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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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英雄と血統 6 -血の守護者2- [修正版]


 テラスは片付けを申し出たホーリィに任せ、続きは応接室ですることになった。

 ウルールに窓を開放させ、ヘレナが再度紅茶を配り終わるまでにコマードから思惑通りの質問があった。

 これには「聞こえていたか」などともったいぶってから、ヒーネがそうこぼした経緯いきさつと今回のラファナスの行動に対する私なりの解釈で応えた。

 2人は私のイメージをなぞるように何度も頷き、問題の終着点に至ったことを示す納得と安堵の表情を浮かべた。

 これで冒険者組合と商業組合の懸念は払拭ふっしょくできたはずだ。


 アドベールなどは『ルットジャーの血の流出』の懸念があったことを吐露する始末で、さすがに笑ってしまった。

 極度の緊張から解放されると口が滑るのだと改めて確認できた思いだ。


 彼らがヒーネの『神獣の理』や私の判断をあっさり受け入れたのには理由がある。

 ウルールが事の顛末を楽しげに話していたこともそのひとつだろうが、一番は彼らの職場でラファナスの逸話が染みついているからだ。


 王都へは毎年数え切れないほどの商人や冒険者がやってくる。

 陸路を主とした商隊や自由気ままな個人商人。

 拠点変更を目的にした冒険者も、チーム規模であったり単独であったり色々だ。

 そんな中には、これから冒険者になろうと夢を胸いっぱいに詰め込んだ若者も含まれる。


 レウノアーネは他の大都市と違って野生動物の狩猟依頼が恒久的に貼り出され、仕事にあぶれる心配がほとんどない。

 これは駆け出しの冒険者にとってはありがたく、基礎体力や戦闘技術を身につけるのにも向いていた。

 また複数の冒険者パーティで連携した海獣討伐では顔を広げやすく、古代遺跡や自然迷宮と繋がる地下大空洞の入り口があるので熟練者にとっても魅力的だった。


 ただ、王都で過ごせばどうしても耳目じもくに入り興味が掻き立てられてしまうものがある。

 水の王国ヴァスティタが誇る英雄史と英雄の石像だ。

 そうなれば生きた英雄『メネデール・イスナ・エルフィン』や、英雄の血統『ルットジャー』を一目見ようと考えるのは自然な流れと言える。


 幸いなことに私がほとんどを過ごすこの館は貴族や豪商の住まう区域にあり、一般階層は理由なく立ち入れない。

 ところがルットジャーの血統は、それを隔てる第2城壁を越えて中央区セントラル西区ウェストサイド東区イーストサイドにも足を運ぶのである。


 見て満足してくれるならば結構な話だが、大抵の場合その次の欲求が生まれる。

 特に若者は、ちょっかい・・・・・を出してみたくなるのだ。


 初めて見る美しい街並みに現実味を失って浮かれる者。

 英雄譚や噂に違わぬ実力があるか試してやろうと思う者。

 はたまた自分は特別な力を持っていて、次代の英雄になると思い込んでいる者。

 理由は様々だ。


 若さゆえに血気盛んで無知無謀。

 精神が未熟で、後先を考えない。


 そういう輩は相手に武芸の才能の有無や、年齢さえもお構いなしにやってくる。

 さらに負けてもお近づきになれるだなんて本気で考えているのだから笑えない。

 どこまでも自分に都合のいい考えばかりが頭の中に詰まっているのだ。


 少なくとも常識が備わっていれば、水の王国を代表する6大貴族にケンカを吹っ掛けて無事に済むはずがないことくらいわかるだろう。

 よくて投獄。悪ければ王都追放。

 最悪の場合は斬首による死刑だ。


 しかしこの200余年でそういった処刑者は1人も出ていない。

 それはなぜか?

 ちょっかいを掛けようと一歩でも踏み出せば、背後から音もなく現れたソレに人生で最大の恐怖が施されるからだ。

 神獣の殺意のこもった視線と唸り声。


 ほとんどの者はここで腰を抜かして石畳を生温かく濡らす。

 場合によっては両方・・などということもあるようだ。

 こうしてちょっとしたイタズラ気分で立てた計画は実行出来ぬまま、黒歴史と一緒にお蔵入りする。


 ただし、不幸にもそれを乗り越えてしまう者が居る。

 危機感の働きが鈍かったり、反射的に得物を抜いてしまったりだ。

 そういう者たちは例外なく、一生を後悔して過ごすことになる。


 大金を掛ければ治癒の水薬ポーションや治療師の世話になって、健康無事な肉体を取り戻すことは出来るだろう。

 だが神獣の牙と爪は、心の奥底に深く大きな傷痕を残す。


 以前は頼もしく感じた得物を手に取ろうとすると、まばたきひとつでガラクタに姿を変えた瞬間がよみがえる。

 続いて自慢だったたくましい腕や脚の筋肉がブチブチと千切れ、骨がクッキーさながらに粉砕する感触と音が脳髄を舐めまわす。

 なによりもそのとき鼓膜を震わせた絹裂く小娘のような悲鳴が己のものであったのを思い出し、膝から崩れ落ちるのだ。

 戦士としては死んだも同然だ。


 おかげで「銀狼に殺されかけた」などと冒険者組合や商業組合に訴え出る者は後を絶たず、事情を察する職員と住民は「自業自得」や「間抜けな新参者」で片付けている。

 この『銀狼ラファナスの洗礼』は、受けるには受けるだけの理由があるというのが周知されているのである。

 そんな数え切れない神獣ラファナスの守護実績に英雄ヒーネの信頼の言葉が加われば、一隅の疑念すら晴らすには充分だった。




 安心と信頼の実績 ラファナス警備保障


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