↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
8/54

第8話「意図せぬ束縛」

 


 次の日。


 朝、堀田(ほった)は迎えに行った君野(きみの)の様子がおかしいことに気づいた。


 玄関先で、不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「……あの、どちら様でしょうか」


 まるで家を間違えた人を見るような、警戒の眼差し。


 昨日のキスが原因か?…でも……


 堀田は混乱する頭を落ち着かせるために目を瞑り、一度息を止め、ゆっくりと吐き出した。


「……怖がらせて悪い、君野。俺はお前のそばにいる人間だ」


 最初から恋人とは言わない。余計怖がらせてしまう。


 慎重に距離を縮める。


 それが、いつものやり方だった。


「俺が怖いか?」


「ううん……同じ学校の人だから……」


 君野は眉を下げたまま答えた。


 長年この付き合いをしていて、こんな事初めてだった。


 俺がキスをしても、君野の記憶が消えずに次の日を迎えたこと。


 あの日、何が違った?


 ……思い当たることは1つしかない。


 君野はその日、白黒(しろくろ)きいろにキスされていたのかもしれない。


 ――まさか。


 あいつのキスが、俺のキスを打ち消したのか?




「堀田くん、おはよう!いってらっしゃーい!」


 君野の母親が笑顔で送り出す。母親が顔見知りと知るやいなや、君野はすぐに安心したように表情を和らげた。


 それを見た堀田は、早口で答えた。


「実はさ、俺たち、友達じゃない。本当は恋人同士なんだ」


「あ、そうなの?僕、恋人いたの知らなかった」


「……俺でいいよな?」


「うん!いてくれてよかった」


 その言葉に救われる。


 なのに頭の片隅では、俺の存在がなかった今朝の数時間、あいつのことを考えていたんじゃないかという不安が離れない。


 ……落ち着け。


 そう言い聞かせても、口から出たのは焦りだけだった。


「俺以外に好きな人、いないよな」


「うん。いないよ。今、学校のこと思い出したけど、友達もいなかったし」


「……だ、だよな」


 何を安心してるんだ、俺は。


 堀田は自分の頬を軽く叩いた。


 それでも、聞かずにはいられなかった。


「白黒きいろとは、どんな関係なんだ?」


「きいろくん?なんか、不思議な人なんだ」


「好き、とかじゃないよな?」


「うん。そういうんじゃないよ。でも、僕にイタズラしてくるというか……いきなりキスしてくるんだよね」


 くそっ……!


「……っ」


 好きじゃない。


 それだけで十分だった。


 すると、君野が首を傾げた。


「『2番でいい』って、どういう意味だと思う?」


「は?あいつ、そんなこと言ったのか?」


「うん……。やっぱり、ふざけてるのかなって」


「……」


 2番でいい。


 あいつは、呪いのキスを知っているのか……?


