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第49話「未完成」


白黒(しろくろ)。お前さ…」


 君野(きみの)を保健室へ送り届けたあと、神妙な面持ちで1人教室へ戻ってきたきいろに、堀田(ほった)が声をかけた。


「なんだ」


「…俺は信じてるからな!」


「誰を?」


「お前だ!!抜け駆け…するなよ!」


「俺はそういう道理で動いていない」


「なんだよ…じゃあ何で動いてんだよ!!」


 堀田はイーッと顔を歪める。


「お前のことなんか考えてない。爺さんの脚本通りでも、そうでなくてもな」


「おい!!こんな状況でよく言えるな!俺達がギスギスしてどうすんだよ!」


 きいろは堀田の叫びを背中で受け流し、パタンと机に突っ伏した。


 もう、お前の話は聞いてやらない。


 そんな露骨な態度だった。


「なんだよ…このままじゃ本当に爺さんの思い通りになるだろ!いいのかよ!俺達や君野がどうなっても…!」


 しかし、返事はもう返ってこなかった。


 なんであんな自由人なんだ…もうどうしたらいいッッ…!!!


「なんか…なんかないのか…!」


 そうだ…。


 爺さんの過去の作品とか、関係者とか、どこかにいないのか?


 いや、調べた。


 だが、写真1枚すら出てこなかった。


 もっと…もっとちゃんと調べてみよう!!


「くっ…諦めるな堀田…!! こんなことで…!!!」


 目玉の輪郭がわかるくらい両手で顔を覆う。


 太眉をぐにゃぐにゃと動かし、内側からみなぎる力を蒸気機関車のように燃やした。


「俺が運命を変えて君野を幸せにする!! 一生かけてそうするって決めたんだ!」


 みなぎる力を天にぶつけるように、片手の拳を高く掲げた。


 その声を数列後ろで聞いていたきいろは、肘から少しだけ顔を上げ、目だけを向ける。


「暴走機関車が…」


 低くそう吐き捨てると、再び机に突っ伏した。




「早退するのか?」


「うん…本当に熱があったみたい…」


 1時間の休憩後、教室へ戻ってきた君野は堀田に小さく呟く。


 色々な思いがまだ頭の中でごちゃごちゃしていたが、それを振り払うように病弱の君野をぎゅっと抱きしめた。


「…じゃあな。また明日」


「うん。またね」


 君野はそう言って、何事もなかったように微笑む。


 天使は母親が迎えに来ると、そのまま下駄箱へ消えていった。


「…はあ」


 数時間の授業が終わったあと、1人ぼっちの昼を過ごす。


 藤井らに一緒に食べないかと声をかけられたが、今はそんな気分でもない。


「ルネ爺…ルネ爺…」


 おにぎりを頬張りながら、昼だけ使用を許されているスマホをポケットから取り出した。


 あの爺さんの痕跡は少ない。


 あるのは数年前に更新が止まっている数件の個人ブログと、それとは別人のSNSでバズった絵の紹介動画だけ。


 堀田は思い切って新規アカウントを取得し、その投稿者へフォロー申請を送った。


 どうやらフォロワーになるにも相手の許可が必要らしい。


 そしてネットの海を深く潜り、ようやく見つけた個人ブログには、爺についてこう書かれていた。


 若い頃、現地フランスで腕時計職人として働いていたらしい。


 独立前から腕は有名だったという。


 しかし、その頃から怪我の多い人だった。


「怪我の多い…?」


 その一文で、堀田の思考が止まる。


 未来を削って作る。


 怪我――つまり、代償。


 さらに調べると、腕時計は1本に数か月、こだわれば1年。


 もし未来を代償にしていたなら、あのからくり時計は――


「相当、削ったはずだろ…」


 とにかく、とてつもない心血を注いで作ったということだ。


 未来の息子を守るためだったのか。


 それとも、それを口実に最高傑作を作りたかっただけなのか…。


「あ…」


 目のない天使。


 そして、鳴らなかった12時。


「……使い切って、終われなかった?」


 堀田は唾を飲み込む。


 未完成。


 未来を削り続けた結果、最後まで作り切れなかったのか。


 それとも――あえて最後だけは終わらせなかったのか。


 時任先輩の人形も、足が外れた。


 あれも未完成だったってことなのか……?


 なら、あのからくり時計はどうだ。


 12時を鳴らさなかったのは人的ミスなのか。


 それとも、あれ自体が未完成だったのか。


 堀田は最後のおにぎりを口へ放り込む。


 息子に絵を描かせていたのは、そういう愛し方しかできなかった、ただの不器用な父親…。


 だが、まだ爺さんの意図が読めない。


 もし、からくり時計のラストが本当に作られていないのだとしたら――


 それは一体、どんな意味を持っているんだ?


