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傭兵ギルドの猫  作者: kay
第3章 精霊のいとし子
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待機中の出来事

 ニコルは護衛の依頼を引き受けたものの、四六時中マルグリットの傍に着いて回るわけにはいかなかった。なぜなら彼女は娼婦であり、彼女の客は大商人か貴族といった身分のある者が多いからだ。

 お忍びで通う者も多く、ニコルはマルグリットが客を取っている間は、客の護衛たちと別室で待機となった。


 ニコルがマルグリットの護衛を引き受けて数日が経ったが、幸いにも護衛が必要になる事態には遭遇していなかった。

 別室での待機中に客の護衛から色事方面で絡まれることも多く、その際は努めて顰め面で対応し氷点下の雰囲気を醸し出していたが、彼らには娼館に居る女はすべて娼婦という考えがあるようで――



「なあ、君も娼婦なの?」

「いいえ。私は歌姫の護衛で雇われた者です」

「えー、そんなに綺麗なのに勿体無い! 男装なんかしないでドレスで着飾ってくれればいいのに! それにさ、俺の依頼主も楽しんでいるんだから、こっちも一緒に楽しもうよ!」


 商家の護衛は大抵が傭兵の為、下心が見え見えの状態で体を触ってきた場合は問答無用で雷撃を喰らわせるか急所を砕く勢いで蹴り上げた。手を出してきたのは相手の方であるため事情を話せばマルグリットの機嫌を損ねたくない客は、こちらが悪いと逆に謝ってくるほどで特にお咎めはなく、ニコルは胸をなでおろしたのだが、問題は貴族の護衛の方だった。

 良家の子息が騎士見習いとして護衛の任についている場合は、借りてきた猫のようにおとなしくなっているのだが、中には全くと言っていいほど話が通じない者もいた。


「望まぬまま此処にいるのなら、私が貴女を身請けしてもいいだろうか?」

「私は娼婦ではありません」

「いいや! このような場所にいるのは何か深い事情があるのだろう……。私には気兼ねなく言ってくれ!」

「そのように気を使って頂くいわれはありません」

「なんて謙虚な方なんだ……。私は決めた! 貴女を何としてでも連れて帰るぞ!」

「いい加減にしてくださいませんと、主を通して貴公の主に職務怠慢を訴えますがよろしいか?」

「それには及ばぬ。私は貴女を身請けしたいと主に伝えてみるぞ! なに、主も私を祝福してくれるに違いない!」

「……」

 

 とある貴族の護衛がニコルに迫ってきたときには、ニコルは心の中でこの場から逃げ出してもいいだろうかと真剣に考える程であった。

 いきなり護衛の男に手を握られ、身請けしたいと言われたのだ。ニコルが娼婦ではないと伝えても、男は話を全く聞こうとせず、自分の解釈で話を進め会話が全く成り立たなかった。

 この時ばかりは相手がどのような身分なのかわからないため、下手に手を出すわけにもいかず仕方なしに押し問答をしていたのだが、ニコルが苦手な筋肉質な男がギュッと手を握ってくるため、全身に鳥肌が立ち早く帰ってくれないだろうかと心中大荒れになった。

 やがて客が帰る時間になりマルグリットにこのようなことがあったと伝え、そのことがマルグリットから客に伝わりこの護衛の男は出入り禁止になったのだが、ニコルはこの時ばかりはぐったりとしてしまった。




「ニコルちゃん、おつかれさま~! 姐さんに聞いたけど、なんか大変だったんだって?」


「なんだ、イルマか」


「なんだとは何よぉ~」



 ニコルが別室の長椅子でぐったりとしていると、マルグリットの衣装を持ってきたイルマが声をかけてきた。マルグリットから事の次第を聞いたのだろう、気を使ってくれるのはうれしいがイルマのテンションが高くてついていけないとため息をついた。



「さっきの護衛の人、たぶんチャーリーって人だね。三番館のバネッサちゃんに言い寄って、同じ娼館のレミーに声をかけて出禁を喰らったんだよ、確か」


「別にいい。興味ない。思い出したくない」


「えー? あの人見た目だけならすごくいいのにー」


「ああいう体型の男全般生理的に受け付けない。鳥肌が立ってんの」



 ケラケラと笑いながら、持っていた衣装をしまいながら疲労の原因になった貴族の護衛の情報を教えてくれた。これ以上かかわる気もないニコルは、鳥肌が引かない腕を見せ、関わりたくないことを訴えた。