「今日、一歩も俺から離れるな」


「僕、堀田くんの恋人だもんね」


 君野は、どこか嬉しそうに微笑んだ。


 俺だけ忘れられていく。


 本当なら、その首に名前でも刻んでしまいたいくらいだ。


 二度と、俺を忘れないように。




 駅へ向かう道中、堀田は一気にまくし立てた。


「トイレも俺がついていく。個室に入ったら、俺が開けるまで出るな。俺は入口にいる」


「う、うん……」


「白黒に話しかけられても全部切れ。何かあったら全部俺に言え」


「……うん」


「お前は俺を好きだって言ってくれただろ。分かってくれるよな?」


 近くの公園では、セミがけたたましく鳴いている。


 君野が返事をしたかどうか、もう耳に入っていなかった。


「君野!そこ違う!」


「あっ……ごめん」


 学校へ着き、下駄箱を開けようとした君野は、一つ下にある白黒きいろの下駄箱へ手を伸ばしていた。


「……悪い。大声出して」


「ううん……大丈夫」


 君野は小さく一歩下がり、そのまま俯いた。


 その姿を見て、胸の奥が痛んだ。


 守りたいだけなのに。


 どうして、俺のそばでそんな顔をするんだ。


 気まずい空気のまま、ホームルームが終わった。


 君野は後ろのロッカーへ参考書を取りに向かう。


 真ん中の段のロッカーの前でしゃがむと、すぐ隣で白黒きいろも同じようにしゃがんでいた。


「あ……」


 一瞬だけ、目が合う。


 君野はすぐに視線を落とした。


 ――3時間目。


 僕はトイレへ向かおうとしたが、堀田くんの姿が見当たらなかった。


「藤井くん、堀田くんは?」


 前の席の藤井が振り返る。


「ああ、さっき先生に呼ばれてたな」


「まだかかりそうかな……」


「どうだろうな。何かあった?」


「……ううん」


 さすがに、「トイレについて来てほしい」とは言えない。


「……仕方ないもん」


 1人でトイレを済ませ、急いで教室へ戻る。


 まだ堀田は戻ってきていなかった。


 ほっと胸をなで下ろし、自分の席へ座る。


 怒られずに済んだ。


 そう思ってから、胸の奥が少しだけ苦しくなった。


 どうして僕は、恋人に怒られないことに安心してるんだろう。


 僕はため息をついた。


 しばらくして堀田が戻り、隣の席へ腰を下ろした。


「堀田くん、用事はなんだったの?」


「ああ、テキトーに書いた時事の俳句が良かったから、コンテストに出したいって。それだけ」


「え!すごいね!」


「別に嬉しくない。なんか、こういうところで変な能力発揮することあるよな」


「あるある!僕、ビンゴ大会で最後まで残ったことある!」


「それ、能力なのか?」


「でも、堀田くんにはきっと、すごい潜在能力があるんだよ!」


 堀田くんが笑った。


 それだけで、また少しほっとした。


 ――僕、ずっと堀田くんの機嫌をうかがってる。


 そう気づいた途端、さっきより胸が苦しくなった。




 ――放課後。


 君野は担当の掃除場所である、2階へ続く階段へ向かい、掃除用具入れに手をかけた。


「君野!どういうことだ?」


 突然名前を呼ばれ、肩がびくりと跳ねた。


 振り返ると、顔をしかめた堀田が一直線に歩いてくる。


「3時間目、1人でトイレに行ったんだってな」


「え?あ……いや、あれはだって……堀田くんがいなかったから……」


「行くのはいい。なんで俺に報告しなかった?」


「……ごめん」


「ごめんじゃない!俺、ちゃんと言ったよな?報告してくれって!」


「何もなかったよ……」


「それ、言い切れるのか!」


「ほ、本当だよ……」


「……何かあったから言えないんじゃないのか」


「ごめん……」


「謝るんじゃなくて、俺に分かるように説明しろよ……!」


 もう、これ以上そんな怖い顔を見たくない。


 君野の目に涙が浮かんだ。


 それを見た堀田は、はっと表情を変えた。


「……悪い。泣かせるつもりじゃなかった」


「ううん……僕が悪いから」


「ッ……!」


 堀田は床を思い切り蹴り飛ばした。


 その音に、君野の肩がまた跳ねる。


「……悪い」


 堀田は顔を伏せたまま、それ以上何も言わなかった。


「……」


 彼は僕を守ろうとしてくれている。


 それは分かっている。


 なのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。


 2人は重たい空気のまま、ほうきを手に階段の掃き掃除を始めた。


 堀田は下から。


 君野は上から。


 それぞれ掃き進め、君野が3階へたどり着いた、その時だった。


「!?」


 突然、後ろから腕が回り、口を塞がれる。


 手から離れたほうきだけが、カタン、カタンと音を立てて2階まで転がり落ちていった。


「君野!?」


 階下から堀田の声が響く。


 声を出そうとしても、口を塞がれていて何も言えない。


 そのまま体を引かれ、廊下の奥へ連れていかれる。


 連れて来られたのは、堀田とは反対方向にある見知らぬ教室だった。


 3年生の教室らしい。


 白黒きいろは何事もなかったように中へ入り、外へ出られないよう扉を閉める。


 そのまま君野を床へ座らせ、自分もあぐらをかくと、後ろから腕を回した。


 シートベルトのように、体を包み込まれる。


「どうしてこんなことするの?」


 君野は不安になり、身をよじって抜け出そうとした。


 耳元で、きいろが静かに言う。


「今はここにいろ」


「そんなこと言ってる場合じゃない……戻らないと……!」


「外で何が鳴いてる」


「……セミ」


「それでいい」


「でも――」


「黙ってろ」


 短く言い切られた。


 君野は抵抗をやめた。


 どうせ、逃げられない。


 肩から力が抜け、体が自然ときいろへもたれかかる。


 前髪を揺らす風。


 忙しなく鳴くセミ。


 どこかの家から聞こえる風鈴。


 遠くで流れるピアノの音。


 ――あれ。


 こんなに、いろんな音があったんだ。


 すると、腰に回された腕が少しだけ緩んだ。


「蚊を潰すまでと同じだ」


「それって、どういう意味?」


「今だけだ。潰したら終わる」


「……」


 ぽたり、と涙が一粒こぼれ落ちた。


 どうして泣いたのか、自分でも分からなかった。


 ただ、背中から伝わる温もりに触れていると、朝からずっと張り詰めていたものが、少しずつほどけていく。


 すぐ後ろの3年生の教室では、帰りの会が始まっていた。


 しばらくは、ここから出られそうにない。


 それなのに。


 君野はもう抵抗することなく、そのままきいろへ身を預けた。


 ――もう、このまま離れたくなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。