26 顎クイ(紫苑視点)
雅樹はリビングから出てくると後ろ手に扉を閉めて、ふうっとため息をついている。
その様子が可笑しくて、ついからかいの言葉を口にする。
「新婚夫婦の邪魔をするなんて無粋な奴だな。それとも二人がいちゃつくのを見たかったのか?」
すると、雅樹はムッとしたような顔をして言い返そうとしたが、扉の向こうに二人がいるのを思い出したようで、少し小声で返してきた。
「そんなんじゃないよ」
ちょっと顔が赤いように見えるのは気のせいかな。
「それより、僕に何か言いたい事があるんだろう?」
そう告げると雅樹はちょっと驚いたような顔になる。
本当にわかりやすい奴だな。
雅樹はちょっと迷った挙句、
「ここで立ち話もなんだから、僕の部屋に行こう」
と、先に立って歩き出した。
まさか、こんなに早く雅樹の部屋に入れるなんて思っていなかった僕は少し弾んだ足取りで雅樹の後をついていく。
「どうぞ」
雅樹は部屋の扉を開いて僕を入れてくれる。
雅樹がどんな物を持っているのか興味があった僕はついついキョロキョロと部屋の中を見回した。
「案外、荷物が少ないんだな」
クローゼットは造り付けだから、タンスがないのは当然だが、それでもかなり少ないと言える。
まあ、僕の部屋も似たり寄ったりだからあまり言えないけどね。
「…この部屋が広すぎるんだよ」
ポツリと呟く雅樹を無視して僕はさっさと雅樹のベッドの上に腰を下ろした。
フローリングの床は剥き出しだから、座るとしたらベッドの上か学習机の前の椅子しかないんだよね。
そうなれば、僕がどちらに座りたいかと言えば、当然ベッドの上になる。
ここで雅樹が寝ているなんて、今すぐにでも僕もベッドに寝っ転がりたい気分だ。
だが、流石にそんな無作法な真似はしたくない。
どうせ寝っ転がるんなら、雅樹と一緒がいいに決まっている。
僕が腰を下ろしたのを見て、雅樹は椅子の向きを変えると、僕に向き合うように腰を下ろした。
そこから語りだした話は先ほど立ち聞きしていた内容とほぼ同じものだった。
僕は初めて聞くフリをして雅樹の言葉に耳を傾ける。
「そういう事なら仕方がないかな。彼女達には僕も少々手を焼いているんでね」
雅樹が僕や両親に対して負い目を持たないようにそう告げると、雅樹は安堵したような表情を見せた。
そんな雅樹にちょっと意地悪をしたくなった。
「せっかく女の子が寄ってくるチャンスなのに、ふいにしても良いのか? もしかしたら好みの女の子がいるかもしれないぞ」
すると雅樹はちょっと不貞腐れたような顔をする。
「紫苑の事を好きな子が僕を好きになるわけないだろ。まるで雰囲気が違うのに。こんな童顔の男なんて相手にされないよ」
どうやら雅樹は自分が童顔なのを気にしているようだ。
そんな事を言わせたかったわけじゃないのに。
僕は立ち上がると雅樹の前に立ち、上から見下ろした。
僕は雅樹の顎に手をかけるとそのまま上に持ち上げた。
いわゆる顎クイってやつだ。
少したじろいだ雅樹の瞳の中に僕の姿が映る。
僕は雅樹に向かって柔らかく微笑んだ。
「少なくとも僕は雅樹の顔が好きだけどね」
そのまま雅樹へと顔を近づける。
雅樹の唇にキスをしたかったけれど、まだその時ではないと何とか思いとどまり、軽く頬をかすめるだけに留める。
顔を真っ赤にしている雅樹をその場に残すと僕は雅樹の部屋を出ていった。




