3 学校一の有名人
僕の後ろで扉の閉まる音をぼんやりと聞きながら、僕は数歩先に座る彼から目が離せなかった。
そこに座っているのは、僕の通っている学校で知らない人はいないと言われるほどの有名人だった。
肩まで伸ばした金髪に碧眼。
物語に出てくる王子様のように整った容姿。
スラリと伸びたスリムな身体。
どこをどうとっても完璧な人物だった。
名前は紫苑。
…あれ?
名字はなんだっけ?
そこへ来て僕はようやく紫苑の名字が『桐生』だと思い出した。
紫苑は容姿のみならず、成績も優秀で英語もペラペラ。
その目立つ容姿で、学校では知らない人はいなかった。
そんな学校一の有名人が今、目の前に座っているなんて…。
ぼーっと突っ立っている僕に桐生さんとの挨拶を終えた母親が声をかけてくる。
「雅樹、なにをぼんやりと突っ立っているの? あなたも早く席に着きなさい」
その声にハッと我に返ると、目の前に座っている紫苑が微かに微笑んだような気がした。
…いや、まさかね。
紫苑に見られていると意識しながら僕は空いている席へと移動した。
母親と桐生さんが向かい合って座るため、当然僕の向かい側は紫苑が座っている。
目の前にいる紫苑の顔を真正面から見て、僕は思わずドキドキとしてしまった。
隣のクラスとはいえ、今までこんなにも至近距離で彼を見たことなどなかった。
改めて桐生さんと紫苑の顔を見比べてみて、親子とはいえ二人がまるで似ていない事に気がついた。
桐生さんもハンサムではあるけれど、紫苑とはまるで系統が違う。
学校内の噂で紫苑はハーフだと聞いていたから、おそらく前の奥さんが外国人で紫苑は母親の方の血を色濃く受け継いだんだろう。
僕と母親が席に着くと、桐生さんはニコニコと隣にいる紫苑を紹介した。
「こちらが私の息子の紫苑。雅樹君とは隣のクラスらしいね。どうかよろしく頼むよ」
桐生さんはそう言いながら、隣に座る紫苑の肩をポンポンと叩く。
桐生さんの紹介を受けて紫苑は軽く頭を下げた。
サラサラの金髪が紫苑の動きに合わせて揺れる時、光の反射を受けてキラキラと輝いている。
「よろしく、雅樹君。同じ学校に通っているけれど、こうやって話をするのは初めてだね」
うわぁー!
初めて紫苑の声を聞いたけれど、滅茶苦茶いい声してる。
顔と声が一致するっていうか、想像した通りの声が返ってきた。
学校で女子達がキャアキャア騒ぐのも納得だな。
「こ、こちらこそ、よろしく」
思わず声が裏返ってしまったけれど、気づかれてないよね?
そのうちにウェイターがドリンクを運んできた。
大人二人はシャンパンだったが、僕と紫苑にはそれぞれソフトドリンクが注文された。
それと共にテーブルの上には見たこともないような料理が置かれている。
「由梨江さんから雅樹君には好き嫌いがないと聞いていたから、勝手にコース料理を頼んだんだ。もしも苦手な物があれば残しても構わないからね」
桐生さんに言われて「あ、はい」と頷く。
こんな高級そうなレストランのメニューなんて、見たって何を頼んでいいかわからないだろうし、そもそも値段を見ちゃったら気後れして注文も出来ないだろうな。
一応、ナイフとフォークの使い方くらいは母親から教わっているので、無作法はないと思いたい。
「それじゃ、私達のこれからの生活に、乾杯!」
桐生さんの音頭で僕達はグラスを鳴らし合う。
一口飲んで正面の紫苑をチラ見すると、優雅な仕草でグラスをテーブルの上に戻している。
学校の女子達が見たら、相当盛り上がりそうだな。
だけど、桐生さんと母親が再婚したら、この紫苑と僕が兄弟になるって事だろ?
それってちょっと不味いんじゃないか?
僕の今の名字は亡くなった父親の『高橋』のままだ。
それがいきなり『桐生』に変わったら、きっとクラスメイト達から根掘り葉掘り聞かれるに違いない。
万が一、紫苑と兄弟になったのがバレたら、色々と面倒臭い事が起きそうだ。
特にクラスの女子からは『紫苑に会わせろ』とか『紫苑との仲を取り持て』とか責められるに違いない。
そんな未来は断固阻止したい。
僕は密かにそう決意するのだった。




