第31話「子守りのギャルと」
「どこにいった?」
堀田が君野を探していると、階段から朝練帰りの生徒たちが戻ってきた。
「おう、おはよう」
バレー部で堀田の親友の藤井が声をかけてくる。
「あれ、堀田。君野は?」
「ああ、どっか行ったまま帰ってこないんだよ」
「美術部じゃないか?」
「え?部?」
「いや、君野、美術部に体験入部してたのかと思ってさ。夏休み中も、始業式のあとも、熱心に美術室へ通ってたらしいな」
「は!?昨日!?」
「あ、知らなかったのか? 昨日の夕方も、君野が私服のまま走って美術室へ向かってたぞ。てっきり絵の具でも盛大にこぼしたのかと思ってた」
「……」
堀田は絶句した。
じゃあ、その時に記憶が消えてしまったのか?
「1人だったのか? 白黒きいろとか、2年の時任茜とかいたか?」
「白黒はいなかったけど……ん?ときとう?」
「元ギャルのだよ!突然絵を描き始めて噂になってただろ!?」
「なんだ?怖い話か?夏はもう終わりだぞ。そんな作り話されても怖がらないって」
藤井は穏やかに笑った。
しかし、本当に時任茜を知らないという反応に、それ以上疑う余地はなかった。
「じゃあな」
藤井はそのまま、後ろから来たバレー部の仲間たちに呼ばれて去っていく。
それを見送ることしかできず、堀田は立ち尽くした。
「マジの幽霊……だったのか?」
「堀田くん~。私、幽霊すぎ~」
ギャル茜は長い爪を手入れしながら、呑気に笑った。
その後、堀田は元カノの美咲や何人かの生徒にも時任茜のことを聞いて回った。
だが、誰1人として彼女を知る者はいなかった。
「なんで……誰も知らないんだ……」
何かが変わった。
悪い意味で、そう感じた。
数分後、ホームルームが始まるギリギリになって君野が教室へ戻ってきた。
堀田はすぐに駆け寄る。
「君野。お前、始業式が終わってからまた学校に向かったのか?」
「うん。先生に怒られたのは覚えてる」
「美術室に行ったのか? 誰かに会ってたのか?」
「目のない天使に会ってた」
「!」
背中に冷たいものが走る。
「会ってたって……あれは絵だぞ? それで、何してた?」
「絵なのに、不思議と『会いに行った』って感覚なんだ。それで、絵にキスしたんだ」
「時任茜を……覚えてるか?」
「うん。……きいろくんっていう人も、彼女を覚えてた」
「そうか。けど、他のみんなは彼女を覚えてないみたいだ」
「じゃあ……幽霊だったのかな?」
君野は不安そうに呟く。
だが、彼女が消えたことを、悲しい思い出として抱えてほしくはなかった。
震える手を悟られないように隠しながら、堀田はそっと君野の髪を撫でた。
昼休み
教室
「あ!!」
堀田は席のすぐ後ろのゴミ箱を見て絶句した。
誰かが飲み終えた紙パックの下に、見覚えのある手紙が捨てられていた。
ベチャベチャになった紙を広げる。
やはり、白黒へ渡したあの手紙だった。
「どういうことだ?拒否ってことか!?」
「腹立つ……!」
こんなことをしている場合じゃない。
そう思っていても、この仕打ちには怒りが込み上げてくる。
……いや。
「読んだから捨てただけ、と考えるのは都合がよすぎるか……?」
「堀田くん……」
「ん?」
ゴミ箱の前でもじもじしていた君野が、おずおずと口を開いた。
「今日……お昼、一緒に食べてくれる?」
「当たり前だろ!食べるに決まってる!」
「よかった!僕、そういえば友達いなかったなって不安になって……」
「友達じゃない!」
「あ、恋人だったね」
「俺の成分が足りないってか!」
「わっ!」
堀田は勢いのまま君野をぎゅっと抱きしめた。
……屈辱的すぎる。
だが、美術室へ行かなければ何も始まらない。
君野はどうする?
