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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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常連の店 6 -ちっちゃなかいじゅうと銀貨 2- [修正版]


 自分の取り皿に残ったパンクレセントと香草ソーセージをかじりながら、ふと大イノシシの収入を思い返した。

 小銀貨150枚。

 これにまだ好事家を相手にする毛皮の取引きがある。

 手数料は交渉人のハブッチさんのやる気を煽って奮発したし、相当に頑張ってくれるはずだ。

 ちょっと大盤振る舞い過ぎたかなと思わなくもないけど、ここでケチると大きな取引きは期待できない。

 なんだったかな?


『手足のやる気を出すのは頭の仕事。信頼と好意こそ稼げるときに稼げ』


 確かの仕事に関する話だ。

 優秀で若い・・・・・人材を派遣する会社を経営してた彼は、部下のやる気を稼ぐためにそれなりの投資をしていると聞いた。


 いい店の空気に呑まれないための経験や味の善し悪しを学ばせると同時に、自分が・・・可愛がられている・・・・・・・・と認識させるのが目的だとか。


 人がついて来ないと組織が回らないのはどこも同じで、一時的とはいえ使う側となるなら相応のいい目・・・に合わせるのは大事なのだ。


 それにあの大イノシシの毛皮は白金貨数枚の取引きになるだろうから、小銀貨75枚の出費は安いものだ。


 そう。白金貨数枚だ。

 前世の貨幣価値換算なら数百万円。

 かなりの大金だ。


 普通ならこんな大金とわかった時点で、お互いに納得のいく分け前に再検討するのがこちらでの落とし所・・・・・・・・・だ。

 しかし倒した本人は、期間未定とはいえレストラン案内の報酬としてすでにボクのものだと割り切っているのである。

 欲がないというか、お金にまったく興味がないレベルだ。


 外套がいとうの下は相当に価値があるのは間違いないし、経済に興味があるのにお金に興味が薄いというのは大きな矛盾だ。

 いや。どちらかというと約束――契約に強いこだわりがあるようだった。

 だとしたら商売人としては正しい姿とも言えるか。


 まあ、それはともかくとして。

 このままでは助けられたボクがその白金貨を独り占めすることになってしまう。

 もっと言うのなら、肉の代金にばかり目が行って毛皮の価値を考えていなかった大間抜けが得をすることになってしまう。

 心苦しさ100倍増しだ。


 すでに話が大きくなり過ぎているし、さすがに師へ相談せねばならないか。

 弟子の命の恩人で、結果的にとはいえレストランのガイドで白金貨数枚の報酬だものなぁ。


 トーガさんが単身で出掛けることもあるだろうし、せめてシューちゃんを預かれるよう図りたい。

 王都は警備兵の他に組合連合ギルドれんごうの自警団が巡回しているので人攫いの心配はなくとも、荷馬車に轢かれたり、水路に落ちたりの事故がないとは限らない。

 トーガさんにはある程度の信頼を持ってもらえているようだし、あとはどうやって2人・・を説得するかだ。


 やっぱり英雄譚だろうか?

