27 新生活(紫苑視点)
雅樹の部屋を出ると自分の部屋に戻り、そのままベッドへとダイブする。
……あー、もう!
同じ屋根の下にいるのに手も出せないなんて、生殺し以外何物でもない。
そのまま昂ぶった気持ちを抑えていると、由梨江さんの「紫苑君、ご飯よ」という声が聞こえた。
雅樹にも声をかけていたから、このまま部屋を出ると鉢合わせするかな?
だが、僕が部屋を出ても雅樹の部屋の扉は開かない。
先に部屋を出た様子はなかったから、まだ部屋にいるんだろう。
そこで僕は先ほどの顔を真っ赤にした雅樹を思い出した。
まだ赤い顔をしているんだろうか?
そうだとすると、少しは僕を意識してくれていると自惚れてもいいんだろうか?
いや、焦っちゃ駄目だ。
焦って嫌われたら元も子もないからな。
僕がリビングに入って父さんの前に腰を下ろすと、あまり間を置かずに雅樹が僕の隣に座った。
隣と言ってもこの大きなダイニングテーブルでは、もう一人間に座れるくらいの余裕がある。
……もう少し小さなテーブルでも良かったのに……。
そう思いながらも口には出さずに、目の前に並べられた引っ越し蕎麦をすする。
隣に雅樹が座っているというだけで、どんな料理も美味しく感じられるようだ。
自分がこんなに単純な人間だとは今まで気づかなかったな。
食事を終えて自分の食器を下げると、僕はそのまま自分の部屋へと戻った。
夏休みの宿題が残っているし、何より新婚夫婦の邪魔をするつもりはない。
僕の背後で雅樹も「僕も宿題を済ませるね」と告げているのが聞こえた。
雅樹も早々に二人から離れる事に決めたようだ。
壁を挟んだ隣に雅樹がいる。
それだけでこの先の生活がバラ色に輝いているようだ。
僕は鼻歌交じりで宿題を片付けるのだった。
翌朝はいつもの時間に目が覚めた。
父さんと二人きりの生活の時は、惰眠を貪っていたが、今は由梨江さんと雅樹がいる。
あまり自堕落な生活態度は見せられない。
起きて着替えようかと思っていると、雅樹が部屋を出る音が聞こえた。
僕もすぐに部屋を出ようかと思ったが、少し時間をおいて部屋を出た。
ちょうど父さんが出勤した後のようで、見送りを終えた由梨江さんがリビングに入るのが見えた。
僕が続いてリビングに入ると
「おはよう、紫苑君。朝ご飯は?」
と尋ねられた。
「あ、自分でやるから大丈夫です」
由梨江さんを制して、僕は自分の朝食の準備を始める。
先にこのマンションで生活していたので、どこに何があるかは把握している。
トーストを焼きながら雅樹の様子を窺ったが、雅樹はこちらには目もくれずに一心にトーストに齧りついている。
おっと。
あまり見ていると怪しまれるかな。
僕が席に着くと同時に、食事を終えた雅樹が立ち上がる。
特に会話を交わす事もなく、雅樹は自室へと向かった。
少し寂しく思いながら、トーストをかじっていると由梨江さんがリビングに戻ってきた。
「あら? 雅樹は?」
「もう部屋に戻ったみたいですよ」
「紫苑君を一人にするなんて……」
由梨江さんは少し憤慨しているが、別に僕は気にしていない。
「まだ、始まったばかりですからね。大丈夫ですよ、お義母さん」
そう呼びかけると、由梨江さんは感激したように目をうるうるとさせている。
案外と単純だな。
まあ、父さんと仲良くやってもらえればそれに越したことはない。
僕は食器を下げると、リビングを出て自室に戻った。