「未完成にすることで……終わりを避けた、とか…?」


 堀田は頬杖をつき、もう一度唾を飲み込む。



 そうだ。


 役所に電話して、あのからくり時計のラストがどうなる予定だったのか聞いてみよう。


 それくらいはできるはずだ。


 堀田はスクッと立ち上がると、スマホを握り、静かな場所へ向かって教室を飛び出した。


 その流れで向かったのは美術室だった。


 色々考えていたら、あの目のない天使を見たくなった。


 幸い鍵は開いている。


 先ほど、どこかの授業で使っていたのか、アクリル絵の具の独特な匂いとカビ臭さが混ざり合っている。


 静かで、もう爺さんも、あの美術室の彼女もいない。


 目のない天使は白い布と縄で厳重に封じられていた。


 それでも君野の前では、いつの間にか姿をさらけ出す。


 だが、堀田が近づいても絵は何の反応も見せなかった。


 俺には、まったく用はないってことか。


 目のない天使を長机へ運び、紐をほどく。


 その頃、教室には保留音だけが流れていた。


「もしもし、はい……観光振興課ですか。駅前のからくり時計についてお聞きしたくて……はい……」


 昼休みが終わるまであと8分。


 右足を小刻みに揺らしながら、担当へ取り次がれるのを待つ。


 堀田はその間、電話を長机の上へ置いてスピーカーモードにし、保留音を聞きながら目のない天使を鑑定士のように様々な角度から眺めた。


「あれ……」


 キャンバスを裏返した堀田は、その裏側に違和感のある黒い汚れを見つける。


 煤けて読めなくなっているが、何か文字が書かれていた跡がある。


「この絵のタイトル……?サイン?」


 英語のような筆記体。


 もしタイトルなら、何と名付けていたんだろう。


「……絶望か、希望か」


『――お待たせしました。堀田様――』


「あっ!はい!あの、駅前のからくり時計についてお聞きしたくて電話しました!」


 すっかり電話の存在を忘れていた堀田は、スピーカーモードだったことも忘れ、慌ててスマホを耳に当てた。




 その放課後――


「おい」


 下駄箱にいたきいろへ、堀田は声をかけた。


 一瞬だけ目を向けたきいろは、そのまま靴を履き続ける。


「からくり時計も、天使も、最後は意図的に作られてない気がするんだ」


 帰ろうとする彼へ、堀田は食い下がる。


「未来を削って作ってたなら、最後まで作れなかった可能性あるだろ?」


「……」


「12時が無いってことは、終わりは決まってないってことだろ!」


 堀田の説明にも、きいろは聞きたくないと言わんばかりに校舎を出ていく。


 しかし堀田は、その背中を追いながら説明を続けた。


「からくり時計、目のない天使、ギャルの足、モデルだった君野の絵……未来を使い果たしていたなら、全部完成できなかったって考えられないか!?」


「思わない」


「目のない天使にはタイトルがあったかもしれないんだ!この天使に何て名前を付けたのか。それだけでも未来がわかる気がしないか?」


 その言葉に、きいろの足が止まる。


「でも、ルネ爺の絵を紹介してたアカウント、動画が非公開になっててさ。他にどんな作品を描いてたのか……それだけでもわかれば」


「もうやめろ」


「なんでだよ!」


「……意味ない」


「わからないだろ!からくり時計の最後は決まってないんだ!」


「なぜそう言える。何もかも消えたという意味にも取れる」


「……けど!」


「もう関わるな。お前は特に関係ない」


 きいろはそれ以上振り返ることなく、1人で歩き去っていった。


「なんだよ……いくらなんでも……!」


 なぜここまできて、あんなに非協力的でいられる?


 最悪、みんな消えてしまうかもしれないんだぞ……!


「くそっ……!」


 堀田はやるせない気持ちをぶつけるように、思わず下駄箱を蹴った。


 鈍い音だけが静かな廊下に響いた。


 その放課後――


「おい」


 下駄箱にいたきいろへ、堀田は声をかけた。


 一瞬だけ目を向けたきいろは、そのまま靴を履き続ける。


「からくり時計も、天使も、最後は意図的に作られてない気がするんだ」


 帰ろうとする彼へ、堀田はまたも食い下がった。


「未来を削って作ってたなら、最後まで作れなかった可能性あるだろ?」


「……」


「12時が無いってことは、終わりは決まってないってことだろ!」


 堀田の説明にも、きいろは聞きたくないと言わんばかりに校舎を出ていく。


 しかし堀田は、その背中を追いながら説明を続けた。


「からくり時計、目のない天使、ギャルの足、モデルだった君野の絵……未来を使い果たしていたなら、全部完成できなかったって考えられないか!?」


「思わない」


「目のない天使にはタイトルがあったかもしれないんだ! この天使に何て名前をつけたのか。それだけでも未来がわかる気がしないか?」


 その言葉に、きいろの足が止まる。


「でも、ルネ爺の絵を紹介してたアカウント、動画が非公開になっててさ。他にどんな作品を描いてたのか……それだけでもわかれば」


「もうやめろ」


「なんでだよ!」


「……意味ない」


「わからないだろ!からくり時計の最後は決まってないんだ!」


「なぜそう言える。何もかも消えたという意味にも取れる」


「……けど!」


「もう関わるな。お前は特に関係ない」


 きいろはそれ以上振り返ることなく、1人で歩き去っていった。


「なんだよ……いくらなんでも……!」


 なぜここまできて、あんなに非協力的でいられる?


 最悪、みんな消えてしまうかもしれないんだぞ……!


「くそっ……!」


 堀田はやるせない気持ちをぶつけるように、思わず下駄箱を蹴った。


 鈍い音だけが静かな廊下に響いた。




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