第28話「猫耳イチャイチャカチューシャ」
始業式が終わった午前中の帰り道。
堀田は君野と並んで帰宅していた。
どこかぎこちないまま、堀田は落ち着かない様子で君野を見つめる。
今朝、迎えに行った君野は、俺を見るなり「誰ですか?」と首を傾げた。
どういうことだ…
昨日の夜まで、俺たちは普通にメッセージを送り合っていた。
それなのに、また俺の記憶が消えている。
……またか。
白黒が、また何かしたのか……?
堀田は拳を握り締める。
もし夏休みの間に、俺の知らないところで、あいつと何かあったと言われたら――。
今の俺には、それを聞く勇気がなかった。
「堀田くん、僕の部屋すごく汚いけどいい…?」
少し怯えた目をした君野がそう答えた。
「ああ。わかってる。部屋が荒れ放題なんだろ? 俺が片付ける」
「う……うん」
君野は静かに頷いた。
「ねえねえ!堀田くん!私のさっきの考え実行して! そーすればぁ!君野くんも堀田くんも、お、ハッピーになれるよぉ?」
さっきから、幽体のギャルがうるさい。
だが、その声は君野には聞こえていないようだ。
信号待ちをしている時、ふとギャルが堀田の耳元まで飛んできた。
何か思いついたらしい。
堀田は眉をひそめ、小さく唸る。
「ね?ね?これならあ、君野くんと仲良しになれるよー!」
……らしくない。
そう思った。
それでも、気づけば予定にもなかった100円ショップの前で立ち止まっていた。
「なあ、君野……ちょっとここ寄っていいか?」
「あ……100円ショップ?いいよ。僕もちょうどお菓子欲しかったから」
「そうだな。菓子でもつまみながらのんびりするか」
2人は店に入り、思い思いの商品を手に取った。
「……相変わらずだな」
部屋に到着した堀田は、ため息をついた。
夏休みの間に、部屋は足の踏み場もないほど散らかっていた。
堀田は苦笑すると、勢いよくカーテンを開け、そのまま窓も全開にする。
ドアの脇には飲みかけのペットボトルが転がり、床には漫画やお菓子の袋が散乱していた。
「ちょっと汚すぎた?」
君野が申し訳なさそうに尋ねる。
「そうだな……」
思わず苦笑する。
だが、この部屋に白黒が出入りした痕跡は見当たらない。
それだけで、ほんの少し口元が緩んだ。
すぐに気を引き締め、君野へ向き直る。
「まったく……俺がいないと駄目だな。片付けるから、お前はいつもの部屋着に着替えてこい」
ベッドの上に積まれた服の中から、君野のお気に入りの部屋着を迷わず見つけ出し、手渡した。
「……本当に僕のこと、知ってるんだね」
君野は少し照れくさそうに笑い、ドアの陰で着替え始める。
その間、部屋を見回した堀田は思わず苦笑した。
「……しかし、すごいな」
「良かったね~堀田くん!好きな人のありったけのものが溢れてて!宝の山!」
茜は散らかった部屋を見回しながら、大興奮している。
「……」
「堀田くん、僕、飲み物とお菓子持ってくるね!」
「ああ、ありがとな……!」
堀田は腕まくりをすると、まずは床に散らばった空のペットボトルを拾い集め始めた。
「君野、漫画の整理は終わったか?」
「あっ! ページの間にゴミが挟まってて……! あれ、もう終わった?」
漫画を整理するふりをして、ずっと読んでいた君野が振り返る。
「工作するぞ」
100円ショップで買ってきたのは、シンプルな黒のプラスチック製カチューシャと、白いフリル、グルーガン、鈴、フェルト。
「何作るの?」
「猫耳カチューシャ」
「ん? ねこ? ニャーのほう?」
堀田の言葉を聞いた君野は、不意に小首を傾げ、猫のポーズをしてみせた。
……反則だろ。
「な、なんか流行ってるらしいんだ。俺たち、夏休みもたいして遊んでないし……」
「え!」
君野は目を丸くした。
「あははは!堀田くんって面白いね……猫耳カチューシャ作るなんて予想外すぎて!」
楽しそうに笑う君野につられて、堀田の口元も自然と緩む。
その様子を、目の前ではギャル茜が床に座り込み、テーブルに肘をつきながら頬杖をついて眺めていた。
まるで特等席だ。
堀田は動揺を隠しながらスマホで動画を検索する。
ギャルに教えてもらった、簡単に作れる猫耳カチューシャの動画を開いた。
スマホをテーブルに置き、2人で顔を寄せ合って画面を覗き込む。
小さなテーブルのおかげで、自然と腕が触れ合った。
「堀田くん、わかった?」
君野はお菓子をつまみながら尋ねる。
気づけば、もう1人で3袋目。
しばらくして――
「……できた。なあ、こっち向いてくれ」
堀田は君野を呼ぶ。
振り向いた君野の頭へ、完成した白くふわふわの猫耳カチューシャをそっと載せた。
「どうしたの?」
「いや……これは……」
堀田の口元に添えた手が、小刻みに震える。
「はあっっ……!」
目の前ではギャルが思わず声を漏らした。
「ねえ、僕似合う?」
君野が首を傾げる。
その仕草だけで、堀田の胸がまた高鳴った。
「なあ……『堀田くん、お腹すいたにゃあ』って言ってくれるか?」
「……堀田くん、お腹すいたにゃあ~」
「……」
はあっっっ!!!
こんなこと、白黒にはできやしない。
俺たちだけの、特別な時間だった。
「ねえ、堀田くんも猫耳つけて!」
君野は白い猫耳をつけたまま、テーブルの上に置いてあった黒い猫耳を堀田の頭に載せる。
さらにスマホを構えた。
「と、撮るのか!?」
「あはは!かわいい!」
「やっぱ写真やめないか?」
「だめだめ!絶対に写真に残したい!」
君野はさっきの仕返しと言わんばかりに、堀田が猫耳を外そうとする手を押さえ、脇をくすぐる。
「うわっ、やめろ!」
「あははは!」
きゃっきゃとはしゃぐ2人は、そのままもつれるようにベッドへ倒れ込んだ。
「わかった!!わかったから!撮ろう!」
堀田が降参すると、視界の端にいたギャル茜がニヤニヤしながら耳打ちしてくる。
また余計なことを――。
そう思いながらも、堀田は顔を真っ赤にして、その言葉を口にした。
「こんな姿……お前とだけにしたいんだよ」
「え?」
「俺も、お前の猫耳の写真は非表示フォルダに入れる。そして、思い出してほしいんだ。お前だけが知ってることを……」
「……うん!」
君野は嬉しそうに頷き、猫耳をちょこんとつけ直した。
その笑顔に、堀田は思わず吹き出しそうになる。
……ほんと、なんなんだ。この光景。
男2人で猫耳カチューシャを作って、写真まで撮っている。
普通なら絶対にありえない。
それでも――
その写真は、2人だけの秘密になった。




