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45 呼び出し

 長いキスのあと、ようやく紫苑の唇が僕から離れていく。

 ほうっと息を吐くと、紫苑がクスリと笑った。

「これ以上は自制が利かなくなりそうだな。……それじゃ、おやすみ」

 紫苑は僕の頬に軽くキスをすると、自分の部屋へと入っていった。

 一人残された僕は紫苑の『自制が利かなくなる』という言葉の意味を理解して、思わず顔を赤らめた。

 キスだけでも大きな進展なのに、いきなりそれ以上の関係になるなんて、僕にはハードルが高すぎる。

 僕はその場に放り投げていた着替えを拾うとバスルームへ向かった。

 脱衣所に備え付けられている洗面台の上の鏡に僕が映っている。

 何となく唇が腫れぼったく見えるのは、さっきまでキスをしていたからだろうか?

 時間が経つにつれてさっきの出来事が自分の都合のいい夢だったように思えてくる。

 けれど、唇にそっと指で触れたが、それとは違う感触が残っているのを感じられた。

 やっぱり、さっきの出来事は夢じゃないんだ。

 僕は服を脱いで脱衣籠に放り込むと、シャワーを浴びるためにバスルームへと入った。


 濡れた髪をタオルで拭きながら自室へと戻ると、紫苑の部屋の扉が目に入った。

 紫苑の部屋の扉は閉ざされたままで、何の物音も聞こえてこない。

 せめて『おやすみ』の挨拶をしたかったけれど、何故か部屋を訪問するのを躊躇ってしまう。

 ようやく思いを伝えてキスを交わす事が出来たんだ。

 焦って距離を縮めなくても大丈夫だ。

 僕は紫苑の部屋に向かって小さく「おやすみ」と告げると自分の部屋に入っていった。


 翌朝目を覚ますと、時計は既に9時を回っていた。

 えっ!? もうこんな時間!?

 慌てて起き上がってリビングに行くと、紫苑がテレビを見ながらトーストを齧っていた。

 僕を見てニコッと笑うが、その笑顔が眩しすぎる。

「おはよう、雅樹。随分とゆっくりだったな」

 そう言う紫苑も今トーストを食べているところを見ると、起きた時間はあまり変わらないようだ。

「トーストを焼いてやるから、先に顔を洗って来いよ」

「うん、わかった」

 紫苑の申し出を快く受け入れて、僕は洗面所に向かう。

 歯磨きと洗顔を終えて、髪の乱れをチェックすると、再びリビングに向かう。

 オーブントースターの中にはこんがりとキツネ色になったトーストが、取り出されるのを待っていた。

 トーストにバターを塗って皿に載せると、牛乳を注いだカップを持って紫苑の隣に座った。

 ガブリとトーストに齧りつくと、隣にいる紫苑がこちらを見ているのに気づいた。

「ん?」

 トーストを咀嚼しながら、紫苑の方を向くと柔らかく微笑んだまま、僕の頬に手を伸ばしてきた。

 何となく甘い雰囲気を感じて、ゴクリと口の中の物を飲み込む。

 まさか、ここでキスしてきたりしないよね。

 ドキドキと鼓動が早くなるが、その空気を引き裂くようにテーブルの上にあった紫苑のスマホが鳴りだした。

「ごめん」

 紫苑は僕から手を離すとスマホを持ってリビングを出て行った。

 誰かと会話をしているようだが、その内容までは聞こえてこない。

 トーストを食べ終えて牛乳を飲んでいる時になってようやく紫苑が戻ってきた。

「悪い。ちょっと急用が出来たから出かけるね」

 そう言って紫苑はバタバタと自室の方に走った。

 しばらくして着替えを終えた紫苑が、リビングへと戻ってきた。

「それじゃ、行ってくる」

 紫苑は僕の頬に軽くキスをすると、行き先も告げずに出て行った。

「……いってらっしゃい」

 そう言った時には既に紫苑の姿はそこにはなかった。



 

 

 

 

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