」で片付ける卸売り。
利用客としてはどちらも遠慮したい店と言えよう。
だから商家はよほどの天災でもなければ、替えの品や馬車に人員、見舞いの品といった用途を持つ補填金を確保せねばならなかった。
ゆえにこの時期の彼らの財布の紐は固く結ばれ、金庫の扉は普段よりも重くなっている。
それを知るハブッチはだからこそ、大衆の目の集まるオークションという形式を選んだ。
彼ら好事家のメンツを懸けさせ、競わせようと考えたのだ。
ちょっと事情を知る人間にとっては、胸高鳴るなかなかの見世物と言えた。
コマードから聞いたハブッチの話によれば、大イノシシの扱いはウルールに任されていたようだったので、こうして話が回って来たというわけだ。
「うーん。落札価格がどれほどになるかわかりませんから金額が提示できませんけど、いくら掛かりますか?」
「は?」
「オークションを開くための出資の相談なんですよね?」
「ああ! いえいえ違います。
ウルール様にご同意いただきたいのは、オークションに出品することと。
オークションの目玉となる粉砕する刻印猪の毛皮を『宣伝文句』として使う許可の話です」
「オークション運営費はどうするんですか? 商業組合も慈善事業ではありませんよね?」
「さすがはウルール様。しかしご安心を。オークションに参加する者からの出品費用と、中央大広場周辺の飲食店や屋台からスポンサーを募ります」
「ああ。オークションを客寄せの『興行』として、周辺の飲食店からお金を集めるんですね」
ウルールはコマードの説明にポンと手を叩いた。
さすがに頭の回転が速い。
「はい、ご推察の通りです。人通りが、それも大勢が足を止めるイベントともなれば、ドリンクを始めとする飲食物の売り上げは伸びますからね」
「興行組は演劇用に組み上げた舞台の貸し出しと前座で利益を出し、周辺の飲食店は売り上げを伸ばす。
だからこちらの出品費用は大イノシシの宣伝効果でチャラといったところですか」
「ご納得頂けたようでワタクシもうれしく思います」
ニンマリする2人の言うとおり、集客はかなりの数が見込めた。
事情通は好事家たちのメンツ争いを目当てに集まるし、そうでなくとも大陸史上最大のイノシシの毛皮なり剥製なりを一目見ようとやってくる。
それらが野次馬から客になるのだ。
他の出品者は出品者で、このお祭り騒ぎの尻馬に乗るはずだ。
冒険者なら大ぶりの原石や魔石といった別の方向性で注目を集めようとするかもしれない。
周辺の飲食店は喜んでスポンサーになるだろう。
盛り上がれば盛り上がるほど酒や氷菓子が飛ぶように売れるのだから、大歓迎に違いない。
「それならばぜひどうぞ。トーガさんもそういうことに好感を持つ方ですから、喜ばれると思います」
「おや。トーガ・ヴェルフラト様は商業に興味のあるお方なのですか?」
「英雄譚を研究する歴史学者だそうで、各地の都市の名産や流通にも詳しくていらっしゃいました」
「なんと! 歴史学者! ではその実力は遺跡の探索にも生かしておられるのですね。ぜひお話を伺いたいところです」
「あ、いえ。遺跡の探索をしているかどうかは知りませんが……こ、今度聞いておきますね」
目を見開いて前のめりになるコマードに、ウルールが戸惑っていた。
普段の紳士然とした振舞いしか知らなければ当然か。
いや。後ろで同じく身を乗り出そうとしていたアドベールの形相も一因だな。
しかし2人がこうなることを誰が責められよう。
未踏破の遺跡は宝の山だ。
水の王国には森林や山岳地帯の奥の奥――秘境と呼ばれるような場所に遺跡がある。
大陸の人類史にも記されていないような太古の建造物。
滅びたのか住民が去ったのかもわからない、失われた歴史の痕跡だ。
その文化を調べ、究明する学徒にとってはどんな道具も建造物の情報も貴重で、非常に高値で取引されていた。
中には現代に伝わっていない魔法の記述が刻まれた石板の情報などもあり、魔法学者として歴史に名を残した者もいる。
だが、遺跡の探索と聞いて誰もが最初に思い浮かべるものはひとつだ。
―――遺物。
それは風雨に晒されていようと、暗い部屋で埃とカビにまみれていようと、生み出されたばかりの美しい輝きを持ち、現代の魔法付与師が手掛けた物とは比較にならないほど強大な魔力が宿っていた。
万が一にもそんな遺物を発掘出来れば、七代は優に遊んで暮らせる財産が手に入る。
では一攫千金を狙う冒険者が多いのかというと、そんなことはない。
『踏み入る者は多けれど、帰る者なし』
人類史に残されている死者の数が、挑めば死ぬと物語るからだ。
500人規模の遺跡攻略部隊が編成され、全滅したという話は1つや2つではない。
まず秘境に辿りつくことが困難であるし、辿りついても遺跡は来客を歓迎しない。
罠によって部隊を分断し、さらに罠に掛けてまた分断を繰り返し、侵入者をすり潰してゆくのだ。
その代価として有名なのが『パラケルスス』と銘打たれた遺物で――2振りの魔剣だ。
斬った物を腐敗させる魔剣で、その刀身は生物が触れるだけでも炎症を起こし、鉄や鋼、銀といった武具に用いられる金属を一合で錆びさせる。
腐敗剣ネクローシス。
もう1振りは斬った物を元よりそうであったことにする魔剣で、治癒を出来なくさせる。
浄化剣アポトーシス。
これら不条理とも言える能力を持つ遺物は他にも発見されているが、その情報を秘匿する持ち主は多い。
ヒーネがまとっていた静寂のローブにもパラケルススが刻まれており、能力は代々受け継ぐルットジャー氏族の当主のみが知る。
先の2振りの魔剣にしても一掠りすれば致命的であるし、初見で看破など出来ようはずもない。
奥の手や必勝の術というのは、隠すからこそ奥の手であり必勝の術なのだ。
ちなみに私も以前、ヒーネとともに各地の遺跡を探索したことがある。
踏破こそしなかったが、手にしたいくつかの遺物はどれも数えるのが億劫になるほどの白金貨となったし、それが城塞都市に変わったのも目にした。
だから2人が一口乗りたいと目を血走らせるのは、至極当然の反応だった。
我に返ったコマードが腰を下ろすと、片付け終えたホーリィとヘレナが戻って来た。
「ただいま戻りました」
「ああ、ご苦労。2人も茶を入れて休むといい」
「はい、メネデール様」
「ではみなさまにも紅茶のおかわりをご用意しますね」
こちらの邪魔にならぬよう言葉少なに行動するのは慣れたもので、ホーリィはソファとは別のテーブル席に着き、ヘレナはみなに笑顔を向けてからキッチンへと引っ込む。
コマードとアドベールは恐縮しつつも感謝の言葉を述べた。
6大貴族の姫君に入れてもらうお茶。
飲みたい。