 最悪な場合、嫌がる師に頼み込んで英雄譚について語ってもらおう。

 そこでうまく話を運べば、食客として受け入れてもらえるかもしれない。



 よし。方針は決まった。

 程良く溶けたベレグラキノをのどに流し込んだ。


 その前にやるべきことがある。


「少し失礼しますね」

「はい」


 シューちゃんの世話を焼くトーガさんを置いて、厨房で仕込み作業を再開しているニコさんに声を掛けた。


「あのニコさん」

「うん? なんだいウルールの嬢ちゃん」


 口元を隠して声を掛けたことから察して、ニコさんは小さく応答した。


「お支払いを先に済ませておこうかと」

「おお、これはウルールの嬢ちゃんのおごりかい?」

「ちょっとお世話になりっぱなしなので、朝食くらい支払わせて頂こうかと思いまして……」


 命を救われた上に、大きな収入をもたらしてくれた人物である。

 少しずつでもお返しをしないと申し訳が立たない。

 むしろ後ろ暗くなる気持ちを少しでも解消したいというのが本音だ。


「ウルールの嬢ちゃんは相変わらず気を回す性質たちだねぇ。こっちはどちらのお金でも構わないよ」

「ありがとうございます。それでおいくらになりますか?」

「小銀貨4枚に銅貨4枚だよ」

「あれ? 少しお安くないですか?」

「水の王国民の心意気さ」


 ニコさんはウインクして見せた。

 やはりそういう意図があったらしい。

 ボクも会心の笑顔で応えた。


「ありがとうございます。ちょっと待ってくださいね」


 あまり長居するとトーガさんに気取られてしまう。

 そんなことになったらボクが私がの支払い問答が始まりかねない。

 早々に支払いを済ませて席に戻るのがスマートというものだ。

 ボクは腰に下げた財布に手を伸ばした。

 その瞬間。

 脳裏に儚い輝きを放ちながら中央地中海スピルパールに飛び込んでゆくものたちの姿が過ぎった。


「あ……」

「どうしたいウルールの嬢ちゃん?」

「……ちょっと・・・・待ってくださいね・・・・・・・・


 先ほどとのニュアンスの違いに、ニコさんは目を細めた。

 疑いの目だ。


「……嬢ちゃん」

「えっとですね」


 額に脂汗が滲んだ。

 視線が泳ぎ、ニコさんの目を見ることが出来なかった。

 財布は今朝の大イノシシの騒動でボロ雑巾となり、中身を地中海にぶちまけた。

 恩人を待たせるわけにもいかず、慌てて引っ掴んだのはゴミとなった荷物だけ。

 卸した猪肉シシにくの代金が入ることは決まったが、それが届くのは翌日の昼に師の邸宅だ。

 明け方の出掛けるときには……だとか。

 明日の昼ごろには……だとか。

 頭の中で言葉を並べてみたが、今この瞬間は無一文であることの理解を深めるだけだった。


「ニコさん。ツケに出来ませんか?」

「無理だな」

「そんな! お金は明日必ず払います! なんだったら帰ってすぐにお金を持ってきますから!」

「ウルールの嬢ちゃん。

 たとえ幼いころから知ってる嬢ちゃんでも。

 たとえ身元確かな家柄のお人でも。

 たとえ氏族クランのお姫さまでも。

 それが王さまであろうとも。

 王都レウノアーネのレストランで、ツケは認められない」

「し、知ってます。鉄の掟ですよね……」

「ヴァスティタ建国以来守られてきた鉄の掟だ。こいつは譲れねえよ」

「うぐ……」


 思わずうめき声をあげてしまう。

 家に帰ればお金はある。

 店側にしてもお金が支払われる方が利益になる。

 しかしレウノアーネで堅く守られて来たルールが、取りに戻ることを許さない。

 ニコさんも認めるつもりはないようだった。


「初代国王ガラーテが直臣のツケ踏み倒しを見咎めて、自ら皿洗いや掃除夫としてこき使われたお話でしたか?」

「おお、アンタ若いのによく知ってるね!」


 振り返ると、笑顔を湛えたトーガがすぐ後ろに立っていた。


「トーガさん……いつの間に」

「ウルールの嬢ちゃん。あんなでかい声出しといていつの間にも何もないだろうよ……」

「支払いの話ですよね?」

「ああ、小銀貨4枚と銅貨4枚だよ」


 店主の提示額に頷いてから懐に手を伸ばすトーガさんを見て、羞恥に燃え上がる自らの顔を隠した。

 正直しばらく目を合わせる自信がない。

 これでは恥の上塗りだ。


「しかしニィさん、《レストランの鉄の掟》なんてよく知ってるな。外の人なんだろう?」

「英雄譚の研究をしているので、そういった偉人の逸話はよく耳にするんですよ」

「ほほう、歴史学者さんかい。立派な仕事だな!」

「店主のような美味しい食事を提供する仕事には及びません」

「おいおい照れちまうよ! もっと言ってくれ!」


 今でこそ徹底された秩序にある王都も、建国間もないころは貴族階級による横暴があった。

 特権階級として傍若無人に振る舞う貴族は少なからずおり、飲食店でツケを称した無銭飲食が流行していたのだ。


 支払いを渋ることで、目の前の金は手元に残る。

 だが長い目で見れば、懸命に働くことをバカらしく感じた国民の労働意欲は低下し、国の衰退が始まってしまう。


 静かに――真綿で首を絞められるようなゆるやかさで現れる結果は、鈍感な貴族に理由を気付かせないだろう。

 鞭を振り上げて民を働かせても結果は伸びず、労働者はやせ細って現状維持さえも難しくなる。


 水の王国においては豊穣の女神の加護により食に困ることはないだろうが、下級層の貴族への反感は高まり、暴動の種を蒔くことになる。


 人間はみな、『働きが認められることよろこび』と『生きる楽しみごらく』が必要なのだ。


 国王はそのことをよく知っていた。

 そして一計を案じた。


 飲食店でツケを強要する貴族の前で、ツケの金額分を下働きろうどうで返すよう命じた。

 これだけでは貴族の逆恨みによる店への嫌がらせや、店主暗殺の危惧がある。

 国王は下働きを命じた貴族に並んで、自らも働いて見せたのだ。


 本来ならばこのような行いは、愚かと評する以外にない。

 国の頂きたる王が威信や貴族の矜持を放り投げれば、平民にも侮られるし、貴族一派の反乱を助長する。


 ではなぜそんな国が今現在も栄華を極めているのか?


