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第25話「赤毛のギャル(ゴースト)」



堀田(ほった)はその夜、7階にある実家のマンションの自室で、寝苦しさに何度も寝返りを打っていた。


窓の外も静まり返り、部屋には自分の寝息だけが響く。


「……だっ!!やめろ!!」


 思わず両手で目を覆った。


 目を閉じると、自分の部屋の間取りが頭の中に浮かぶ。


 家の中を一気に見渡す。


 ……いない。


 ――じゃあ、どこだ。


「ああああ!!やめろ……思い出すな……!!」


 気づけば、自分の部屋の前にツインテールの赤毛の女子生徒が立っている光景を想像してしまっていた。


 時任茜(ときとうあかね)の不気味さが、脳にこびりついて離れない。


 セーラー服の上に灰色のブレザー。


 まるで天井の監視カメラが、自分の部屋の前に立つ彼女を真後ろから映しているような映像だった。


 そして彼女は、ゆっくりとドアノブに手を伸ばす。


 ガチャ。


「!?」


 その音で堀田は飛び起きた。


 ギイイ……。


 ドアの軋む音とともに、玄関から入り込んだ隙間風が背中を撫でる。


 薄いタオルを頭から被ったまま、体は動かない。


 もちろんドアの方へも、1ミリたりとも向けられない。


 まるでマネキンのように固まっていた。


「……」


 唾をゆっくり飲み込む。


 喉仏が上下し、曲げた足は掛け布団から少し浮いたまま、指先まで強張っていた。


 ……そうだ。


 来たなら、追い払えばいいじゃないか!!


 堀田はもう一度目を閉じる。


 頭の中で家の中を再現し、部屋の壁に掛かったカレンダーを外す。


 それを丸め、筒状に握りしめた。


 幽霊に勝てれば、少しでも白黒に勝っている部分があると思えるかもしれない。


 想像の中の堀田は、自室の壁際で剣道の構えを取るように筒状のカレンダーを構えた。


 不思議なことに、その想像の中でもドアは開いていた。


 キイイ……。


 軋む音。


 肌を撫でる風。


 それが現実なのか、妄想なのか、もう判別できない。


 恐る恐る部屋の外へ出る。


 自室には、時任茜はいない。


 ドアの先、右手にある亡き弟の部屋を覗いた。


 換気の悪い部屋は、窓を開けても熱気がもわっとこもっている。


 ……誰もいない。


 家中を見て回ったが、時任茜の姿はどこにもなかった。


 ああ、よかった……。


 夢の中でため息をついた、その時だった。


 ギイイ……。


「ひっ!」


 自分の部屋へ戻ろうとした瞬間、またドアの軋む音が響く。


 筒状のカレンダーを握る手に汗がにじむ。


 足の裏までじっとりと汗ばんでいた。


 どうするどうするどうする!!!?


 母親にすがりつく!?


 ……いやいや!


 そんなんじゃ俺は弱いままだ……!!!


 想像の中で再び自室の前へ戻る。


 ドアは閉まっていたのか、それとも最初から開いていたのか。


 もう思い出せない。


「ん!?」


 部屋を覗くと、自分のベッドがこんもりと膨らんでいた。


 あれ?


 俺はここにいるぞ!?


 いや……これは、あの映画そのものだ。


 主人公が想像の中でベッドを覗くと、現実で眠っている自分がそこにいる。


 そして布団をめくると――目と口がブラックホールになった化け物がいて……!!!!


 想像した瞬間、全身が凍りついた。


 だが――


白黒(しろくろ)に比べたら、幽霊なんかッッ……!!」


 白黒が憎い。


 白黒が憎い。


 白黒が憎い……!!


