6 お願い
部屋を出てリビングに向かうと、母さんと桐生さんがいた。
いや、もう桐生さんじゃなくて『お義父さん』と呼ぶべきだな。
お義父さんは僕の姿を見ると、ニコニコとした顔で話しかけてきた。
「やあ、雅樹君。片付けは終わったかい? 引っ越しを手伝わなくて申し訳なかったね。どうしても外せない仕事があったんでね」
お義父さんは申し訳なさそうに言うけれど、重たい家具や荷物は引っ越し業者の人が運んでくれた。
それに冷蔵庫や洗濯機という主だった家電は、先にこのマンションに越してきていたお義父さんが運び込んでいた。
従って僕と母さんはそれほど大きな荷物は無かったのだ。
「大丈夫です。大きな荷物はあまりなかったので…」
そう答えて僕は二人の向かい側にあるソファーに腰を下ろした。
名字の事を言うのなら今しかないと思ったからだ。
しかし、僕よりも先にお義父さんの方が口を開いた。
「もう家族になったんだからいつまでも『雅樹君』なんて他人行儀な呼び方は駄目だな。これからは『雅樹』と呼んでいいかな? 私に呼び捨てにされるのが嫌なら今までどおり君付けで呼ぶけれど、どうだろうか?」
お義父さんはそう言って僕の顔色を窺うような目をする。
その隣に座る母さんがハラハラしたような顔で僕の様子を見ている。
そんな母さんの顔を見たら『駄目だ』とはとても言えない。
呼び捨てを許す代わりに学校で旧姓を使う事を許してもらおうか?
交換条件としてお願いしたら許してもらえるだろうか?
それに、ちゃんとした理由を言えば頭ごなしに反対などされないだろう。
僕は少し勿体ぶったように考えるふりをする。
二人はそんな僕の様子を固唾を呑んで見守っている。
あまり長引かせるのも申し訳ないので、ちょっと考えたフリをして、僕はこくりと頷いてみせる。
「いいですよ、お義父さん。その代わりと言ってはなんですが、僕のお願いを聞いてもらえませんか?」
僕が『お義父さん』と呼ぶと、二人共嬉しそうに顔をほころばせた。
「ああ、いいよ、雅樹。何でも言ってみなさい」
その答えに僕は内心でほくそ笑む。
「ありがとう、お義父さん。実は学校では『高橋雅樹』のままで通わせてもらえませんか?」
「雅樹! 何を言い出すの!?」
真っ先に反応したのは母さんだった。
さっきまで嬉しそうに上気していた顔が、みるみるうちに青くなっていく。
だが、お義父さんの方は真剣な顔で僕を見据えた。
「何か理由があるんだね? 言ってみなさい」
お義父さんに促され、僕はコクリと頷いた。
「実は紫苑は学校では超有名人なんです。あの通り、人目を引く容姿をしていますからね。授業中以外は常に女子生徒に囲まれているような状態なんですよ。そんな紫苑と兄弟になったと知られたら、どうなると思います? 色々と面倒臭い事が起きるに決まっています。平穏な学校生活を送るためにも旧姓で過ごさせてもらえませんか」
すると、お義父さんと母さんは「ああー」と妙に納得したような顔になった。
「確かに紫苑は小さい頃から女の子に囲まれていたからな。前に住んでいたマンションでも、表に何人も女の子がたむろしていたっけ…」
それって出待ち!?
まるでどこかのアイドルみたいだな。
確かにそこいらのアイドルと張り合えるくらいの容姿をしているからな。
もしかしたら、既にスカウトされた事があるのかもしれない。
「わかった。学校には旧姓で通えるように手続きをしておこう」
「ありがとう、お義父さん」
やった!
これで平穏な学校生活を送れるぞ。
母さんは僕とお義父さんを見て、仕方なさそうにため息をついている。
だけど、僕は知らなかった。
この時の会話を紫苑が聞いていたという事を…。
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《注記》
あくまでもこの物語での設定です。
実際にそういう対応が出来るかどうかはわかりません。