 ヴァスティタ国王ガラーテ・ヴィ・レウノアーネ・レウリックは、当時恐怖の象徴・・・・であった豊穣の女神に『王』となることを申しつけられた男だったからだ。


 さらに彼には、豊穣の女神を古くから信奉する武闘派のロッタル侯爵と、豊穣の女神のよき友である湖の乙女を信仰する、白き牡鹿騎士団率いるラトターナ侯爵が後援についていた。

 その圧倒的戦力は現在も変わらず保持されている。

 いつの世も武力は、最大の平和装置になりえるのだ。


 ――と、ここまでは表の話だ。

 この話には裏があった。

 まず第一に、国王ガラーテが下働きを命じた直臣カッフェルは、汚名を被ることを意に介さなかった忠臣貴族である。

 国の発展を妨げる無法者貴族の身を正すため、哀れな羊スケープゴートになったのだ。


 国王ガラーテ。

 無法者貴族カッフェル。

 哀れな被害者店主。

 睨みを利かせたロッタル侯爵とラトターナ侯爵。

 つまり『水の王国の民を観客にして行われた大芝居』だった。


 忠臣カッフェルは多くの貴族たちから罵られつつも、その後は改心して国家繁栄のために尽力した貴族として名を残している。

 街道整備を率先して行ったのは、彼とその一族だ。

 ヴァスティタ王国史に悪評は残しつつも、彼はそれを上回る名誉の回復をしていた。


 文字通り国王は、一計を案じた・・・・・・のである。


 そして国王ガラーテが暴君や暗君などと庶民や貴族に評されなかった一番の理由は、水の王国にもたらした豊かな大地と衛生的な生活だった。

 その繁栄はもう間もなく1000年を迎える。


「大銀貨で構いませんか?」

「もちろん構わんさ! ここで金貨なんざ出された方が困る」

「ではこれで」

「あぁ……本当にすみませんトーガさん」

「元々私が支払うつもりだったので気になさらないでください。料金以上の味と量でした」


 トーガさんの言葉にさらに身を小さくし、またサリーを深く被った。


「おう、おう! うれしいこと言ってくれるねニィさん! お返しは小銀貨4枚と銅貨4枚だよ」

「はい確かに……」

 

