英雄と血統 11 -期待の新星- [修正版]
「今年のはじめにもロードスで小競り合いがありましたからな」
「紫水晶の月に起きた例の拉致未遂事件か」
水の王国では奴隷に対して厳格な管理が求められ、身元不明の奴隷の取り扱いは違法となっている。
特にこの手の刑罰は重く、極刑も少なくないために人攫いはあまり馴染みのない犯罪と言えた。
しかし他国となると事情は違う。
奴隷は物品と同じ一財産にしか過ぎず、生死さえも自由に出来る存在だった。
このことから労働階級奴隷は消耗品として扱われることも多く、どの国でも都市部での需要は常に高かった。
そのためヴァスティタでも国境近くでは、人攫いというのは少なくないのである。
事実ロードス周辺の市町村では子供が。
街道では行商人が姿を消すことも珍しくはなかった。
もちろん何の対策もしていないわけではない。
ただ、そういう事件が多発するときは、偶然にもアンデッドの群れの襲撃が頻発する。
そして南の大森林に侵入しようとする一団が目撃されるのも同じ時期だった。
この手口はあからさま過ぎるほどに帝国を臭わせるが、未だ一切の証拠は掴めていない。
だが、私は首謀者がアブスターフであると確信している。
なにせヤツは180年前にも1度、ルットジャーの血統とエルフィンの拉致を目的に襲撃しているからだ。
同じ手口であるのも私への挑発だろう。
それに本命の計画は別にあり、秘密裏に進めるための陽動を兼ねていると考えるべきだ。
600年前の悲劇や、ウルールのこともある。
早急にヤツの計画を暴き、潰しておきたいところだ。
幸運なことにその糸口を掴めそうな逸材が、この拉致未遂事件で現れた。
ヴァスティタ西部――ロードスの大平原が大雪原に姿を変えた紫水晶の月上旬。
城塞都市をはじめとした小都市に、寒波をものともしないアンデッドの襲撃が相次いだ。
領主や市長が人攫いを警戒し、冒険者組合にはアンデッドの討伐や周辺の村々への巡回依頼がいくつも貼り出された。
ひどい年では村ごと消えるなどということもあったようだが、驚くべきことに今年の行方不明者はゼロ。
巡回に駆けずった冒険者も首をひねるほどに、なにもなかったのである。
事の真相がわかったのは、アンデッドの襲撃が止んでしばらくしてのこと。
それは、あるひとりの少年の活躍によるものだった。
彼は各地に根付いていた人攫いを生業とする野盗、山賊、傭兵団に至るまで、旅をしながら潰して回っていたのだ。
「あの事件のおかげというのもなんですが、もうすぐB級になる期待の新人がおりましてな」
「『掃除屋』というのを耳にしているわ。なかなか皮肉の利いた二つ名ね」
「組合に上がってくる報告では、盗賊殺しとして荒くれ者からも恐れられ、『掃除屋』の通った後にはなにも残らないらしいのです」
私が耳にした噂によれば、散歩気分の見回りで発見した犯罪組織は規模の大小にかかわらず、拠点を含めて徹底的に潰すらしい。
関係者は身分の貴賎を問わずに拘束し、金目のものは銅貨1枚たりとも見逃さずに回収。
廃鉱や洞穴を利用した拠点であった場合、入り口を崩落させて再利用さえ封じるのだ。
そして彼がこうも名を馳せる一番の理由が、捕らえた犯罪者を自作の毒物や魔法の実験に散々使い倒してから役人に引き渡すことだった。
生き延びた犯罪者の役人への第一声が「助けてくれ! 掃除屋に殺されちまう!」というのは、なかなかにインパクトのある話だ。
どこまでが本当なのかはわからない。
しかし『掃除屋』という犯罪者にとっての恐怖の権化が、ここ半年で治安維持に貢献したのは紛れもない事実だ。
個人的にはB級に昇格していてもおかしくない働きだと思うのだが、新人冒険者の上に若すぎることや、チームに所属しない単独での活動がネックだったのだろう。
危険難度の依頼を受けて早々に消えて欲しくない、という組合の考えもわからなくはない。
「確かに期待の新人のひとりね」
「ええ。期待の新人というなら我らがレウノアーネも負けてはおりませんな」
こちらの意図を悟ったアドベールが、口角をぐいっと引き上げてひと際大きな声で同意する。
「魔法系神の贈物を3つも持った奇跡の四元素魔術師がいますからな!」
