英雄と血統 7 -ロードスからの旅人 1- [修正版]
「――という具合でして。
粉砕する刻印猪の討伐依頼の最低ラインはC級でした。
事実『天然の金塊群』の計測によりますと、
全体重530キロ。鼻先から尻までの全長2メートル80センチ。肩丈1メートル70センチ。
大陸史上最大を誇る、まさに『怪物』ですな」
「依頼発行から人死にが出なかったのが不思議なくらいですね」
「まったくですな。しかしウルール様、本当にそのトーガ・フランクフルト氏は一撃で仕留められたのですかな?」
「トーガ・ヴェルフラトさんです。私の命の恩人の名前ですよ、ファンダット・アドベールさん」
「あいや失礼。わざとではないのでご容赦を」
慌てて頭を下げるアドベールにウルールはひとつ頷いた。
「とても鮮やかな一撃でした。遠目で角度もあまりよくなかったんですが、すれ違いざまの一瞬で決着する神技です。本当にご存知ないんですか?」
「うーむ。あんな『怪物』を一撃で倒すような腕を持つ登録冒険者ともなれば、名も知られていることでしょう。しかも目立った外傷がひとつもなく、眠るように死んでいましたからな」
「……外傷もなく?」
「はい、メネデール様。どうにも気になって解体を見学していたのですが、死因となる外傷はなかったのです。これもまた不思議なことなのですが、どれほど作業が進んでも血が出ない上に、腸の中身が空っぽでしてな。もうなにがなにやら……」
アドベールはお手上げだと言わんばかりに肩をすくめ、積極的に応答していたウルールも首をかしげた。
倒してから『天然の金塊群』への引き渡しまでを見届けてなお、血抜きをいつしたのかわからないらしいのだ。
普通に考えれば魔法だろう。
ただし、攻撃魔法ではない。
魔法円や契約系統魔法をはじめ、血を動力源や媒介に使う魔法は数多ある。
だが対象の体内に流れる血を利用した攻撃魔法というのは、長い魔法史上で未だ確認されていない。
そもそも生物の体内に直接作用する魔法というのが限られているのだ。
たとえば強化魔法。
筋力を増加したり、肉体強度を高めたり。
たとえば治癒魔法。
止血や接合。復元の他に血中の毒を取り除くなどがある。
前者は効果の強弱あれど比較的簡単に習得出来るが、後者はかなりの技術と才能が求められる。
その上どちらも魔法対象者が協力的でなければならない。
これには諸説あるが、生物である以上体内には魔力の揺らぎがあり、魔法構築を阻害するのではないかと言われている。
実際に高度な治癒魔法というのは、対象者が抵抗すると回復効率や成功率が極端に落ちる。
強化も治癒も魔法対象者にとって有益であるから受け入れるのであって、有害と判断すれば魔法を阻害するのは道理だ。
それを証明するように魔法抵抗力を高める〈対魔法防御〉は、攻撃のみならず強化や治癒の魔法にさえ効果が出てしまう。
そのため命ある対象の内部に干渉する攻撃魔法というのは、存在しても成功は期待できないだろうと言われていた。
しかも今回の対象はC級討伐獣。
敵対者の魔法を受け入れようなどと考えるはずもない。
そうなると考えられるのは、死体から直接血を使用した可能性だ。
本来なら動物の血を魔法円の動力源に使う場合、杯などに入れるか凝固化したものを用いるのが常識だ。
だがイノシシがすでに死んでいたのなら理論上不可能ではない。
外套やその下にそういう魔法円を仕込んでいて、運んでいる間に不要な物を取り除く。
あまり資源効率のいい代物とは思えないが、狩猟後の運搬を考えれば血液量分は軽くなるし、現地での血抜きによる肉食獣の誘引や肉の生臭さを減らせると考えれば、デメリットばかりというわけでもない。
以前に方向性こそ違うものの、ソーネストも死体から直接血液だけを魔法円に利用する研究をしていた。
「魔法による攻撃とは考えにくいな」
「つまり血や腸のことは別の仕掛けがあるとお考えなのですな?」
「実在してもおかしくない技術だとは考えている」
棚上げしたとはいえ弟子の研究について公言するわけにもいかないのでぼかして答えた。
するとさすがに付き合いが長いだけあり、2人は細かに言及することなく頷いた。
