第41話「飴チャレンジ」
数日後――
「白黒。俺たちは協力するべきだ!」
朝。
堀田は学校の下駄箱で出くわしたきいろに切り出した。
というのも、ここ数日でまた変化があった。
茜が言うには、君野は毎日のように夜、窓際へ立つようになった。
そしてポーズを取ったあと、窓ガラスへ恍惚の表情でキスをする。
……君野を救うには、環境を整えるしかない。
「俺たちの険悪な空気をほどいて、君野に良い記憶を潜在意識へ残せば、連れて行かれないかもしれない!」
「……そうだな」
きいろは下駄箱から出した上履きをバサッと床へ置くが、相変わらずこちらには関心を見せない。
「それでさ、お前、今度いつ暇?」
「……」
「おい! 待てって!」
廊下を歩き出した彼を止めようと、前へ回り込む。
「な!お前君野の家に行ったんだろ!?だから土曜日、何が何でも来い!わかったな!」
「なにをする」
「な、なにって……お菓子パーティーとか?」
そう言った瞬間、きいろは肩へ掛けたカバンを堀田の肩へぶつけ、そのまま1人で教室へ向かっていった。
……そうだ。
美術室へ来たように、今回もきっと来てくれる。
「なにがあっても幸せに過ごすこと……」
とにかく、君野に爺さんより俺たちといた方が楽しいと思わせなければ……!
堀田は両手をぎゅっと握り、歯を食いしばった。
そして、3日後の土曜日。
「今日はあ、しっかりい、ハピハピにいくんだよお」
堀田の手提げカバンの中には茜人形。
お菓子パーティーと言った手前、それなりのお菓子も詰め込んできた。
その後ろでは、幽体の茜が宙へ浮かび、入りたてのチアガールのようにきゃっきゃと応援してくれる。
「私に続けて繰り返して! ハッピー!」
「……ハッピー」
「バビバビヘブン!!」
「バビバビヘブン」
コンクリートへ映る己の影を見つめていた目が、ようやくまっすぐ前を向く。
いつの間にか、君野の家が見えていた。
このドキドキは、空手の全国大会、その試合前の緊張感に似ていた。
胸へ手を当て、これから大事な試合へ臨むように精神統一する。
今日はぜっっっっったい……!!!
何があっても、白黒とは喧嘩しない!
「落ち着け堀田……蹴りを入れるな……」
もちろん、蹴られてもいけない。
君野の前では、暴力も怒るのも禁止!
「バビバビヘブン!!」
堀田の突然の呪文に、茜がビクッと驚く。
君野の家のチャイムを鳴らすと、エプロン姿の母親が応対してくれた。
そういや、今日の朝はちっとも連絡が返ってこなかった。
先輩が言うには、昨日も爺さんに導かれ、記憶が消えている可能性が高いという。
君野の場合、休みの日は調子がいいと午後1時まで寝ている。
それは、よくあることだった。
「あら、いらっしゃい!今日は賑やかね~」
玄関で、君野の母が出迎えてくれた。
「ということは、白黒もう来てます?」
「来てるわよ。1時間前に」
「え?そんなに早く?」
待て、まだ8時だぞ?
堀田の表情が一瞬険しくなる。
玄関の靴を見ると、君野の父親の靴かと思うほど大きな、見覚えのない黒い靴が並んでいた。
「いいですか?俺も」
「もちろん!上がって!」
母親は堀田用の即席のジュースと棚のスナック菓子を持たせてくれる。
そして少し足早に、2階の君野の部屋の前まで案内した。
「君野ー、入るぞ」
ノックをしたが、返事はない。
まさか、中で変なことしてないよな!?
そんな不安を抱えたまま、返事を待たずにドアノブを引く。
そして、中の光景が視界へ飛び込んできた瞬間だった。
「なっっ!?」
堀田は面食らい、持っていたコップの清涼飲料水を床へ落としそうになるのを、慌ててこらえた。
なんと、きいろがこちらへ背を向け、君野とベッドへ座って向かい合っていた。
まさにキス寸前の距離だった。
カーーーッと頭へ血が上った堀田は、その裏切り行為に、早くも閻魔大王のような形相になる。
「お前!!俺言っただ……」
3歩進み、ようやく2人の口元が見えた、その時だった。
「ひゃっ!?」
茜は興奮気味に口元へ手を当て、堀田の眉間にはさらに深いシワが刻まれる。
きいろの背中越しに、無垢な君野の視線だけがこちらを向いた。
奇妙なことに、2人の唇と唇は、白い1本のタコ糸でつながっている。
糸の先にある何かをくわえ、お互い引っ張り合って勝負しているようだった。
「な……なにしてんだ」
すると、バサッ!!
