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第32話「パンツの念」

「面白い考えだな…そんな絵本でも描いたらどうだ」


 きいろは堀田(ほった)の仮説に、鼻で笑った。堀田はムッとしてこう答えた。


「なら、試してみるか?あの絵を捨ててみて、戻って来るかどうか」


「捨ててもムダだ。俺がこの絵を学校に持ってきて、ようやく落ち着いたからな」


「じゃあ、俺の言うことが間違いだなんて言えないだろ!」


「だが、お前には関係ない…もう関わるな」


 きいろは一度だけ、棚の天使へ目を向ける。

 そして捨て台詞を吐いていなくなってしまった。



「くうううう!関係ないって…!!」


 今さらじゃねえか、そんなの…!!

 俺が部外者なら、なんでギャルの霊がくっついてくるんだ…!!


「……はあ」


 今さら怒ったところで、何も変わらない。


「こうやって、日常って侵食されていくんだな……」


 怖いくらい、それらが普通の出来事になろうとしている。


 君野が奪われたら?誰も知らないなんて答えたら…



「あっ!やべ!」


 堀田はふと壁時計を見上げる。


 あと5分か…!


 そしてようやく君野を長く放置してきたことを思い出し、教室に戻った。



君野(きみの)!!!」


 堀田が慌てて教室に戻ると、君野は食事を終えていた。


 頬を膨らませているかと思いきや、彼はニコニコと笑っている。


「おかえり堀田くん」


「あ、ああ…ただいま。さみしくなかったか?」


「うん。さみしくなかったよ。堀田くんってすごいね」


「え?」


「時任さんの声がして、この人形がさっき動いてたの。なんで動いてるの?って聞いたら、堀田くんが僕のパンツの色が知りた過ぎて、その念で動いてるんだって」


「はあ!?」


「仕組みはよくわからないけど、前に試着した骨伝導イヤホンみたいに声が聞こえたんだ。これ、どんな仕組みなの?」


 堀田の顔は一瞬で真っ青になる。


 あのギャル、また余計なことを!


 目の前でピースサインをして笑っている時任茜(ときとうあかね)


 席をどいた彼女は、まるで執事みたいに椅子にどうぞ!と手を広げる。


 堀田が着席すると、君野は言葉を続けた。


「堀田くん、僕が同じパンツをよく履いているの知ってるんだね」


「はい?」


「時任さんが『堀田くんには私が教えてあげてる』って言ってた」


 君野がそう恥じらいの顔を見せる。

 待て待て!それはギャルの嘘…!


「ちがっ…」


 …待て。


 嫌がってないだと?

 むしろ、いいのか?


「そんな事言われて、お前は嫌じゃないのか?」


「嫌…ではないよ。じゃあ、堀田くんは僕のパンツの色、知れて嬉しい?」


 何だこの会話…


「まあ……嫌じゃないんじゃないか」


「そっか。よかった」


 君野の謎の機嫌の良さに、堀田の心が揺れる。


 お前はそれでいいのか?