 おつりを受け取ったトーガさんがふいに黙り込んだ。

 なにかあっただろうかと顔を上げると、手のひらに収まった貨幣を見て動かなくなっていた。

 ニコさんも不思議に思ったらしく、その様子を見つめながら首をかしげた。


「どうかしたのかいニィさん? うちのつり銭にニセモノなんてのは間違いなくないぜ?」

「ああ、いえ。見慣れない銀貨があるなと思いまして」


 トーガさんの手の内を覗きこんだニコさんが、大きな声で笑った。


「おお、これか。これは旧小銀貨だよ」

「旧?」

「ヴァスティタ硬貨は白金貨、金貨、大銀貨、小銀貨、銅貨って5等級あるんだが。

 小銀貨と銅貨は250年前にデザインが一新されてね」


 ニコさんが先ほどの弁当の売り上げかごから銀貨を数枚拾い上げた。


「こっちのが旧小銀貨で、

 表は『森妖精エルフの少女』。

 裏は南の大森林エルフのもりの奥地にあると言われている『精霊の樹』。

 こっちのが新小銀貨で、

 表は英雄『ヒーネ・ルットジャー公』。

 裏はその英雄の従魔獣の『銀狼ラファナス』さ」

「なるほど。歴史的偉人やその関係物に感謝を表わしたんですね」

「そのとおり。上級硬貨の3枚は、言わんでもわかるだろう?」


 大銀貨に描かれたものは、店の外で視線を持ち上げればそこにある。

 ヴァスティタ建国の立役者。


「大銀貨はオストアンデル公ですね」

「そして金貨と白金貨は、我らヴァスティタ国民が誇る女神様というわけさ。

 オレたちみたいな庶民だと、ありがた過ぎて扱いに困っちまう」

「飲食店ではあまり使わないでしょうしね」


 金貨と白金貨には『豊穣の女神』が刻印されている。

 金貨は銅貨にして1296枚。

 白金貨に至っては6480枚だ。

 大きな取り引きでしかお目に掛かれない硬貨であると同時に、両替には料金が発生した。

 そのため飲食店では下級硬貨である銅貨か小銀貨、大きくても大銀貨までで支払うのが常識だった。


 実際に金貨を支払いに出したところで、

「我々庶民に女神さまはありがた過ぎるのでご勘弁ください」

 という遠回しなお断りが合言葉になっている。

 おかねであればなんでもいいというわけにはいかなかった。




■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 女神の収穫亭を出るとシューちゃんは満足げに胸を張り、トーガさんはオストアンデルの石像を改めて見上げていた。

 ボクはあまりの恥ずかしさにしゃがみこんでいた。

 痛恨の羞恥だ。


「……ホントすみません」


 白い石畳に目を落としたままつぶやくと、シューちゃんが肩を叩いて首を振って見せた。

 気にするなという慰めに、渦巻く様々な感情を放り投げてすがりついた。


「次の目的地は、両替を兼ねて豊穣の女神の大神殿ですね」

「ああ……」


 トーガさんは予定のままに切りだしただけだ。

 悪気などひとつもない。

 偶然にも今しがたボクが羞恥に暮れるお金に関係する場所だっただけだ。


 視界を遮ってくれるシューちゃんが、ボクの頭をなでた。

 やさしさが胸に痛い。


 頭を切り替えねば。

 また先ほどと同じ失敗を繰り返すつもりか。

 そう自分に言い聞かせ、深呼吸をふたつ。


 すると、不思議なことに気付いた。

 その驚きは他の思考を放棄させ、違和感の理由にしゅうした。


 匂いがしないのだ。


 2人がどれほどの距離を歩いてやってきたのかわからないが、少なくとも命を救われてここまでかなりの距離をシューちゃんは歩いている。

 ギラギラの日差し降り注ぐ時間帯ではなかったにしろ、汗の一つや二つかいていて当たり前だ。

 なにせ彼女は外套がいとうはもちろんのことフードを深く被ったままだった。


 それに加えて先ほど、”ちっちゃなかいじゅう”よろしく派手に食事を取っていた。

 にもかかわらずフードの端や袖、汚れやすい襟元さえキレイなままだ。


 ドレッシングに使われた赤ワインビネガーの香りや、脂の滲み出るジューシーな豚肉の腸詰めソーセージの匂いは一切しなかった。


 どうして?


 その疑問は、次の瞬間には吹き飛んだ。

 豊穣の女神の大神殿の、時刻を知らせる無慈悲な鐘の音がしたからだ。


「あ……」

「どうかされましたか?」

「案内したいのですが……」


 失態に続いての自分の都合に、言葉を詰まらせる。

 日常的な予定が迫っていたのだ。


「なるほど。ガイドを依頼するときに時間の話がありましたね」


 トーガさんの察しの良さに申し訳なさが積み重なった。

 相手にとって都合の悪い情報は、自らしっかりと申し出て謝るのが常識だ。

 師や母に知られたら、さぞや呆れられることだろう。


「すみません!」

「いいえ。そういう約束です」

「今日の昼食でこの埋め合わせをさせてください!」


 信頼は普段の行いの積み重ねだ。

 命の恩人から貰った仕事。

 口約束とはいえ契約を結んだ以上、依頼主の期待に応えなければならない。

 王都レウノアーネで生活していくのなら、国民の評価を下げるわけにはいかないのだ。


「わかりました。では、正午過ぎごろにこの大広場で待ち合わせましょう」

「『屋台広場』巡りを予定していますので、楽しみにしていてください」

「はい。楽しみにしています」

「……います」


 その後、豊穣の女神の大神殿の場所を丁寧に伝えてから、2人と別れた。





 次回からようやくファンタジーの醍醐味が登場です。

 まだまだ起承転結の”起”の部分ですから、気長に世界観をお楽しみください。


 ちなみにですが、食べ物にはモデルがあります。

 パンクレセント は クロワッサン。

 パントラッド は パントラディショナル、別名フランスパン。

 ベレグラキノ は フランスのグラニテ、または グラニータです。



 異世界で存在しない国名を冠したパンは登場させられないので、フランス本国主流の名称ベースからの改名です。

 現実にある物の名称は、今後も若干変更して登場するかもしれません。



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