「うわぁ、本当にダメなんだ? でも珍しいねぇ、傭兵の男ってそいういう体型ばかりじゃないの?」


「そうだね。まぁ、結婚したいとも思わないし」


「ニコルちゃん私と違って若いんだから、結婚願望くらい持とうよ~」



 ニコルとイルマが軽口をたたきあっているところで、マルグリットが部屋に入ってきた。ちょうど客が帰ったところらしい、この日の客は先ほどの貴族で終わりなのだろう、ゆったりとしたナイトドレスから見える胸元が艶めかしく見える。



「あら、二人とも楽しそうね?」


「いやぁ、ハリー様の護衛が強烈だったねって話ですよ~」


「こちらにも話し声が聞こえてきたから、あの方のこめかみに青筋がたっていたわ。あの護衛、下働きの子にも声をかけたりしていい加減鬱陶しかったし、ちょうどいい機会だったからさっさと御帰りになってもらったわ」


「姐さん、あの人あまり好きじゃないですもんねぇ……」


「え、大丈夫なんですか!? 貴族のお客様を帰してしまっても」


「平気よ? 高級娼館の『姫』に逆らって出禁になるのは地位のある方にとって避けるに越したことはない、ここは娼婦を買う場でもあるけれど、それよりも情報が集まる場所なの。私が別のお客様にそれとなくお話をすれば、社交界がおおいににぎわうことになるでしょうね。ここに来るお客様はみんなそのことを知っている方よ。たとえハリー子爵が問題を起こして出禁になって、後々悔し紛れに悪評を流されたとしても私や店にとっては虫に刺された程度のことよ」



 マルグリットが常日頃より貴族や大商人を相手に渡りあい、数多くの後援者を引合いにだし、子爵程度であれば切り捨ててしまってもいいと豪語するマルグリットに対して、ニコルは権力者を相手にする度胸がなければ高級娼館の『歌姫』は務まらないのだと実感したのだった。



「あ、姐さんお館様から伝言があります。ゲイラー様から、三日後のセレスト公主催の晩餐に同行してほしいとのお願いだそうです」


「久しぶりねぇ、ゲイラー様のお願いは。でも随分急ね?」


「突然こちらに来る用事があったそうですよ?」


「ふふ、私の後援者の一人よ。お若いのだけど奥様に先立たれて後妻を娶るのが面倒だと言ってね、時々私を夜会に同伴させるのよ」


「あの方、初めて姐さんを同伴させたときには遊び人という噂が付きまといましたけど、未だに亡くなられた奥様一筋な性格ですからねぇ~」



 知らぬ名前が出て首を傾げていると、マルグリットが次の客のことを教えてくれた。後妻を娶るのを嫌がり、見合いを押し付けられるのも嫌だといい夜会に娼婦を同伴させる豪胆さがすごいとニコルは思った。



「ニコルちゃんも護衛で一緒に行くんでしょう? 礼儀作法とか大丈夫?」


「何度か貴族の護衛もした経験もあるから大丈夫だと思う。女物の服を着て護衛しろと言われると自信がない」


「その辺は明日イルマに教えてもらえばいいわ。服装に関しては、動きにくい服で護衛をしてもらおうとも思わないから。イルマ、今のような服でそろえて頂戴」


「了解ですぅ! 作法の方は今のところ貴族の護衛を相手にしてもボロが出ていないから大丈夫だと思いますけど。その辺はさすがクルーガー傭兵団の子だけありますねぇ」



 しみじみとした様子でニコルの礼儀作法について語ったイルマだったが、予想外に自分の実家の名前が出てきて驚いて固まってしまった。

 その様子を見たイルマはしまったという顔をしたが、マルグリットはニヤリと笑った。



「ふふふ、娼婦の情報網は甘く見ない方がいいわよ? それにしても、熊のような団長さんからこんな綺麗な子が生まれるとは思わないわぁ」


「えと、良くご存じで……」


「一度だけ団長さんが来てくれたことがあるの。でも、私は顔を知っているだけよ?」



 名の知れた傭兵団であるクルーガー傭兵団出身であると知られてしまったが、ニコルは自己紹介の際に自らの家名を名乗っていたため緊張を解いた。

 しかし、マルグリットが団長であるテオドールを知っていたことにはニコルは素直に驚いていた。おそらく仕事か接待で来たのだろうと予想はつくが、浮気を許さない母アデーレの耳には入っていないことは容易に予想がついたため、この仕事が終わったら憂さ晴らしがてらアデーレにばらしてやろうとニコルは心に決めた。





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