突然、きいろが真後ろへ倒れた。
口にくわえていたものが外れ、そのままベッドへ倒れ込む。
君野の唇からは糸が垂れ下がっていた。
きいろがくわえていた先端の部分だ。
そこを見ると、溶けかけた飴がわずかに残っている。
「やった!僕の勝ち!」
君野は口から糸を外し、両手を天へ掲げて喜んだ。
「な、なにしてんだ?」
「あれ??きいろくんのお友達?」
「そうだ!それよりも、それは何だ?」
堀田は2人の口元を指差した。
「きいろくんが考案した飴チャレンジ!糸の先の飴をくわえて、お互いを見つめ合いながら唾液を出さないように耐えるんだって。見つめ合って相手の唾液を促して、溶けたら負けなんだ!」
何の迷いもなく、天使がにこやかに笑う。
「時任さん、こんち!」
「こんち!」
彼女だけ覚えている君野は、2人だけが通じ合う挨拶を交わした。
堀田はベッドで無表情に倒れているきいろを怪訝そうに覗き込む。
黒目が天井へ固定されたまま、ピクリとも動かない。
え? 死んだ?
「……おい」
堀田が声を掛けても、なかなか起き上がらない。
どういうゲームだ?
君野の可愛さに負けて、唾液を出しすぎたってことか……?
その近くのテーブルには、透明な袋へ入った同じような糸付きの飴が、ザラメ糖をまぶして並べられていた。
「こんな飴、どこに売ってんだよ」
「きいろくんの手作りらしいよ。昨日、夜な夜な果汁を絞って、型へ三角錐っぽく成形したって」
「手作り!!?」
堀田はその執念に驚くと同時に、どう捉えていいのかわからない感覚に鳥肌が立つ。
そのクオリティは、駄菓子屋で売られていても不思議ではないほど色とりどりだった。
あまりの手の込みように、堀田の怒りは戸惑いへ変わる。
あの爺さんの血を受け継いでいるだけある……。
「私も飴食べたーい!」
茜はそう言って、ちゃっかりピンク色の飴を1個食べた。
「きいろくん。きいろくんのお友達ともやってみていい?」
「ああ」
きいろはそう返し、ようやく体を起こした。
「え?俺も?」
戸惑う堀田へ、きいろはテーブルの上から赤い糸でつながれた飴を取り、差し出した。
「いいのか?」
それに、きいろはコクッと1つ頷く。
堀田も君野と向かい合った。
「よし……!」
堀田は飴をくわえると、糸が前へ引っ張られる。
はっっっ……!!!
飴をくわえた君野の、ガラスのように大きな瞳が堀田を捉えた。
まごうことなき絶景。
短い糸。
唇や鼻、顔中の皮膚がゾワゾワする。
「っっ!!」
そのまま引っ張ると、君野の首が自然に傾き、こちらを見上げる形になった。
「ンンンッッ!」
飴が溶け、口の中から消える。
気づくと、堀田は真後ろへ倒れていた。
「はあ……」
先ほどのきいろと同じように、天井を見上げる。
「やった!!僕の勝ち!!」
君野は無邪気に喜び、糸をゴミ箱へ捨てに行く。
その瞬間、きいろが囁いた。
「……切れたな。お前らの赤い糸」
「なにっ!?」
「どうしたの?」
君野が振り返ると、きいろは何でもないという顔で居直る。
堀田は静かに怒りを燃やした。
こいつ……!!
「ねえねえ。2人も対決して!2位決定戦!」
君野は無邪気に言う。
堀田は迷わず飴を取り出した。
「野郎!勝負だ!!」
きいろはふんと鼻を鳴らす。
堀田は飴をくわえ、その反対側をきいろへ差し出した。
茜がキャーキャーと騒ぐ中、飴の引っ張り合いが始まった。




