英雄と血統 8 -ロードスからの旅人 2- [修正版]
「獣人王国訛りどころか西の訛りもなく、標準的なヴァスティタ語でしたよ? それに拳闘士ではないと思います」
「そ、その根拠は?」
「拳が潰れてなかったんです。拳ダコが出来ているわけでもなかったし、例のすれ違いざまに派手な音もなかったので掌打の類だったんじゃないかと。
立ち振る舞いは武術を嗜んでいる人特有の所作が見て取れたので、武道家なのは間違いないと思います」
最後に小さく、パッと見た感じは気ままに旅する親子っぽいんですけど、と付け加えた。
これは、陸路を主とする商隊に同行するような――と言いたいのだろう。
水の王国の街道周辺は比較的安全と言えど、地域によって治安の差はある。
北部ではゴブリンやオークの襲撃があるし、西部では不死者に遭遇することが少なくない。
そういう地域を個人で行き来する場合、冒険者組合を通して護衛を雇うか、商業組合を通して商会と交渉し商隊に同行させてもらうのが一般的だった。
となると体躯は本当に一般人とさほどの差はなさそうだ。
「あ。あと、ニコさんが一目見て強いって確信してましたね」
「ほほう。あのニコ殿がハッキリと申されたんですかな?」
「ええ。揉め事に巻き込まれそうだったらフォローして欲しいって旨を伝えたら、必要なさそうだぞって。でもせっかくのレウノアーネで嫌な思いはして欲しくないって言ったら快諾してくれました」
「ほほう。ほうほうほう! それはまた興味深い。最近はレウノアーネに独特な武術が流行しつつある傾向がありますから、頭と体がいくつあっても足りませんな!」
ウルールの感想にアドベールは興奮気味に何度も頷いた。
アドベールは趣味が高じて冒険者組合職員になっただけあって、武術に関する知識欲が強い。
自分にその才能がなかった分が上乗せされたかのようで、行動力には並々ならない物があった。
当館への連絡担当となったばかりの頃はなにかと理由をつけてやって来たし、ゼシオンが居る時などは各地の武術談義に花を咲かせていた。
どの流派の誰が強いだとか、どんな技を持ち、どんな奥の手を持っているのだとか。
特に獣人族のワイルドファイターがお気に入りらしく、ゼシオンが披露した見よう見真似の技を真似て腰を痛めたこともあるくらいだ。
三十もとうに過ぎた事務職一筋のヒト族が、何の準備も無しに武道の達人を真似ればどうなるかくらい誰でもわかる。
男はいくつになっても男の子ということだろう。
こうなるとアドベール――もそうだが、冒険者組合としては登録を勧めたいはずだ。
組合に登録。
こう言うと大層なことに聞こえるかもしれないが、冒険者登録に関しては簡単だ。
商業組合のように年会費や厳しい審査があるわけでもない。
ただ、冒険者組合のような都市の治安に関わる組織にとって、有能者の人柄について知る機会を得ることや、どの程度の武力を有するかを確認出来るのは大きいのだ。
もちろん登録する側にもメリットは用意されている。
冒険者組合に貼り出された依頼を受けることが出来るというのは当然として――。
冒険者証は旅券としてほとんどの国と都市が認めているし、高い階級であれば行列となった関所や城門の検問を優先的に受けることが出来る。
そして各地の冒険者組合ではより優秀な冒険者を確保するため、特典によるサービスを競っていたりもするのだ。
サービスで一番多いのは宿屋。
拠点を決めることはあっても移すことが少なくない冒険者にとって、宿屋はとても重要だ。
冒険者の階級や宿の等級によって受けられるサービスの質は違ってくるものの、宿賃の割引きをはじめ、朝食が無料であったり、商品購入や手紙の配送手続きの代行を任せられる雑事士が付くなど様々だ。
南の大森林を出たばかりの頃はなぜここまでの優遇措置が取られるのか不思議だったが、今となっては明白だ。
