表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
26/54

第26話「ギャルとからくり時計」


 次の日、堀田(ほった)君野(きみの)に家族の用事があると言われ、仕方なく家の中で過ごしていた。


 せっかく帰ってきて、お土産も買ってきたのに。


「はあ……」


 口を尖らせてみるものの、誰も励ましてはくれない。


 静かな自分の部屋で、机に向かったままスマホを閉じた。


 一人きりの部屋。


 堀田はおもむろに立ち上がり、弟が好きだったオレンジジュースとお菓子を仏壇代わりの棚へ供え、静かに手を合わせる。


「生きてりゃ、小学生だったのか……」


 胸が少しだけ締めつけられる。


 それでも「ありがとう」と心の中で伝え、気持ちを整理した。


 窓際へ歩き、晴れ渡る青空と流れる雲を眺める。


 その頃には、さっきまでの重苦しさは少し薄れていた。


「……よし」


 今日は、時任茜(ときとうあかね)と話すには絶好の日だ。


 ベッドへ腰掛け、足を組む。


 鼻をつまみ、背筋を伸ばし、精神を集中させる。


 目の前には、時任茜の人形。


 まるで降霊術でも始めるように、小さく息を吸った。


「時任先輩……時任先輩。色々聞きたいんで、俺のところへ来てください」


 再び、家全体を俯瞰するように想像する。


 まるでコンビニの防犯カメラの映像のような、高い位置からの視点が広がった。


 成功だ。


 玄関から一直線に、自分の部屋へ向かう。


 ……あれ?


 ドアは開けてある。


 なのに、時任茜が入ってくる気配はない。


 カサッ。


「ん?」


 弟の部屋から物音がした。


 現実なのか、それとも想像の中なのかは分からない。


 堀田はそのまま弟の部屋のドアを開ける。


「うわっ!! いた!!」


 そこには、グレーのカーディガンを羽織ったツインテールの時任茜がいた。


 弟へ供えたオレンジジュースを腰に手を当てて勢いよく飲み、お菓子の袋を勝手に開けて、ボリボリと頬張っている。


「時任先輩!!」


 呼びかけると、彼女は小判型のせんべいを口にくわえたまま振り返った。


「なあに?」


「何って……それ、弟のですよ」


「え? でも、お姉ちゃん食べていいって」


「弟と話せるんですか!」


「そう言った気がしただけ!」


 彼女は「てへっ」と笑った。


「……話がしたいんで、こっちに来てもらえますか?」


「ねえねえ! 私にもオレンジジュースほしい~! 私の分も用意してえ!」


 子どものように、その場でぴょんぴょん跳ねる。


 下の階に取りに行けば――そう言いかけて、堀田は口を閉じた。


 相手は幽霊だ。


 そもそも飲めるのかどうかも分からない。


 それでも堀田が頷くと、彼女は両手を頬に当てて嬉しそうに笑った。


「とりあえず来てください。色々聞きたいことがあるんです」


 堀田は彼女を自分の部屋へ連れていく。


 ベッドの上に置かれた茜人形の隣へ、霊体の彼女を座らせた。


 女の子座りをした茜は、弟の部屋から持ってきた熊のぬいぐるみを抱え、お菓子をボリボリと頬張っていた。


「私ね! あの駅前のからくり時計が大好きなの!!」


「え……? ああ、学校の最寄り駅にある時計ですよね?」


「そう! 小さい頃からずーっと見ててね! 私、あの中のロナウドが好きなの!!」


「ロナウド?」


「そうそう! 私が勝手につけた名前なの! あの人形が白黒(しろくろ)きいろくんにそっくりで、ずっと近づきたかったの!」


「え……白黒?」


 堀田は首を限界まで傾け、眉間にしわを寄せた。


「つまり……からくり時計の中にいる人形を、先輩が勝手に『ロナウド』って呼んでるってことですよね?」


「うん! かっこいい名前でしょお?」


 満面の笑みで胸を張る。


「じゃあ、なんでいつも俺たちの腰についてるんです? 直接アタックすればいいじゃないですか」


「恥ずかしいじゃーん! 堀田くんと君野くんの後ろから見る白黒きいろくんがいいの!」


「つまり、俺たち越しに眺めるのが好きなんですね」


「そういうこと! 私は基本アイドルは箱推しなの! どんな形でもイケメンならそれでオッケー☆」


「……先輩、本当に楽しそうですね」


 少なくとも、美術室にいたあの重苦しい雰囲気とはまるで違う。


 そのことに、堀田は少しだけ安心した。


「ねえねえ! 私ね、ずっとからくり時計を見てたの! そしたら、小さな光の玉がぴょんって現れてね!」


「光の玉……」


「それが、ちゃんちゃん~って私のお人形ちゃんになってたの!」


「……な、なるほど」


 理屈はまったく分からない。


 それでも、彼女は嘘をついているようには見えなかった。


「知ってる? あのからくり時計ってね、実は24回分のちゃんとしたお話があるの!」


「えっ? そうなんですか?」


「1時間に1回ずつ違うお話なの! でもほらぁ、騒音問題とかあるから全部は見られないの~」


「じゃあ、そのロナウドが出るのは何時なんです?」


 堀田が身を乗り出す。


 茜は少し考えてから、人差し指を立てた。


「んーっと、今なら1時間後! 午前11時!」


 その瞬間だった。


「くっ……!」


 突然、耳鳴りが頭の奥で爆発した。


 鋭い痛みが脳天を突き抜け、そのまま体が前へ崩れ落ちる。


 目の前にいた茜の姿はふっと消え、ベッドの上の人形だけが、コロンと音を立てて後ろへ倒れた。


「はあっ……はあっ……」


 荒い息を繰り返しながら、かろうじて壁時計を見上げる。


 午前10時。


 まだ1時間ある。


 体は鉛のように重く、その場から動くことすらできなかった。


 静まり返った部屋に、自分の荒い呼吸だけが響いていた。


 堀田の体調が回復したのは、1時間後だった。


 ベッドの上でぐったりと横になっていた体をゆっくり起こす。


 ふと弟の部屋を見ると、供えてあったオレンジジュースは変色し、買ってきたばかりのせんべいは湿気ていた。


「……食べて飲み尽くした、ってことか」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 あの時任先輩は、本当にいたのか。


 夢だったのか。


 それとも――。


 堀田は静かに立ち上がり、キッチンへ向かった。


 冷蔵庫を開け、オレンジジュースをコップへ注ぐ。


 一気に飲み干すと、もう2つコップを取り出し、それぞれになみなみとオレンジジュースを注いだ。


 そして、その2つを持って自分の部屋へ戻る。


 机の上を軽く片づけ、茜人形をちょこんと座らせる。


 その隣へ、オレンジジュースをそっと置いた。


「すぐなくなる……大家族かよ」


 思わず鼻で笑う。


 あの美術室の時任先輩は、あの絵描きの爺さんに体を乗っ取られているのかもしれない。


 けれど、このギャルの時任先輩は、相変わらず底抜けに明るい。


 どちらが本当なのかは、まだ分からない。


 ただ一つ確かなのは――。


 この人形が、自分のそばにいるということだけだった。


 堀田は机の上の茜人形を見つめ、小さく息をつく。


「……今度は11時か」


 からくり時計。


 ロナウド。


 24通りの物語。


 知らなかった謎が、また1つ増えた。


 人形は何も答えない。


 それでも、その笑顔だけはどこか満足そうに見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