 ギャル茜は俺達の机の真ん中でコチラを眺めてニタニタしている。


 堀田は静かに、右手をぎりぎりと拳を作った。




 下校時間になり、堀田は君野の腕を引っ張ってそそくさと学校を出た。


 美術室の時任茜がいないのなら、放課後に長居する必要もない。


「なあ、君野、また学校に突然行きたくなったら、俺に教えてくれ。行くなら俺も一緒についていく!」


「そうなの?堀田くんも目のない天使に用事があるの?」


「違う。俺がその絵に嫉妬してるから。本当は、その絵に会いに行くのもやめてほしい…」


 堀田は顔を真っ赤にして、言葉を伝える。


 …頭ごなしに行くなと言えない。

 どうせ、また記憶は消える。


「なあ、俺の言ってることわかってくれるか?」


「それって…好きなの?」


「ああ、好きじゃなきゃこんな事言わない!」


「堀田くん~私もロナウドに会いたい~」


 茜が口をとがらせて彼の肩を叩く。


「6時にロナウドが時計から出てくるの!だからあ、3時間君野くんとデートしてよ!時間来たらあ、教えてあげるう」


 眉をひそめていた堀田だが、時間が許す限り、君野と一緒にいる理由がほしかった。


「どうしたの?」


 どうやら、君野にはもう彼女の声が聞こえていないらしい。


「ややこしいことになったな……」


「?」


「その、6時のからくり時計の中が見たい…お前と!だから、その間に時間つぶしてくれって…言ってもいいか?」


「あ!僕、ちょうど用事あるからいい?」


「どこにいくんだ?」


「駅なか!そこにあるかなって」


「ん?なにが?」


「堀田くんが好きそうなもの!」


 君野は無邪気に笑い、堀田の腕を引っ張ってその商業施設に向かう。


 少し後ろをついてくるギャルをみると、なにやらクスクスと笑っている。


 なんだなんだ…またなにか作戦を立ててるってことか?


 勘づいている心を隠し、君野の行きたい方向に腕を任せた。


 君野は駅構内の買い物フロアに到着すると、日用雑貨の店を中心に回っていた。

 どうやら、探しているのはハンカチらしく、さっきからそれらを手にとっては色味を気にしている。


「誰かにあげるのか?」


「うん」


「母親の誕生日か?」


「ううん」


 詳しく答えてはくれない。


「堀田くん!これかわいい~へそピ買ってえ~」


 茜が雑貨店のへそピ売り場を指さす。


「は!?」


「お願いお願いお願い~!!ワ・ン・コ・イ・ン~!」


「わかりましたよ…」


 堀田は君野の見ていない隙に、へそピをサッと手に取った。


 へそピを買う恥ずかしさより、駄々をこねる彼女の声の方が耳に悪い。

 君野が目の前で商品を物色している隙に、堀田はそそくさと会計へ向かった。


「きゃー!!やーん!ありがとう!!優しい~!!!」


 ……どっちにしろ、耳が痛くなる運命には変わりないようだ。


 次にやってきたのは婦人服や靴下、ハンカチなどが売っているエリア。


「あった!!」


 すると、君野は少々値段の高いハンカチを選んだ。


「目的のものがあってよかったな」


「うん!…それ、包んでください」


 会計時、君野は店員にそうお願いした。

 レジから離れると、君野は背中を向ける堀田の肩をトントンと叩く。


「堀田くん」


「なんだ?」


「これ。あげる」


「え?俺に?」


「堀田くん僕のパンツの色、気になるって言ったでしょ?だから、これ…お気に入りのパンツと同じ色だから」


「ほ!!?」


 え?は?どういうつもり!??


 一瞬破廉恥(ハレンチ)な言葉が浮かんだが、目の前の君野はネクタイでも渡したかのように平静だった。


「でもなんでだ…?」


「これで、忘れても思い出せるかなって」


「それって…」


 パンツと思って使って良いのかよ…!


「いらなかった?」


「いやいやいや!!ありがとな!!明日から使う!」



 君野が朗らかに笑った。


 …俺が変態すぎなのか?


 だって、君野の顔を見てコレで汗を拭くんだろ?


 口につけてもみるんだろ?


 鼻で嗅いだりもするだろ?


 いやいや!馬鹿か!


 コレはただのハンカチ!


 不埒な考えやめろ!堀田!!


 堀田は気を取り直し、茜が言っていた時間まで、暇つぶしをする。


「お礼になんかカフェで奢るから。6時を待とうぜ」


「いいの?嬉しいっ!僕今アイスの乗ったカフェオレが飲みたい」


「おう。お前の好きなさくらんぼ付きのフロートがある店な」


「うん!行こう!」


 目のない天使の介入ができないようなほど、堀田は君野の肩を組む。


 負けたくない…絵にも白黒(しろくろ)にも…


 堀田は少しでも君野の記憶に残ろうと、飲み慣れない甘いコーヒーフロートを頼んだ。




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