第19話「茜人形」
君野は堀田に腕を引かれ、一緒に学校を出た。
「ずっと見てたの?」
「ああ。どうしても1人で帰れなくてな……。お前が心配でさ」
そう言うと、堀田は君野の髪を撫でた。
さっきのきいろの指よりずっと雑なのに、不思議と安心する。
本当に大好きな人に触れられている感覚。
あの目のない天使の絵を見た恐怖が、一瞬だけ吹き飛んだ。
「はあ……はあ……」
息が浅い。
焼けるような熱。
煙。
見たこともないはずの光景が、頭の奥でちらついた。
「大丈夫か? 少し座るか」
君野は頷き、近くのベンチへ腰を下ろす。
堀田が買ってきた冷たいスポーツ飲料を喉へ流し込んだ。
しばらく無言が続く。
「……」
君野は缶を握ったまま、ぽつりと口を開く。
「さっきさ……」
それ以上は続かなかった。
堀田は何も聞かず、隣に座ったまま空を見上げる。
二人とも、それ以上その話には触れなかった。
火に包まれた山小屋だけが、頭から離れない。
冷たい風が2人の間を吹き抜けた。
「……帰るか」
「うん」
堀田へ顔を向けた時、君野は彼の腰をじっと見つめた。
「ねえ、堀田くん。1つ聞いていい?」
「ん?」
「それ、なんでズボンにつけてるの?」
「うん?」
堀田は君野の視線を追う。
「うわあ!!!? まただ!!」
思わず両手を放り上げるように叫んだ。
ズボンのベルトループには、赤毛の人形が引っかかっていた。
以前、放送室前の忘れ物入れへ戻したはずの、時任茜にそっくりな人形。
「堀田くん、それ忘れ物にあったギャルの頃の時任さんにそっくりな人形だよね?」
君野の驚きと戸惑いに満ちた声を聞き、堀田はハッとする。
「盗んだんじゃないんだ! なんか気を抜くと、いつの間にかくっついてるんだよ!!」
「……」
「ホントだって!! 俺が真犯人みたいな展開じゃないぞ!」
「じゃあ……なんで?」
「これ、取れるか!?」
堀田は腰を突き出した。
人形の頭には、しっかりしたシルバーの鎖とフックが付いている。
人の手で付けない限り、こんな場所に付くはずがない。
「おかしいんだ……! 歩いてる時は違和感なかったのに、美術部へ行く前にも腰についてて……! 外して、わざわざ放送室の忘れ物入れに戻したんだぞ……?」
堀田の唇が震える。
さっきまで山小屋の話で君野を励ましていたとは思えないほどの取り乱しようだった。
この慌て方を見る限り、嘘には見えない。
君野はにこっと微笑み、堀田の腰から人形を外して自分の太ももへ乗せた。
ルビー色の瞳をした褐色肌の少女。
全身の関節が動く精巧な造りで、そのツインテールは時任さんそのものだった。
だが、美術室にいた彼女と同一人物とは到底思えない。
「時任さんってやっぱり……幽霊か何かに取り憑かれちゃってるのかな?」
「あ、あるかもな……。この学校、そういう七不思議あるし……」
「……」
「美咲も言ってた。この学校の夜の警備員に惚れて、夜中に会いに行ったらしいって。そのあとから『魂を人形に取られた』なんて噂まで立ってさ……」
堀田は身震いしながら話した。
「お願いだから、今は大人しくしててね」
君野は人形へ優しく語りかけるようにそう言うと、リュックの中へそっとしまった。
「明日また、戻しておかなきゃね」
そうして2人は学校の広場を後にした。
翌日。
「やば!! 遅刻!」
君野は目を覚ました瞬間、体感で遅刻を悟った。
母親もこの日は寝坊してしまい、昼食も持たずに2人で慌ただしく家を飛び出す。
学校へ到着し、ロッカーから上履きを取り出した、その時だった。
「あっ!!!」
手を滑らせ、上履きがくるくる回転しながら宙を舞う。
「痛っ」
その声に横を見ると、美術室にいた時任茜の頭へ上履きが当たってしまっていた。
「あ、ごめんなさい!」
君野は慌てて駆け寄り、何度も頭を下げる。
上履きを拾って履くと、茜は不思議そうな顔で君野を見つめた。
「腰についてるそれ、君野くんの?」
「え? あ! え!?」
視線の先、自分の腰へ目をやる。
そこには、あの茜人形が制服のズボンのベルトループに引っかかっていた。
おかしい!
今日、家の机の上に置いたままにしてきたはずなのに……!
ティッシュの上に置いたのは夢だった?
「な、なんでもないです……!」
あわあわする君野に、茜はにこっと笑った。
「そのズボン、直してあげる。放課後、美術室に来て」
何事もなかったように、その場を去っていく。
先輩らしい大人な対応に、君野は思わず見とれてしまった。
「でも、なんで……?」
それよりも、こんな公共の場で人形を持っていることの方が今は深刻だった。
「お願いだから、僕のリュックの中で大人しくしてて……!」
また勝手にズボンへくっつかれたら困る。
君野は慌てて人形をリュックの中へしまい込んだ。




