29 登校(紫苑視点)
夏休みも終わり、今日から新学期が始まる。
雅樹と一緒に登校出来るのが嬉しくていつもより早く目が覚めてしまった。
ウキウキで着替えていたが、途中でハタと手が止まった。
待てよ。
学校で旧姓のままで通すという事は、僕との関係を知られたくないという事だ。
そんな雅樹が僕と一緒に登校するとは到底思えない。
だが、この部屋から一階のエントランスに向かうまでは一緒にいられる。
エレベーターの広さは限られているから、場合によっては身体を密着する時があるかもしれない。
そう考えた僕は着替えを再開した。
「おはよう、紫苑。あら? 雅樹は?」
リビングに行くとお義母さんが僕一人なのを見て尋ねてきた。
どうやらまだ雅樹は起きてきていないらしい。
呼びに行こうかと思ったが、ここはお義母さんに任せる事にした。
朝食のトーストを齧っているとようやく雅樹がリビングに顔を出した。
まだ時間的に余裕はあると思うが、僕も雅樹も以前とは登校ルートが変わっているので余裕を持って出発したい。
僕は食べ終えた食器をキッチンに片付けると、まだトーストを食べている雅樹に声をかけた。
「雅樹、早く食べないと置いていくぞ」
すると、雅樹はもぐもぐさせていた口を止めて、目を丸く見開いた。
なんだか口に物を詰め込んだリスみたいだな。
可愛らしい雅樹の反応に思わず口元がニヤけそうになる。
雅樹は何か言おうとしたが、僕の後ろからお義母さんが来ているのを見て、ゴクリと口の中の物を嚥下した。
「待って。すぐに食べ終わるから」
そう言って残っていたトーストを口に押し込むと、牛乳で一気に流し込んだ。
喉に詰まらせるんじゃないかとハラハラしたが、幸いそんな事もなかった。
二人揃って玄関に向かうと、お義母さんが見送りについてくる。
「二人とも、車に気をつけてね。紫苑、雅樹をよろしくね」
軽く頷いて玄関を出ると、カチャリと鍵のかかる音が聞こえた。
「一緒に登校する約束なんてしてないよね」
雅樹に問い詰められて僕はひょいと肩をすくめた。
「別々に出たらお義母さんは2回も鍵を閉めに玄関に行かなきゃいけないだろ? それなら1回で済む方が効率がいいじゃないか」
あらかじめ用意していた答えを言うと、雅樹はそれ以上は何も言わなくなった。
それに僕と雅樹が仲良くしている姿を両親に見せる方が安心してもらえるはずだ。
エレベーターのカゴに乗り込むと、エレベーターはすぐに下降を始めた。
途中で何度も止まっては新たに人が乗り込んでくる。
その度に僕は位置を変えるフリをして雅樹に近づいていく。
並んで登校出来ないのなら、これくらいは許してもらおう。
エレベーターが一階に到着して、僕達は吐き出されるようにエントランスへと足を踏み入れる。
「さて、どちらから先に行く?」
雅樹に問うと、少しうつむいた後で顔をこちらに向けてきた。
「雅樹が先に行ってくれ」
そう言われて僕はちょっとがっかりした。
雅樹の後ろを歩いて、雅樹の後ろ姿を堪能しようと思っていたからだ。
仕方がない。
ここは雅樹の言うとおりにしよう。
「わかった。それじゃお先に」
そう言って僕はマンションを出た。




