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第29話「消えた天使」

 


君野(きみの)!!」


 始業式の翌日。君野の家へ向かおうとしていた堀田(ほった)は、駅前で彼の姿を見つけて声をかけた。


「おはよう!」


「……おはよう……」


 その一瞬で、わかった。


 まただ。


「……えっと……同じ学校の人、ですよね……?」


「……いつだ?」


 また俺との記憶が消えてる?


 昨日、一緒に猫耳を作った時はキスなんてしていないはずだ!


「ええー!どうしちゃったんだろー」


 絶句していると、幽体の(あかね)がオーバーに驚いてみせる。


 だが、今に始まったことではない。


 堀田はすぐに、身に染みついた君野の記憶喪失後の対応へ切り替えた。


 しかし今回はイレギュラーだ。

 彼の母親の干渉がない分、君野は不安でいっぱいに違いない……。


「俺のこと、怖いか?」


「ううん、怖くはないです……」


「同級生だから敬語はいらない。俺たち、同じ高校の同級生で席も隣同士なんだ!」


「……そうなの?じゃあ、なんで忘れちゃったんだろう」


 堀田はその後も、必死に明るく振る舞う。


 なんで忘れた?


 その謎を解明できるまで、恋人だと伝えていいのだろうか。

 君野は、自由になりたくてまた俺を忘れたんじゃないのか。



 その考えが頭から離れない。


「さ、行こう」


「うん!」


 よかった。


 ひとまず信頼はしてくれたようだ。


 なんとも言えない気持ちのまま駅のホームへ向かい、そのまま朝の混雑した電車に乗り込む。


 すると突然、ギャルの気配が消えた。


 朝のすし詰め電車に嫌気がさしたのか、俺のバッグの中へ戻ったようだ。


 堀田はいつも通り、君野を守るように後ろから押し寄せるリュックに背中を押しつぶされていた。


「……大丈夫か?苦しくないか?」


「堀田くんこそ、大丈夫?」


「ああ……」


 上目遣いでこちらを心配する君野。


 俺を知らないせいか、甘えることもなく、どこか放っておけない雰囲気だった。


 次の駅に停車しても、人が次々と反対側の電車から押し寄せてくる。


「ふんぬっ……!」


 堀田は歯を食いしばった。


 後ろの人の手提げバッグが背中に食い込み、地味に痛い。


 それでも堀田は、閉まったドアに手をつき、目の前の君野を守り続ける。


 すると君野は、堀田の肩からぶら下がる重いエナメルバッグを抱えた。


「重いよね。僕が持ってあげる」


「わ、悪いな……」


「ううん。ありがとう。……僕、思っちゃった」


「何を?」


「堀田くんと付き合う人は、きっと幸せなんだろうなあって」


 目の前の天使の微笑みだけで、さっきまでの痛みが吹き飛んだ。



「いてて……背中と腰痛い」


 学校の最寄り駅に到着。


 堀田と君野は思わずホームのベンチへ腰を下ろし、はあっと息をついた。


「僕のせいで体痛めてごめんね」


「お前のせいじゃない。俺が好きでやってたんだ」


 普段、こんな甘ったるいコーヒーなんか飲まない。


 白黒との対峙を前に、俺という存在を少しでも君野に刻み込んでおきたかった。


 2人は駅のホームのベンチに並んで座り、甘くて冷たいコーヒーを飲む。


「あまっ……!」


 押し寄せる甘さに、堀田は思わず前のめりになった。


「微糖」という文字に、いつも騙される。


「堀田くんは甘いコーヒー苦手なの?」


「まあな……あんまり好んでは飲まない」


「じゃあなんで?」


「いや、お前と同じ味を共有しておきたかったんだ。これ、大好きだろ」


「……堀田くんって…もしかして僕のこと好き?」


 少しだけ間が空く。


「……好き」


「そうなんだ……じゃあ、さっき僕の言った言葉……矛盾してなかったんだ」


「……ああ」


 恋人同士だと必死に言い聞かせ続けてきた日々が、少しだけ報われた気がした。


 その時、目の前に現れたギャル茜が何やら身振り手振りで指示を出してくる。


 堀田は思わず2回頷き、エナメルバッグからスマホを取り出した。


「……君野、スマホ出してくれるか?」


 自分のスマホを開きながら、君野にも写真フォルダの非表示フォルダを開くよう伝える。


「え?うん」


「わ!なにこれ?」


 君野は画面に釘付けになった。


 そこには、お互い猫耳をつけ、自分の部屋で並んでピースサインをする2人の写真が何枚も残っていた。


 君野は目の前の堀田と、写真の猫耳姿の堀田を何度も見比べる。


「そんなに見比べるなよ……」


 これもギャルの指示だから……!

 堀田は顔を真っ赤にしながら咳払いをした。


「いや、その……お前が怖がると思って。……ストーカーとかじゃないって言いたかった」


「……そうなんだ。僕たち、そういう仲ってことだよね」


「あ、ああ!けど……ゆっくりでいい。今は決めつけなくていい」


 白黒なら、こんな時きっとそう言う。


 君野が自分の意思で選びたいと思えるような男にならなければ――。


「うん。ありがとう」


 君野はにこっと笑った。


 しかし、なぜ昨日の今日で記憶が消えてしまったのか。


 俺が見ていない時に、白黒とキスした?


 やっぱりか……夏休みがきっかけか!?


 そう思った瞬間、さっきまでの余裕が一気に崩れた。


「君野、昨日、白黒(しろくろ)と何かあったか?」


「シロクロ?……シンクロ?」


「白黒きいろ!!」


「なんか、チューリップの歌詞みたいな言葉だね」


「それは赤白黄色だ! 真面目に答えてくれ……って、ん!?」


 いや、まさか……。


 ……嘘だろ!?


 目の前の天使は、きょとんとした顔でこちらを見つめている。


 堀田の動揺した右手が、ベンチの座面に触れた。


 その拍子に、後ろへ置いていた飲みかけのコーヒーへ手が当たる。


「うわ! しまった!」


 あまり飲み進めていなかったせいで、中身を盛大にぶちまけながら前へ倒れた。


 最悪なことに、ちょうど目の前を通りかかった人物のズボンへコーヒーがかかってしまう。


「あー!! ごめんなさい!!」


 真っ青になって恐る恐る顔を上げた。


 そこには、背の高い同じ制服の見覚えある男が立っていた。


「だっ!!? 白黒!」


 その瞬間、快速電車がホームを駆け抜ける。

 吹き抜けた突風さえ、まるで彼の登場を演出しているように思えた。



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