2 顔合わせ
母親に恋人がいる事が判明してから数日後の事だった。
学校から帰って家の敷地に入ろうとしたところで、1台の車が僕を追い越して止まった。
見覚えのある車に『もしや…』と思っていたら、やはり助手席のドアを開けて母親が降りてきた。
それと同時に運転席のドアも開いて、一人の男性が道路に降り立った。
その姿を目にした途端、僕はちょっと身構えた。
まさか、こんなに早く母親の恋人に会うとは思ってもいなかったからだ。
母親には再婚を勧めておきながら、いざそういう場面になるとやはりまだ気持ちの整理がつかない。
こわばりそうになる顔に何とか笑顔を貼り付けると、近づいてくる男性に向かってペコリと頭を下げた。
母親は僕の隣に来ると、ぐいと僕の腕を引っ張った。
「雅樹、ちょうど良かったわ。こちらが今私がお付き合いしている桐生さんよ。桐生さん、息子の雅樹です」
『桐生』と呼ばれた男性は、僕と母親の前に立つとニコッと笑って白い歯を見せた。
「やあ、はじめまして、桐生です」
そう言って差し出された手を拒むわけにもいかず、僕はそっと手を差し出した。
僕の手を桐生さんはギュッと力強く握り返してきた。
僕よりも背が高く、がっしりとした身体つきをしている。
顔もなかなかハンサムだし、いかにも大人っていうような男性だ。
年齢は母親よりも年上みたいだけれど、それでも四十代くらいだろうか。
僕と同い年の息子がいるって事は、前の奥さんとは離婚したのだろうか?
それとも僕のところみたいに死別なのかな?
流石に今、この場でそんな話をするわけにはいかないので黙っておく。
桐生さんは僕の手をギュッと握ったものの、すぐに手を離してくれた。
それでも僕の顔をじっと見ると、すぐに母親に向かって破顔した。
「聞いていた通り、由梨江さんによく似ているね」
桐生さんにそう言われて僕はちょっと顔をしかめた。
彼の言う通り、僕は母親によく似ている。
つまり、僕も童顔だと言う事だ。
今でもたまに中学生に間違われることもある。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、桐生さんはニコニコと僕を見つめる。
「近いうちに私の息子と一緒に食事でもどうだろうか?」
ためらいがちに聞いてくるところをみると、僕の意見を尊重してくれるのだろうか?
チラリと横に立つ母親に視線を向けると、ハラハラとしたような目で僕を見つめている。
断る理由もないので、僕は母親を安心させるように軽く頷いた。
「構いません」
桐生さんにそう返事をすると、桐生さんはわかりやすく顔をほころばせた。
「ありがとう。日にちが決まったら連絡するよ。それじゃ」
そう告げると桐生さんはサッと車に乗り込んで走り去った。
何だか随分と慌ただしかったな。
そう思っていると、別の車が通り過ぎて行った。
どうやら通行の邪魔になると判断して車を走らせたようだ。
家に入り、自分の部屋で制服を脱ぎながら、さっき見た桐生さんの顔を思い出してみた。
写真でしか知らないが、どことなく僕の父親に似ているような気がしたのは気の所為だろうか?
そう考えると、何となく桐生さんの話題を口にするのは躊躇われた。
母親もそんな僕を気遣ってか、桐生さんの事を口にはしなかった。
それから二週間後。
僕と母親はとあるレストランへとやって来た。
ちょっとおしゃれな服を着せられて、母親もいつも以上におめかしをしている。
それでも、このレストランの前に立った時は、場違いなような気がして少し気後れした。
ドアを開けて入るとすぐにウェイターが僕達に近寄ってくる。
「予約を入れている桐生ですが…」
母親がそう告げると、ウェイターはコクリと頷いた。
「お連れ様がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
そう言って僕達の前を歩き出した。
どうやら向こうが先に来ているようだ。
ドキドキしながらウェイターの後をついていくと、店の奥へと案内された。
どうやら個室へと向かうようだ。
奥まったところの扉の前でウェイターは軽くノックをした。
中から「どうぞ」と返事が返ってくる。
「お連れ様がいらっしゃいました」
ウェイターは扉を開けると、その場を僕たちに譲るように下がった。
母親の後に続いて個室に入った僕は、奥の椅子に座る人物の顔を見て、ピタリと足を止めた。
そこには我が校で一番の有名人である彼が座っていた。




