7 退散
旧姓のまま学校に通っていいという許可を貰えてホッとしていると、母さんが「雅樹」と僕を呼んだ。
「何?」
「あなたの事情はわかったけれど、あなたが学校で旧姓のままで通うと聞いたら、紫苑君が気を悪くしたりしないかしら?」
そう母さんに指摘されて僕はウッと言葉に詰まる。
勝手に決めてしまったけれど、あらかじめ紫苑に一言言っておくべきだったろうか?
そんな母さんの懸念を払拭したのはお義父さんだった。
「由梨江、大丈夫だよ。彼女達がたまに目に余る行動をするのを紫苑も辟易していたからね。雅樹が自衛するのを理解してくれるさ」
お義父さんはそう言って母さんの肩に手を回す。
なんだかちょっと二人の距離が縮まったように見える。
「それならいいんだけど…。なんだか申し訳ないわ」
「由梨江が気にする事じゃないよ」
「…そうかもしれないけれど…」
お義父さんの腕が母さんの肩を抱き寄せて、母さんはお義父さんの身体に身を預けるように寄せていく。
も、もしかしてこれはラブシーンってやつか?
そう言えば二人は先日婚姻届を出したばかりの新婚だったな。
これ以上、お邪魔虫になる前にとっとと退散しよう。
「ぼ、僕、紫苑と話してくるね」
僕はサッと立ち上がると一目散にリビングの扉から出て行った。
後ろ手に扉を閉めると「ふうっ」とため息をつく。
これからは二人の邪魔にならないように生活していかなきゃ駄目だな。
ふと人の気配を感じて顔を上げると、紫苑がこちらを見ていた。
唇の端を軽く上げて僕に近寄ってくる。
「新婚夫婦の邪魔をするなんて無粋な奴だな。それとも二人がいちゃつくのを見たかったのか?」
僕はムッとして紫苑に言い返そうとしたが、扉を挟んだ向こうに二人がいるのを思い出した。
「そんなんじゃないよ」
なるべく小さな声で反論すると、紫苑が僕を見下ろしてきた。
「それより、僕に何か言いたい事があるんだろう?」
何で知ってる?
もしかして、僕と両親が話しているのを聞いていたのか?
だったらわざわざ説明しなくてもいいんじゃないかと思ったが、紫苑がどこから話を聞いていたのかわからない。
もしかしたら最後のところだけを聞いていたのかもしれないし…。
やはりここはちゃんと紫苑に伝えるべきだろう。
「ここで立ち話もなんだから、僕の部屋に行こう」
紫苑の視線から逃れて自分の部屋に向かうと、後ろから紫苑が付いてきた。
部屋の扉を開けて「どうぞ」と紫苑を招き入れる。
紫苑は僕の部屋に入るなり、キョロキョロと部屋の中を見回した。
「案外、荷物が少ないんだな」
「…この部屋が広すぎるんだよ」
前に住んでいた家では6畳間だったけれど、ここは8畳間くらいの広さがある。
フローリング仕立てだから、もしかしたらそれ以上の広さかもしれない。
紫苑に座ってもらう椅子がないな、と考えていると、紫苑は僕が許可するよりも先に僕のベッドへと腰を下ろした。
…まあ、どうせそこに座ってもらうつもりだったんだから、いいか。
それにしても足が長いな。
僕が座った時よりも随分と上に膝の位置があるようだ。
僕は勉強机の前にある椅子を回転させると、紫苑に向き合うように腰を下ろした。




