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彼女の愛した英雄 ~銀翼のシルフィード~  作者: 相坂 恵生
第一章 千年王国の祭典
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常連の店 5 -ちっちゃなかいじゅうと銀貨 1- [修正版]


『世界の食が集まる場所』と呼ばれる王都レウノアーネ。

 その名声に違わず食の種類は非常に多いが、朝食に限ると若干に鳴りを潜める。

 これはどの国どの世界・・・・にも共通して言えることで、昼食や夕食のバリエーションや華やかさに劣るからだ。


 それには2つの理由がある。

 1つは、食材の取引きされる時間帯だ。

 生魚は早朝が多く、生肉は午前中が主流で、どちらも下ごしらえと熟成にはある程度の時間と保存環境が必要だった。

 かといって宵越よいごしの生ものを扱うなど、食中毒が恐ろしくて出来はしない。


 こちらの保存環境と言えば、日の当らない涼しい地下室か氷室ひむろと兼用される保冷庫が主流だ。

 魔法円の〈品質保存プリザベーション〉なるものもあるが、そんな設備があるのは高価な水薬ポーションを取り扱う店か、地中海を渡る商船くらいなものだった。


 そもそも家電冷蔵庫なんていう便利な代物があった前世でさえ、長い歴史で親しまれた『朝食の定石セオリー』があった。


 そう。もう1つの理由がこれだ。

 朝食らしい朝食・・・・・・・というものは、頭と体に1日が始まると認識させる効果もあるのだ。


 燻製、塩漬け、油漬け、酢漬け、酒漬け。

 これら保存に優れた加工物はそんな朝食を彩る主力で、魚ならアンチョビやオイルサーディン。肉ならソーセージやベーコンが人気だった。


 そして王都レウノアーネ中央大広場オストアンデルひろばを代表する『女神の収穫亭』は、城勤めの騎士や高官にも多くのファンがいるレストラン。

 その店主ニコさんが腕を振るった自慢の朝食が、テーブルにズラリと並んでいた。


 シューちゃんとボクの前には、

 バターを使った何層にも重なる生地で、甘みのあるサクサクとした触感が売りの北部地中海クレセントドロップかたどったパンクレセント。

 ハニーシュガーをまぶして表面をカリッカリにしたものも人気で、”冷めてもおいしい”が合言葉だ。

 それがほんのりと湯気を上げて、編みかごに3つ載っている。

 1つはすでにシューちゃんの手の中で食い付かれていた。


 トーガさんの前には、

 塩と水と酵母イーストのみのもっと一般的ポピュラーなパントラッドが小さく切り分けられており、ベーコンやトマト、オニオンにチーズ、キュウリの酢漬けピクルスなどがそれぞれの組み合わせで挟んである。