アドベールの自信たっぷりな顔に、弟子たちがそれぞれに反応する。
ヘレナは少し複雑そうに。
ホーリィは不快そうに。
ウルールだけがうれしそうに目を輝かせた。
「リンは元気にしていますか?」
「もちろんですとも。昨日もゴブリン討伐の報酬をごっそり持っていきましたな。随分な首級の数で、討伐調査官が嘆いておりました」
素材が目的の主となっている狩猟と違い、倒すことが目的となっている討伐のほとんどは対象の首級だけを持ち帰る。
ゴブリンの首級と言えば、一対の耳だ。
調査官も見慣れているだろうとはいえ、皮袋いっぱいの耳を数えるのはなかなか堪えたことだろう。
気の毒だとは思うが、仕事は仕事だ。
それにこれでも随分マシになった方だと思っている。
私が生まれるより前の制度では、文字通りに首を持ち帰らねばならなかったようなのだ。
血塗れの頭部を持ち帰られても処分に困るということで、死体は現場で処理し、指定された部位を持ち帰る制度に変わったのだとか。
「そう。それはなによりだわ」
一時的とはいえ、預かった子が健やかでいることはうれしかった。
なにを思って冒険者組合に登録したのかはわからない。
修行の一環として実戦を積みたかったのかもしれないし、一人立ちを目指して生業にしようとしているのかもしれない。
命の危険が付いて回る仕事に心配する気持ちはあるが、リン自身の決めたことだ。
文句はなかった。
「失礼を承知で伺いますが、なぜ弟子入りを断られたのですかな?」
「弟子は盟友の子供らだけで充分よ。だから信頼のおける友人に預けた」
ふと、迷惑そうな顔を隠しもせずにリンの弟子入りを承諾した友人の様子が浮かんだ。
その翌日に子供のようにはしゃいだその友人から、あらん限りの感謝の言葉を並べ立てられたのは今から7年前。
「魔術師組合長は確かに凄腕の魔法詠唱者ですが、メネデール様とは――」
「アドベール。滅多な事を言うべきじゃないわ。あなたの組合と密な組合の長よ?」
言葉を遮ると、アドベールは思い出したように隣に座る同行者と目を合わせた。
「ワタクシはなにも聞いておりませんよ? 失礼ながらヘレナ様の淹れてくださったお茶と窓の向こうの景色に夢中でしたので」
「すみません、師メネデール。私たち姉妹ともども朝の訓練の疲れのせいでボーっとしておりました」
「え、あ、うん。はい。すみませんメネデール様」
「メネデールさま、そろそろお茶請けを出すべきだと思うんです」
調子を合わせたヘレナに乗っかるついでにお菓子を要求するウルールの頭を叩くと、アドベールが深く頭を下げた。
「皆様方のお気遣いに感謝致します」
話の流れで他の組織の長の評判にケチをつけるなど愚行以外の何ものでもない。
なにがどうやって本人に伝わるかなどわからないし、たとえ実力の差が事実であっても言葉にすべきではないのだ。
私との比較にムキになるほどケイネスは狭量ではないが、結構根に持つ性格だった。
温和なソーネストと仲が良くとも、なんでも率直に物を言うスレイモンとは相性が最悪で、20年も前のケンカを未だに引きずっているらしいのだ。
しかも内容がくだらない。
純粋な魔法詠唱者同士での、腕相撲でどちらが強いか、である。
本 当 に ど う で も い い。
「リンは今C級だったわね?」
「あ、はい。単独冒険者で、他の冒険者チームに臨時で参加するスタイルを取っているようですな」
「早く心の許せる仲間が見つかるといいけれど」
たった13歳で地・水・火・風の属性を習得した四元素魔術師も今や14歳。
よきライバルや仲間を見つけて、さらなる高みを目指してくれることを願うばかりだ。
「一流冒険者が増えるのは国力を示す上でも重要だわ。その子らには私も期待している」
「……お伝えしても構いませんかな?」
「無茶はしないようにと添えてくれるならね」
「よろこんで」
それから間もなくして、アドベールとコマードは帰って行った。
ちなみにこの後の授業はひとまず中止にし、ウルールにとってのつらく長い説教が始まった。
はやく掃除屋を登場させたい
次回、王都グルメ紀行 第二弾 水の都の屋台編。