彼らとて情報漏洩をきっかけにルットジャー氏族と敵対したいわけはなく、謎の旅人が保持する技術や力量の目算を付けておきたいのだ。
「となると粉砕する刻印猪を仕留めたのは拳闘士なのかもしれませんな」
「ほう。なにか心当たりが?」
「大陸のはるか西方の獣人王国では、打撃で内部だけを破壊する業があると聞き及んでおります。頭部を攻撃することでその中身を破壊した――という可能性ですな」
獣人王国に伝わる秘拳だったか。
確かオストアンデルと共に戦った獣人の英雄、レグルス・ネメア・リガルデニが使っていた奥義だ。
「獣人王国ですか。
ワタクシも城門にて確認を取りましたが、旅券提示にロッタル侯爵直筆の旅上身分証明をお出しになられたのですよね?」
「そうですね。家紋がしっかりと圧し模様加工された一級羊皮紙でしたし、筆跡も今代のもので間違いないと思います」
「西部城塞都市からの旅人で確定ということなら、獣人に縁のある人物という可能性もなくはないでしょう。アドベールの期待はあながち外れてはいないかもしれません」
「秘拳の伝承者と言わずとも、それに類する武道の達人がやって来たという可能性か……」
「鎧や武器らしい武器を携帯していなかったとも聞いております。それにもうすでにちょっとした話題になっているのですよ。――王都で『怪物』を見た、と」
それは話題にもなるだろう。
530キロの獲物を軽々と持ち運んでいたのだから相当目立ったに違いない。
以前に大陸史上最大と話題になったイノシシは425キロ。
毛皮のオークションでは『荷車への載せ降ろしに大の大人が8人掛かり』というのが売り文句だった。
これを魔法詠唱者が行ったと仮定するなら、魔法による強化を繰り返して運んだことになる。
スピルパールから『天然の金塊群』までの距離を考えるとあまり現実的とは言えない。
純粋な魔法詠唱者は元となる筋力が低いので論外として、戦士の魔法習得者タイプでは消費魔力量を考えると足りないだろう。
ウルールによれば会話をしながらのんびり歩いていたようだし、アドベールの期待は飛躍が過ぎるとしても純粋な戦士タイプと考えるのは至極当然だ。
なにより魔法円は、物が揃えば誰にでも使用が出来る。
「ウルールから見てどうだった?」
「2人ともヒト族でしたね。獣人族は耳が特徴的ですから間違いようがありません」
ウルールが頭頂部に両手を乗せて耳を模しておどけて見せる。
「尻尾もありませんでしたしね」
「だろうな……」
視界の端で1人があからさまに肩を落とした。
「アドベール。戦士マニアであるキミの気持ちは察するが、旅上身分証明にも種族は書いてあったはずよ。獣人と期待する方がおかしい」
「そうですよアドベールさん。名前もトーガ・ヴェルフラトさんですし、獣人ではないですよ」
獣人族に家名はない。
その代わりに部族を冠する名がつくのは周知の事実だ。
猫獣人族はシャガルデニ。
犬獣人族はシアガルデニ。
狼獣人族はルガルデニ。
兎獣人族はラガルデニ。
口頭で名乗りを上げる時は、自らの名と部族、そして父と母の名や成し遂げた偉業を並べる。
武人気質とでも言えばいいのか。
大抵の獣人族は名乗りを上げることを誉れとしているようで、名乗らぬという方が稀だった。
だからウルールから名前を聞いた時、獣人族の線は薄いと踏んでいた。
「し、しかし母君がヒト族で父君が武名轟く獣人という可能性は捨てきれますまい!」
「キミは相変わらずこういう話では食い下がるな……」
私が呆れて言うと、彼の隣に座るコマードが申し訳なさそうに無言で頭を下げた。
止める気はないらしい。
まあ、強引に話の舵を切ったところでアドベールのことだ。
隙あらば可能性について蒸し返してくるだろう。
ここは適当にウルールに相手をさせて、マニア心が満たされるのを待つか。
教育の時間が削られるのは問題だが弟子の恩人の素性も気になるし、ある程度の対応を決めておいた方がいいだろう。
視線を送るとヘレナが頷き、片付けをするホーリィの元へ向かった。
レグルス・ネメア・リガルデニは獅子獣人族




