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第13話「脳に触れる指」

 


「なんだこれ…」


 君野は移動教室の途中、廊下で美少女フィギュアを拾った。


 それはこの学校の制服を着た、ティッシュ箱ほどの大きさの赤髪ギャルの球体関節人形だった。


「すごい。今のフィギュアってこんなに動くんだなあ」


 思わず関節の可動域を確かめる。そしてルビー色に輝く瞳へ自然と見入ってしまった。


「あれ? なんかこの人、見たことあるような…」


「どうした?」


 堀田の声に君野は振り返る。


「あ、これ。落ちてた」


「なんだそれ……ん?」


 堀田は人形の精巧さに驚いたが、それ以上に背中へ悪寒が走った。


「なんかこの人、時任ときとう先輩にそっくりだな。元ギャルだった、あの」


「……ああ! あの人!」


 この特徴的な見た目――時任茜ときとうあかね先輩だ。


 堀田の話では、2年生で「イケメン大好き!」が口癖だったギャル。


 だが最近、美術部へ入り、赤髪のツインテールは肩まで切りそろえられ、カラコン命だった彼女は赤縁メガネを掛けるようになっていた。


「もしかして先輩の面影が忘れられない変態が作ったとか?」


 堀田は君野の腕の中にある、時任茜そっくりのドールを見て顔をしかめた。


「でも、すごくよくできてるよね。これ、どうしようかな」


「放送室前に落とし物入れあっただろ。そこへ入れとけ。あんまり触らないほうがいい」


 ちょうど放送室の前を通りかかる。


 君野は言われた通り、人形の姿勢を整えて落とし物入れへ座らせた。


 短いスカートの中が見えそうだったので、近くにあった忘れ物のハンカチを足元へそっと掛ける。


「よし。持ち主のところへ帰れるといいね」


 頭を優しく撫でると、そのまま堀田のもとへ戻った。


 放送室を過ぎる頃には、その奇妙な人形のことはすっかり頭から消えていた。


 君野の頭を占めていたのは、きいろのことだけ。


 あまりにも生々しい夢を見た。


 目覚めた瞬間、罪悪感だけが胸いっぱいに広がるような夢。


 きっと寝る前、あの悪魔みたいな笑顔を思い出しすぎたせいだ。


 このままじゃ今日のキスは、どうしてもできない。


 だからもっと、堀田くんを感じなきゃ。


 国語の授業のため、2人は図書室へ向かった。




 図書室では、蜘蛛の子を散らすようにクラスメイトたちが本棚へ散っていく。


 この学校の図書室は広く、30人がばらけても鬼ごっこができそうなくらいだった。


「ねえ堀田くん……お願いがあるんだけど」


 君野は堀田のたゆんだシャツをそっとつまむ。


「ん?」


「あのね……僕、堀田くんが好きだから、もっと……感じてみたい」


「なんだ、急に……」


「堀田くんから、えっちっぽさを感じる方法……」


「えっち!?」


 堀田の声が裏返った。


 何人かの生徒がこちらを振り向き、堀田は慌てて咳払いをする。


「僕の髪の毛触る時あるでしょ。いつも大型犬を撫でるみたいに優しいけど……あれ、もっとこう……えっちにやってほしい」


「えっち……って、あのえっちか?」


 堀田の脳内がスパークした。


 冗談かとも思ったが、その甘えた表情を見れば、本人は至って真面目だ。


「いや……えっちって、どうやればいいんだ……?」


「わかんない。でも、そうやって触ってほしい。できたら……今すぐにでも」


 一瞬、沈黙が流れる。


 ――"えっち"って、なんだ!?


「っ……」


 ぎこちなく震える指先が、君野の頭へ触れた。


 皮膚の温度を確かめるように、頭皮をそっと揉む。


 距離が近い。


 息がかかる。


 いや俺、今なにしてんだ。授業中だぞ?


「堀田くんは僕に、えっちな気持ち感じない?」


「い、いや……感じなくはないけど! 今授業中だぞ!? ここですることじゃないだろ!」



「どうだ。お前もやってやればいい。俺の次に君野が喜ぶ」


 きいろは堀田の髪から指を抜いた。


「ああ!?」


 威勢よく睨み返す堀田に、きいろは鼻で笑ってその場を去っていく。


 堀田は首をぶるぶると横に振り、髪に残る感触を振り払った。


「くそ……」


 あいつの指の感覚が、まだ離れない。


 脳みそごとぐにゅぐにゅと撫で回されているような違和感だけが残っていた。


 君野は、この手つきを味わっていたのか……!


 堀田は自分の頬をパチンと叩き、催眠を解くようにトイレを後にした。




「君野!」


 堀田は教室へ駆け戻るなり、自分の席で静かに座る君野の前へ立った。


「どうしたの?」


「お前は白黒に毒されてるだけなんだ!!」


「何言ってるの……?」


「お前がそんなこと言うはずない! あいつに触られて、おかしくなってるだけだろ!!」


「……」


 君野は困ったように目を伏せる。


「でも……僕、本当にそう思ったんだよ」


「違う!」


 堀田は机に両手をついた。


「あいつに触られて、お前の感覚がおかしくなってるだけだ!」


「……そうなのかな」


「そうだ!」


 堀田は言い切る。


「お前は昔からそんなこと言うやつじゃない!」


 君野は少しだけ笑った。


「堀田くん、必死だね」


「当たり前だろ!」


 肩で息をしながら答える。


「俺は……お前がおかしくなるのだけは嫌なんだ」


 その言葉だけは、まっすぐだった。


 君野はその顔を見つめる。


 ああ。


 やっぱり堀田くんは優しい。


 それなのに。


 夢の中で触れてきた指先は、どうしても消えてくれない。


 頭を撫でられた感触。


 耳元へ落ちる低い声。


 脳まで触れられたような、あの感覚。


 君野は小さく首を振った。


 忘れなきゃ。


 全部、忘れなきゃ。


 そう思えば思うほど、その指先だけが鮮明になっていった。





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