有力冒険者がどの国のどの都市、どの宿にいるのかを冒険者組合が把握出来るからである。
もし緊急を要する事態に直面した場合、有力冒険者たちと即座に連絡が取れるというのは心強い。
これは国家としても同じで、有事の際にのみ任せられる第三の防衛戦力はとても都合がいいのだ。
冒険者証が旅券として認められ、各地の宿屋で破格のサービスを受けられる所以だ。
そんな大陸を股に掛ける大組織に、飛び抜けた武力を持つ個人が未登録というのは非常に珍しい。
しかし前例はある。
我が盟友ヒーネがそうであったし、冒険者組合という組織そのものがない国からやって来たというパターンだ。
最近ではヒノモト国のテッショウ殿がそれに当てはまる。
そう、テッショウ殿だ。
ヒノモト国独自の鍛造法による刀剣や鎧をまとい、敵の力を利用した独特の武術。
彼が冒険者組合に登録したときのアドベールのはしゃぎ様は、今思い出しても頭痛がする。
子供のように目をキラキラと輝かせて踊るように武勇譚を語り、館へやって来た用件をキレイさっぱり忘れているということが何度もあった。
チラリと視線を投げると、アドベールの顔は当時と同じように喜色満面だった。
後で釘を刺して置くべきだろう。
「それにしても聞けば聞くほど名前を知らぬことが不自然な御仁ですな。獣人云々はともかくとして、偽名を使っているということは考えられませんかな?」
「ロッタル侯爵直筆の旅上身分証明に偽名を使いますか?」
「……考えられませんな」
アドベールは自分で振っておきながら、恐ろしい冗談だと言わんばかりに背を震わせながら首を振った。
傍から聞いていてもバカバカしい疑問だった。
同じ感想を持ったらしく、聞き手に徹していたコマードが首をすくめていた。
水の王国ヴァスティタのロッタル侯爵と言えば、隣り合う帝国と日々小競り合いをこなす武闘派。
敬虔な豊穣の女神信徒としても知られ、ロッタル候の領内で豊穣の女神にツバ吐けば撃滅されると言われている。
代々のロッタル侯を知る身としては、さもありなん、だ。
第一英雄史では、建国宣言の際に最も早く忠誠を誓った『国』の王一族だった。
ヴァスティタ建国前から崇める女神の降臨に衝撃を受けた当時のロードス王が、一貴族としての参入を誓ったのである。
一見すると信じがたい暴挙だ。
王が王であることをやめることがあるとすれば、死ぬ時か必要に迫られて軍門に下る時と相場は決まっている。
しかし王族、臣民がみな豊穣の女神信徒であったことや、今日までの西部城塞都市の栄えぶりを鑑みると正しい選択だったと言えた。
そしてその忠誠心は、家紋からも窺える。
『豊穣の象徴である小麦束をくわえた牝馬』
これは豊穣の女神が気まぐれに牝馬の姿で大地を駆けるという伝承から掲げたものだ。
そんなロッタル侯爵家が保証する書状に偽名を使うなど、自殺行為と言っていい。
「逆に言えば、そのトーガ・ヴェルフラト殿はすでに潔白性を証明していると言えますな」
ロッタル侯爵が主神たる豊穣の女神にあだ名す行為に加担するとは考えられない。
種族を問わず召し抱えるのも豊穣の女神の懐の広さからであるが、信仰と忠誠を持たぬ者はどのような実力者であろうと決して迎え入れない。
むしろレウリック王家が豊穣の女神を蔑ろにでもしない限り、反逆とは無縁の一族というのがヴァスティタ国民の認識だった。
父上の話によれば、600年前にエルフィンがヴァスティタとの交流を断ったとき、王家へ苛烈極まる言及をしたのもロッタル侯爵家だったらしい。
「そうね。過度に警戒することもないでしょう」
人物評はしかねるが、友好的に接するに値するという意味でみな賛成のようだった。
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