 恐怖を無理やり怒りへ変える。


 堀田は筒状のカレンダーを大きく振りかぶり、ベッドの膨らみに向かって思い切り振り下ろした。


「うおりゃああああ!!!」


「きゃあっ!」


 確かな手応え。


 その瞬間、少女の悲鳴が部屋に響いた。



「え?」


「いたああい~」


 目の前のもぞもぞと動くそれが、気の抜けた少女の声で泣き始める。


 恐る恐る薄い掛け布団をめくると、そこには赤毛のツインテールに小麦色の肌、短いスカートのセーラー服姿をしたギャルが丸くなっていた。


「時任先輩……!!!」


 人間?


 ……いや、幽霊?


 格好はあの人形と同じだ。


 灰色の冬用ブレザーを羽織り、頭を押さえながらベッドの上でうずくまっている。


「な、何してるんスか……?」


「えへへ、バレちゃった?」


 彼女は照れ笑いを浮かべる。


「私、堀田くんのニオイがすごく好きなの。ようやくここに戻ってこられて、独り占めできると思って……」


 そう言うと、堀田が寝ていたタオルをぎゅっと抱き締め、幸せそうに顔を埋めた。


 無類のイケメン好きで、どこまでも能天気な先輩。


 美術室にいる、あの不気味な彼女とはまるで別人だった。


 その姿を見た瞬間、張り詰めていた緊張の糸が少しだけほどける。


「あ、あの……」


 なぜ、この人だけこんなにも通常運転なんだ。


「時任先輩! あなたは幽霊になってしまったんですか?」


「えへへ!」


「いや、笑い事じゃなくて!」


 思わずツッコミを入れる。


「あの美術室にいる時任先輩は、一体誰なんですか?」


「私!」


「いや、そうじゃなくて……!! 体を乗っ取られたとかじゃないんですか?」


「でも今は今で超楽しいんだよね!」


「楽しい?この状況が……?」


「だって勉強しなくていいしー! こうやって透明人間みたいに男の子の部屋や生活を楽しめるし、パンツまで全部把握できるんだから!」


「パンツ!?」


 ということは、腰についていた頃から俺や君野のことを、ずっと見ていたのか!?


 思わず青ざめた、その時だった。


「あれ?」


 ギャル茜の姿がふっと薄れていく。


「先輩!?」


 伸ばした手は、何も掴めなかった。




「あ……」


 鳥のさえずりで目を覚ます。


 気づけば自分はベッドで眠っていた。


 いつものようにシーツを掛け、膝を立てたまま寝ていたらしい。


 チュンチュンと近くの電線から鳥の声が聞こえる。


 ……いい天気だ。


 カーテンの隙間から朝日が差し込み、部屋を柔らかく照らしていた。


「夢……か」


 そう呟いた瞬間、右手に違和感を覚える。


 しかし、うつ伏せに投げ出していた右手には、筒状に丸められたカレンダーが握られていた。


「……あれ!?」


 思わず手を離す。


 カレンダーは解放されたように、ぱさりと音を立てて元の形へ戻った。


「なんで……? 現実……?」


 いや、あれは想像の中だったはずだ。


 だが壁を見ると、本来掛かっているはずのカレンダーがない。


 今、自分の手元にあるものが、そのカレンダーだった。


 背中に冷たいものが走る。


 昨夜の出来事は夢だったのか。


 それとも――。


 恐る恐る、自分の腰へ手を伸ばす。


「だあああああああ!?」


 腰には当然のように茜人形がぶら下がっていた。


 金属のフックが、ズボンのループへしっかり食い込んでいる。


「くっ……取れない……!!!!」


 何度引っ張っても外れない。


 人形は相変わらず笑顔のまま、じっとこちらを見つめていた。


‐パンツまで全部把握できるんだから!‐


 昨夜の言葉が頭によみがえる。


 ……まさか。


 あれは、本当に夢だったのか?


 いや。


 今も、どこかで見られている気がする。


 害は……なさそうだ。


 でも――


 ……見られてる。


 ずっと。


 人形の笑顔が、ほんの少しだけ嬉しそうに見えた。



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