第33話「午後6時のカラクリ時計」
午後6時前、約束通り3人は駅前のからくり時計の前に立っていた。
ギャル茜は堀田と君野の間に立つ。
そして神に祈るように両手を組み、時計の中のロナウドの姿を待っていた。
寒空の下、あたりはもう真っ暗だ。
学生の波はとうに消え、今は会社員たちが駅の光へ吸い込まれていく。
中の照明と街灯に照らされたからくり時計は、どこか幻想的だった。
君野はポツリと呟いた。
「淋しいね。もう、これが見られなくなっちゃうなんて…」
「…ああ」
堀田は、なんと答えればいいのかわからなかった。
あの爺さんの作品だ。
こうして夢中で見上げている今も、この時計が街を支配しているような気さえする。
この時計は爺さんが1から作り上げ、15年もの歳月を費やしたらしい。
ネットでそんな情報を知った。
中の装置も、人形も……
何のために、こんなものを作ったんだ。
「58分になった」
時を刻む瞬間は、いつもと変わらないはず。
それでも針が頂点へ近づくにつれ、胸は緊張でいっぱいになっていく。
静かにその時を待つ間も、堀田の頭には様々な思いが巡っていた。
すると、ゴーン……ゴーン……と鐘が鳴る。
「きたきた…!」
堀田は勢いで君野の肩へ手を回した。
しかし君野は、こちらには目もくれず、目の前の時計に夢中だった。
「ロナウドーー!!」
茜が絶叫し、その場でぴょんぴょん跳ねる。
開いた時計盤から現れたのは、妖精たちに囲まれた人形。
カクカクと動きながら、奥から次々とせり出してくる。
コンベアのような台が伸びると、地面のスライドから光沢のある2体の人形が姿を現した。
茜が「ロナウド」と呼ぶのは、肩まである黒髪に白装束をまとった人形だった。
白黒と言われれば、どこか似ている気もする……。
ある程度その展開を見届けると、堀田は隣の君野へ目を向けた。
きらきらと輝く瞳に映っているのは、あのからくり時計だけだった。
連れて行かれる――
もう二度と、戻ってこないかもしれない……。
そんな不安が波のように押し寄せた。
「君野……もう見るな……」
肩を掴む。
それでも、動かない。
時計を見上げる人が、少しずつ増えていく。
みんな、あの時計に吸い寄せられていく。
返事がない。
君野が連れて行かれる……!
「行くな!!」
その視界を塞いだのは、堀田のキスだった。
唇が離れたのは、からくり時計の扉が閉まる頃。
時計の魔法が解けた君野は、唇をぎゅっと噛んだ。
「堀田くん……」
「……もう、帰ろう。な」
「……うん」
君野の手を引くと、6回、ゴーン……ゴーン……と鐘が鳴る。
……見られている。
駅一帯を支配するように鐘の余韻が鳴り響く中、堀田は君野の手を強く握り、自宅へ送り届けるまで一度も離さなかった。
翌日――
堀田は早朝から傘を差し、君野の家へ向かっていた。
曇天で、嫌な天気だった。
今日から衣替え。
冬服の深緑のブレザーを羽織っている。
「ぶわっ!」
道中、足元の小石でバランスを崩した。
一瞬、傘から外れて雨ざらしになり、冷たい雨を頭から浴びてしまう。
「うわっ……最悪」
せっかく出したばかりのブレザーがびちゃびちゃだ。
堀田はため息をつくと、ポケットに入れていた大切なものを取り出した。
「君野のパ……いや、ハンカチ」
赤とグレーの上品な色合い。
彼の家のベランダでよく干されている、あのパンツと同じ色だ。
もうこれを俺に渡したことすら、覚えていない。
「幻のパンツ……って、やめろって」
自分の思考の下衆さに反吐が出そうだ。
彼の家の玄関で辛抱強く待っていると、ようやく玄関のドアが開く。
ゴミ袋を片手に、ふらふらと出てきた君野がいた。
「はっ……!!!」
堀田は思わず、心を撃ち抜かれたような声を漏らした。
君野は深緑のブレザーの中に、明るいクリーム色のカーディガンを羽織っていた。
クリーム色のカーディガンが、黄色い髪によく映える。
天使感が増している……!
「シュークリームの妖精かよ……」
君野はその妙な高い声に反応し、傘を少し持ち上げた。
門を開けようとした手を止め、じっと堀田を見つめる。
「おはようございます……」
「よう。おはよう。学校行くぞ」
堀田は君野の持つゴミ袋を受け取り、そのまま近くのゴミ捨て場へさっさと運ぶ。
あまりにも手慣れた様子に、君野はその場に立ち尽くしていた。
「俺はお前の恋人だ!」
「え?僕の恋人?」
「……携帯の非表示フォルダ見てみ」
今やギャルのおかげで、彼の母を介さなくても説明できる。
2人であのにゃんにゃん写真を見比べると、君野は驚いたような顔をしたあと、くすっと笑った。
「……そうなんだ」
「ああ。嫌か?」
「ううん。僕、学校で親しい人いたっけって思ってたところだったから」
「お前はドジっ子だからな!ちょっとど忘れしただけだ。気にすんな!」
努めて明るく振る舞い、濡れた手を制服で適当に拭いてから、君野の髪を撫でる。
――“いつも通り”が一番いい。
雨で濡れた門に触れ、手を濡らした君野へ例のハンカチを差し出した。
「ありがとう。堀田くんって気が利くんだね」
「ああ。これ、お前が昨日くれたやつ。大事に使ってんだよ」
「え?そうなの?なんかの記念日?」
「いや、そうじゃないけど。その……なんか、感謝みたいな感じでくれたんだ」
「えー!僕、堀田くんのこと相当好きなんだね!」
「そうなのか?」
「だって、なけなしのお小遣いだもん。でも、なんでこの色にしたんだろ?」
「さ、さあな……」
傘の縁から落ちた雨粒が、堀田の額を濡らす。
……いいのか?
お前のお気に入りのパンツと同じ色だぞ?
また、変な楽しみ方が増えてしまう。
堀田は自分の無意識の変態性に気づかないまま、君野と灰色の雨空の下を学校へ向かった。




