8 顎クイ
紫苑と向かい合ったはいいけれど、なんと言って切り出そうか迷うな。
それにしても、どうしてそんなにかっこいいんだろうか?
金髪碧眼ってマンガやラノベに出てくる王子様みたいだよな。
義理とはいえ兄弟になってしょっちゅう顔を合わせるようになったのに、未だに紫苑の顔を見る度にドキドキしてしまう。
紫苑はそんな僕の視線に気づかないようで、本棚に並べられた本のタイトルを目で追っている。
おっと、いけない。
さっさと話をしてしまおう。
「実は僕は学校では旧姓のままで通うつもりなんだ」
そう告げると紫苑は本棚から僕へと視線を移してきた。
その視線が少しキツイような気がして、僕は慌ててフォローする。
「いや、別に二人の結婚に反対だとか、『桐生』の姓になるのが嫌だってわけじゃないよ。紫苑は学校ではしょっちゅう女の子に囲まれているだろう? 彼女達に僕が紫苑と兄弟になったと知られたら、どうなると思う? 絶対に何かしらちょっかいをかけられると思うんだよね」
「ちょっかい?」
「そう! 例えば『紫苑に会わせろ』とか『手紙を渡して』とか、『家に遊びに行きたい』とかさ。中には『何で紫苑と兄弟になったんだ』とか文句を言ってくる人もいるかもしれないし…」
流石に嫌がらせとかしてくる人はいないと思うが、可能性はゼロじゃないからね。
僕がもし女の子で紫苑と兄妹になったら、絶対にやっかみの対象になるよね。
それだけ紫苑の人気は絶大なんだ。
もしかしたら密かにファンクラブなんて出来ていたりして…。
紫苑は僕をじっと見つめながら話を聞いていたけれど、「やれやれ」と言わんばかりに肩をすくめた。
「そういう事なら仕方がないかな。彼女達には僕も少々手を焼いているんでね」
まあ、確かに。
学校で女の子に囲まれている紫苑は、決して笑ってはいない。
常にポーカーフェイスを貫いている。
クラスメイトの女子達が話していたけれど、そんな冷たい態度も紫苑の魅力の一つらしい。
そんな紫苑に万が一恋人が出来たら一体どうなるんだろうか?
想像するだに恐ろしい。
僕がブルリと身を震わせていると「それにしても」と紫苑が言葉を発した。
「せっかく女の子が寄ってくるチャンスなのに、棒に振ってもいいのか? もしかしたら好みの女の子がいるかもしれないぞ」
なんだよ、それ。
僕がモテないって言いたいのか?
「紫苑の事を好きな子が僕を好きになるわけないだろ。まるで雰囲気が違うのに。こんな童顔の男なんて相手にされないよ」
ちょっと不貞腐れたような言い方になったけれど、仕方がないよね。
すると紫苑はやおら立ち上がったかと思うと、僕の方へと歩み寄ってきた。
上から見下ろされて、僕は思わずたじろぐ。
「な、なんだよ」
紫苑はそのまま僕に顔を近づけてきた。
紫苑の手が僕の顎に添えられて、そのまま上へと持ち上げられる。
これはもしかして『顎クイ』ってやつか!?
そのまま顔が固定されて僕は紫苑の顔以外、目に入らなくなる。
紫苑の青い瞳の中に僕の顔が映っているのが見える。
紫苑は僕に向かって柔らかく微笑んだ。
「少なくとも僕は雅樹の顔が好きだけどね」
そのまま紫苑の顔が僕に近寄ってくる。
キスされる!?
だが、紫苑の唇は僕の頬を軽く掠めていっただけだった。
紫苑は僕の顎から手を離すと、そのまま踵を返して僕の部屋から出て行った。
僕はただ呆然と紫苑が消えた扉を見つめるだけだった。




