4 壁ドン
食事会は和やかな雰囲気のまま、お開きの時間となった。
個室を出て出口に向かっていると、桐生さんが母親を呼び止めた。
「車を手配してもらってくるので、先に行っててくれ」
「わかったわ」
そのやり取りがいかにも夫婦という感じで僕の心はほんの少しざわつく。
ふいと二人から顔を逸らすと、意味ありげな視線を寄越す紫苑と目が合った。
何となく僕の心の中を読まれたような気がして、思わずドキリとする。
紫苑が一歩僕の方へ近寄ってきた。
僕よりも背が高い紫苑に、何となく負けたような気分になる。
「何月生まれ?」
「え?」
すぐには紫苑の質問の意味がわからなくて、首を傾げた。
「誕生日だよ。何月?」
「あ、10月だけど」
どうして紫苑がそんな質問をしてくるのか、すぐには理解出来なかった。
「そうか。僕は4月生まれなんだ。それじゃ、僕の方が兄になるな。これからよろしくな、まさき」
そう言って僕の頭をポンと叩く。
子供扱いされたみたいで面白くないが、紫苑の方が早く生まれたのなら僕が弟になるのは当然だろう。
だけど、そうは言ってもやっぱり納得がいかない。
「たった半年じゃないか。僕の方が身長が低いからって子供扱いはやめて欲しいな」
ピシャリと言ってのけると、紫苑はヒョイと肩をすくめた。
「子供扱いしたつもりじゃないんだけどな。気に触ったのなら謝るよ」
素直に頭を下げてくる紫苑に、僕は慌てた。
こんな場面を二人に見られたら、あらぬ誤解を招かれそうだ。
「別に怒ってるわけじゃないよ。そっちが兄でもいいけど、なるべく対等でいたいと思っただけだよ」
すると紫苑はちょっと不満そうに「えー」と声を上げた。
「せめて名前で呼んでくれよ。『そっち』なんて呼ばれたくはないな」
紫苑はそう言って僕に顔を近づけてくるが、破壊力抜群のその顔を至近距離で見るのは心臓に悪い。
それに今まで接点が無かったのに、いきなり名前で呼ぶなんてハードルが高すぎる。
思わず後ろに下がったが、背中に壁がぶち当たりこれ以上下がれない。
ワタワタしていると紫苑の右手がドンと僕の顔の横の壁をついた。
何これ!?
もしかしていわゆる『壁ドン』ってやつ!?
やる方には憧れてもやられる方になるなんて思ってもみなかった。
「わ、わかったよ。紫苑」
声を上ずらせながら、紫苑の名前を呼ぶと、ようやく満足したように壁から手を離した。
「ああ、よろしく」
二人で出口に向かうと、先に行って待っていた母親が僕達を見て嬉しそうな顔をした。
二人だけで話していたから、仲良くなったのだと思ったのだろう。
そこへ桐生さんも合流して外に出ると、ハイヤーが2台止まっていた。
僕、母親の順で乗り込むとすぐに車の扉が閉まった。
母親が窓を開けると桐生さんが「それじゃ、気を付けて」と声をかけてきた。
母親が窓を閉めたのを合図にハイヤーが走り出す。
チラリと後ろを見ると、紫苑達がハイヤーに乗り込むのが見えた。
身体を正面に戻し、背もたれに寄りかかると「ふうっ」と思わずため息が出た。
「疲れた?」
「…まあね」
「でも、紫苑君と仲良くなれたみたいで安心したわ」
そう言って母親は嬉しそうに微笑んだ。
仲良くなれたのかどうかはわからないが、それなりにやっていけるとは思う。
だけど、紫苑が僕の兄になるのか。
別に主導権を握りたいわけじゃないが、少しばかり残念な気分なのは内緒にしておこう。




