28 宿題(紫苑視点)
部屋に戻ると過去の大学入試問題集を広げて勉強を始めた。
雅樹と同じ大学に行ければ一番いいのだが、だからといって今更志望校を変えるつもりはない。
次々と問題を解いていると不意にノックの音が聞こえた。
……由梨江さんかな?
「はい」と返事をすると、ひと呼吸おいて「紫苑、入るよ」と雅樹の声がして扉が開いた。
まさか、雅樹が部屋を訪ねて来るとは思っていなかった。
動揺した素振りを見せずに雅樹の方に顔を向けて「何?」と尋ねる。
「ちょっと宿題でわからない所があって……」
申し訳なさそうに語尾を濁らせる雅樹が滅茶苦茶可愛い。
僕は緩みそうになる口を引き締めると「まあ、入れよ」とぶっきらぼうに返す。
雅樹は律儀にも「お邪魔します」と断って部屋に入って来た。
僕の机の方に歩いて来ながら、ざっと部屋の中を見回した後で何か言いたそうな顔をしている。
おそらく、昨日僕が雅樹の部屋に入った時、『荷物が少ない』と言ったのを思い出したんだろう。
確かに僕の方が雅樹に比べて荷物が少ない。
それを指摘して来るかと思ったが、雅樹は何も言わなかった。
きっと、僕の機嫌を損ねて勉強を教えてもらえなくなるのを恐れたんだろう。
それくらいで機嫌を損ねたりはしないけどな。
まだお互いの考えが読めない所があるから、気を遣うのは仕方がない。
雅樹は僕の机の上にテキストを広げた。
「この問題なんだけど、どうしても解けないんだよね。どこか間違っているのかな?」
そう言って指差してきた問題を見て僕は納得がいった。
これは当てはめる数式を間違えると、正解には辿り着けないのだ。
「ああ、これか。これは数式から間違ってるよ。これじゃなくてこっちの数式を当てはめるんだ」
そう説明していると、雅樹の顔がすぐ横に近づいてきた。
僕の耳のすぐ横で雅樹の息づかいが聞こえる。
説明をしながら、雅樹の息づかいに胸をドキドキさせた。
僕をこんなにドキドキさせているのに、雅樹は何食わぬ顔で僕の説明を聞いている。
そんな雅樹の態度が癪に障った僕は雅樹に一矢報いる事にした。
問題を解いてやると雅樹は「やった。ありがとう」とテキストに手を伸ばしてきた。
「一つ貸しにしといてやるよ」
そう告げると雅樹はテキストに伸ばした手を止めて、僕に顔を向けてきた。
驚いた表情の雅樹に僕は更に追い打ちをかける。
「そのうちにまとめて返してもらうよ」
そう言って僕はテキストを持つと雅樹に差し出した。
「もういいだろ? 僕は勉強があるから出て行ってくれるかな」
「……うん。ありがとう」
雅樹は僕の手からテキストを受け取ると、そそくさと部屋から出て行った。
扉が閉まると僕は「はぁー」とため息をついて机に突っ伏す。
あんなふうに突き放すつもりはなかったんだが、随分と余裕を無くしていたようだ。
しばらくそのままでいたが、やがて身体を起こすと頭をブルリと振って勉強の続きを始めた。




