5 生活の変化
食事会からしばらく経って、母親と桐生さんは婚姻届を提出した。
お互い再婚という事で結婚式は挙げず、近しい人には通知だけで済ませたそうだ。
母親の入籍に伴い、僕の名字も『高橋』から『桐生』へと変わった。
『桐生雅樹』
これが今日から僕の名前になった。
まさか、自分の名字がこんな形で変わってしまうとは…。
母親が再婚したらいいな、とは思っていたけれど、それによって僕の名字が変わるなんて事までは思い至っていなかった。
そして二人の入籍に伴い、僕と母親は桐生さんが住んでいるマンションへと引っ越す事になった。
僕と母親が住んでいた家は賃貸だったので、引っ越す事に何の問題もない。
だけど、長年母親と二人で過ごした家を後にするのは少し寂しい気がした。
自分の部屋の荷造りをしていると、押し入れの奥から幼稚園の頃に描いた絵が出てきた。
どれもが母親を描いた物だった。
父親がいないからどうしても絵の対象は母親だけになる。
そういえば小さい頃に「どうして僕にはお父さんがいないの?」と泣いて母親を困らせたっけ。
絵を見ながらそんな事を思い出してしまった。
散々迷った挙げ句、その絵も荷物の中へと突っ込んだ。
引っ越しトラックに乗って、桐生さん達が住むマンションへと到着した。
見上げるばかりの高層マンションに、思わずポカンと口を開ける。
しかも、元々桐生さん達が住んでいたマンションではなくて、母親との再婚が決まってから購入したマンションらしい。
部屋は真ん中辺りの階にあった。
それぞれに個室があって、更にトイレが2つと浴室にシャワールームまであるという。
…もしかして桐生さんってお金持ち?
一軒家とはいえ築50年のボロ屋に住んでいた僕にとっては、今度の新居は目を見張るばかりの豪華さだった。
そんな新居に引っ越し業者がせっせと荷物を運び込んでくれる。
僕と母親はそれぞれの部屋に家具の配置を指示しながら、荷物を片付けていく。
今までの部屋より一回り大きな部屋に荷物を運び入れると、妙にスカスカな部屋が出来上がった。
粗方荷物の整理を終えると僕はベッドに寝っ転がった。
雨漏りのシミが見えていた天井から、真新しい天井へと視界が変わっている。
それにしても『桐生』かぁー。
もっとありふれた名字だったら良かったんだけどな。
突然、名字が変わったら、学校でなんて言われるだろうか?
流石にそんな事で周りからどうこう言われる事はないだろう。
普通ならね。
だけど、今回は学校一の有名人である紫苑と同じ名字になったんだ。
絶対に根掘り葉掘り聞いてくる奴がいるに決まっている。
同じ名字になったからといって、すぐに僕と紫苑を結びつけてくるとは限らないが、紫苑が父親と二人きりだと知っている人がいたら、そして僕の所が母子家庭だと知っていたら、僕達の親が再婚したと勘ぐってくるかもしれない。
それこそ、大勢の女子に取り囲まれたら、思わず本当の事を打ち明けてしまうかもしれない。
紫苑にも誰にも喋らないように釘を刺すつもりではいるが、何とか誰にもバレないようにしたい。
散々考えた挙句、僕は学校に旧姓のまま通う事にした。
そんな事が可能かどうかはわからないが、今はコンプライアンスが重視される時代だ。
『親の再婚をクラスメイトにからかわれたくない』と訴えれば、きっと対応してくれるはずだ。
イジメが発覚して学校の評判を下げるような事態は避けたいはずだから、それをチラつかせたら嫌だとは言わないだろう。
それにはまず、桐生さんと母親、紫苑に話をしなければいけないな。
そう決意すると、僕はベッドから立ち上がった。