 表面の硬いパンによる食べごたえと様々な具材から、お弁当としても人気の一品だ。


 前菜のサラダは取り分け方式で、

 大皿にトマト、キュウリ、サラダ菜、ゆで卵にゆでジャガイモが載せられており、中心には生イワシの酢漬けマリネ

 全体には黒オリーブとガーリックチップが散りばめられている。

 赤、緑、黄で彩られたサラダには、芳醇で鮮やかな赤ワインビネガーのドレッシングが映えていた。


 メインは豚肉の腸詰めの集いポークソーセージパーティ

 黒コショウブラックペッパー香草コモンセージ生姜ジンジャーの3種類があり、それぞれ粗引きで3人前が大皿の上で食べられるのを待っていた。

 肉汁をたっぷりと滲ませて、シューちゃんの大量のよだれを呼び起こした香ばしい湯気を上げている。


 飲み物は夏のレウノアーネには欠かせないベレグラキノ。

 旬の果物とシロップを凍らせてシャーベット状にしたデザートドリンクだ。

 トーガさんには皮の酸味と実のサッパリした甘みが売りのプラム。

 シューちゃんには舌に絡みつくようなとろけるマンゴー。

 ボクには最近お気に入りの白桃ピーチだ。


 いつもならこの光景に手を叩き、料理人と豊穣の女神に感謝を述べると同時に食事へありつく。

 ところが今回は勝手が違った。

 サリーを引っ被った奇怪な姿のまま感謝を祈り、恥ずかしさに縮こまってしまっていた。

 頬に手を当てると熱っぽく、きっとさっきの耳と同じで真っ赤なのだろう。

 おかげでサリーから顔を出す勇気はこれっぽっちも湧かなかった。


「食べないんですか?」

「今はその、ちょっと……」


 トーガさんの問いかけに、失礼は承知でサリー越しに言葉を濁した。

「そうですか」と腑に落ちないつぶやきが聞こえたものの、視線を返す気にはなれなかった。

 代わりにパンを一生懸命かじっているシューちゃんへ向けた。


 縮こまったおかげというべきか目線が程良く合い、フードを深く被る彼女の顔を初めて見ることが出来た。

 くりくりの大きな目は少し眠たげで、両手で運んだ食べ物から目を離さずに食べている。

 それはハムスターがヒマワリの種を熱心に齧るようでもいて、道具の素晴らしさを確かめる熟練の鑑定士にも見えた。

 時折パンを口から離すと、しげしげと観察するのだ。

 想像もしなかった動作でちょっとおもしろい。


 たぶん、口が小さいことも理由なのだろう。

 早く食べたいと気持ちは走るも、よく噛んで飲みこむので渋滞を起こす。

 だから手持無沙汰になる間、口から離して今食べている物がどんなものなのかを目で楽しんでいる。

 食べ物の造形さえも楽しんでいる、と解釈するならば美食家というのも頷けた。


 しかもどうやら彼女は、表情があまり豊かではないらしい。

 じっと見つめる目も眠そうに見えるだけで、眠いわけではないみたいだし。

 頬も咀嚼そしゃくで動くことはあっても喜びに持ち上がることがない。


 これが職人的空気を醸し、美食家という印象を強めた。



 それとも、お気に召さなかったのだろうか?


 丁度そんな疑問が浮かび上がったとき、シューちゃんがパンを受け皿に置いた。

 そして、テーブルのフォークに手が伸びた。


 女神の収穫亭は子供連れが多く利用するレストランではあるが、前世で当たり前となっている子供向けの脚長椅子はない。

 あったとしても大きなテーブルでは幼子の手が届く範囲は限られていた。


 フォークに届かない。


 そう感じたボクは、フォローに腰を持ち上げようとした。

 すると阿吽の呼吸とも言える絶妙なタイミングで、隣に座るトーガさんがフォークを届く位置に移動させた。

 それはとても自然な動作で、一切の無駄がなかった。


 彼はボクのようにじっと見つめていたわけではないし、慌てる素振りや予備動作さえも見せなかった。

 おだやかに流れる水のような滑らかさで、そうあることが当たり前のようなフォローだった。


「どうかされましたか?」

「え? ……あ、いえ。なんでもありません」


 完全に立ち上がっていた。

 なにかすごいものを見たような気がして、呆けてしまっていた。

 サリーを引っ被ったまま。


 変に思われてはいないだろうか?

 トーガさんに目を向けると、ニコニコと微笑んでいる。

 シューちゃんは目線が高くなったせいでまたフードに顔が隠れてしまっていた。


 ただシューちゃんがボソリとなにかつぶやくと、トーガさんが納得したように手を打った。


「なるほど。お気遣いありがとうございます」

「い、いえ。出過ぎた真似だったようで」


 結局のところ何もしていない。

 感謝の言葉がむず痒く、サリーを被ったまま座り直した。


「あなたを雇ってよかった」というトーガさんの声を耳が拾い、首筋のくすぐったさが増した。


 ああ、なんだろうこれ。

 顔がすっごい熱い!


 再度縮こまってシューちゃんへ視線を逃すと、トーガさんから受け取ったサラダの載った皿を堪能していた。


 その後もシューちゃんが口元にソースを付けて次の獲物をジトッと見つめると、トーガさんは懐から出したハンカチで拭ってからそれに応えていた。

 不思議なのは彼の目線からだとシューちゃんの顔が見えないはずなのに、要求を正しく読みとっていることだ。


 サラダのなにが欲しいのか、どのソーセージが欲しいのか、サンドイッチのどれが欲しいのか。

 トーガさんが皿に盛って渡すと、シューちゃんはなんの不満を示すことなく受け取って平らげていた。

 単純に好き嫌いなく食べているだけかもしれないが――。



 それにしても、この甲斐甲斐しさはなんだか懐かしい。

 父1人娘1人だとやっぱり過保護になるものなのだろうか?

 そういえばあのコも感情表現が乏しかったっけ。

 さすがに3人前のほとんどを食べ尽くす豪快さはなかったけれど。


 どうにも食欲がわかずにどうぞどうぞと薦めていると、シューちゃんのお皿に載っては消えて行った。

 どこにあれほどの量の食べ物が収まるというのだろう。

 まるでテーブルを舞台に世界を食べ尽くす”ちっちゃなかいじゅう”だ。


 ああ、気になることと言えばまだあった。

 サラダの黒オリーブをフォークで突き刺して、しばらくジトッと見つめていた。


 あれはなんだったのだろう?

 憎い仇をようやく捕らえた黒い笑みにも見え、口に運んだ後は満たされているようにも感じられた。

 変化らしい変化のない顔なのに、だ。


 もしかするとあれが、好物を前にした彼女の喜びなのかもしれない。


 屋台広場の食べ歩きに誘ったら、一体どんな表情を見せてくれるだろう?

 すごくたのしみだ。



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