ここに残して大丈夫なのか。
「大丈夫! 私がいるう~」
ギャル茜が可愛らしく手を振る。
いつの間にか、堀田の席にちょこんと腰掛けていた。
「ねえねえ。私があやしてあげるからさあ。行ってきなよお~」
……俺の考えが読めてるのか?
「うん。わかってるよお。だから行ってきなよ。大丈夫!いい作戦あるからあ!」
「作戦……?」
「さくせん?」
堀田の独り言に、君野まで小首を傾げる。
しまった。つい声に出してしまった。
――わかった。行く!
君野は任せた……!
心の中でそう念じると、茜は頭の上に両手を乗せ、おどけたポーズを取った。
「君野、ちょっと行ってくるから、先にご飯食べててくれ」
「え?一緒に食べないの?」
「ごめんな。すぐ戻ってくるから、遠慮なく先に食べててくれ」
「……」
君野が寂しそうに堀田を見上げる。
そんな顔をしないでくれ……!
「……すぐ戻ってくる!」
後ろ髪を引かれる思いで、堀田は教室の後ろ口へ向かった。
ふと1年2組を見ると、白黒は自分の席で仲間たちと話している。
堀田はさりげなく背中を人差し指で2回ツンツンと突いて合図を送った。
もちろん、反応はない。
それでも構わず、美術室へ向かうことにした。
美術室には幸い、誰もいなかった。
ここでいつも昼休みにも、あの不気味な時任茜が絵を描いていた。
堀田は待っている間、キャンバスが保管されている奥の棚へ向かい、目のない天使の絵を探す。
「あった……」
保管棚には、1枚だけ明らかに雰囲気の違う本格的な絵が残されていた。
足が震える。
正直、この美術室に来るだけでも怖くて仕方がない。
「燃やす?壊す……?捨てる?」
どこか遠くへ持ち去って土に埋めようか。
誰も来ない廃墟で燃やしてしまおうか。
だが、何をしても無駄な気がした。
この絵に付きまとわれ、呪い殺されるのではないか。
そんな考えが頭をよぎり、さらに足が震える。
ガラッ!
「ひっ!!」
勢いよくドアが開く。
堀田が振り返ると、そこには白黒きいろが立っていた。
まさか、本当に来るとは……!
その驚きを押し殺し、大きく咳払いをする。
「お……おう。来たんだな。手紙、ゴミ箱に捨てたくせに、それでも来るなんてよ」
「見たかったんだよ」
「は?」
「手紙を捨てられた上で、どんな顔してここにいるのか。その馬鹿面を見に来たって言ってんだ」
「なんだと!?」
早速、出鼻をくじかれる。
だが、もう言い争っている場合ではない。
堀田は湧き上がる感情を押さえ込み、静かに息を吐いた。
「俺をからかうためだけに来たのか」
「いいから早くしろ」
「……率直に言う。山小屋で何があったか教えてくれ!!」
「お前がそれを知って何になる」
「あの絵に触れてから全部おかしくなったんだよ! 俺もお前も関係なく、君野から勝手に消えるフェーズに入ってる!」
「へえ」
「あの絵に触れてから全部狂った!もうキスどころの話じゃない!」
「それで何が知りたい」
「お前の過去だ! あの爺さんが未練なく、また天国に戻ってもらう方法を考えようって言ってるんだよ!」
「お前にできることはない」
「本当に何もないのか!? 爺さんの本音とか、なんかさ……!」
すると、きいろは張り付けていたピエロのような笑みを消し、一瞬だけ真顔になった。
「……あの時も俺は、いつも通り火を起こしていた。だが、気がついたら何もかも燃えていた」
「なんだと!? それは、つまりどういうことだ……?」
「さあな。だが……」
「……」
「……俺が燃やしたのかもな」
「!」
「それでもいい」
「違う……!だったら爺さんは逃げていたはずだろ!この絵だって未練がましくこの世に残ってる!まるで、この先に起こることまで見越して、この絵を残したみたいじゃないか!」
その言葉に、きいろはようやく色の宿った瞳を堀田へ向けた。




