36 両親の出発
金曜日の夕方、家に帰り着くと両親は既に家にいて、出かける準備を終えていた。
玄関には紫苑の靴がなかったからまだ帰ってはいないのだろう。
「あ、雅樹。今日の夕食用にカレーを作ってあるから、温めて食べてね。残ったら鍋ごと冷蔵庫に入れておいて。出しっぱなしは駄目よ。それから火の扱いには十分注意して……」
あれこれと注意をしてくる母さんに僕は「はいはい」と頷く。
お義父さんと再婚するまでは母さんと二人きりだったのだから、今更言われるまでもない。
大体、火の扱いって言うけれど、キッチンはIHクッキングヒーターだし、お風呂もガス給湯器でお湯が出る。
未成年でタバコなんて吸わないから、火が出るようなものは何もない。
お義父さんだってタバコは吸わないから、我が家にはライターなんてないはずだ。
紫苑にしても、タバコを吸ってるようには見えないから大丈夫だろう。
「由梨江、そろそろ出発するぞ」
お義父さんが腕時計を見ながら、母さんを呼びに来る。
僕も二人を見送るために玄関へと向かうと、カチャリと扉が開いて紫苑が帰ってきた。
「帰ったか。紫苑、留守を頼むぞ」
「紫苑、雅樹をお願いね」
お義父さんも母さんも、紫苑には全面的な信頼を寄せているようだ。
散々、母さんに注意事項を聞かされた僕としては少々面白くない。
まあ、見た目からして紫苑の方がしっかりして見えるんだから、無理もないかな。
「いってらっしゃい。お土産楽しみにしてますよ」
紫苑がニコリと微笑んで、二人を見送る。
「任せといて。いってきます。鍵をよろしくね」
スーツケースを抱えたお義父さんの後を追うように、母さんが玄関の扉の向こうに消える。
扉が閉まると紫苑はすかさず鍵をかけた。
いきなり紫苑と二人、玄関に取り残され、僕はどうしていいかわからなくなる。
そんな僕を尻目に紫苑は靴を脱いで上がると、そのままリビングに向かう。
僕はその後を追うように歩きながら、紫苑に話しかける。
「今日の夕食用にカレーが作ってあるってさ。あと、火の扱いには気をつけるようにって……」
だが、僕が言うよりも先にリビングに充満している匂いで、カレーが作ってある事は明白だ。
紫苑はクルリと振り返ると、ソファーに置きっぱなしの僕の鞄を指差した。
「鞄くらい片付けろよ。それに着替えもまだだろ」
紫苑に指摘されて僕はウッと言葉に詰まる。
帰るなり母さんにくどくどと注意されていたので、鞄も着替えもほったらかしだった。
「夕食は何時に食べる?」
紫苑に聞かれて僕はリビングの時計を確認した。
流石に夕食を食べるにはまだ早い。
いつも夕食は七時前後だから、今日もそれくらいでいいだろう。
「七時でいいよ」
「わかった」
紫苑はさっさと自分の部屋へと向かう。
僕はソファーの上の鞄を取り上げると自分の部屋へと向かうのだった。




