最後のバッティングピッチャー
ガクブルガクブル
「あれ?杏子、もしかして緊張してるの?」
「そりゃするよ!いつもの始球式じゃないんだから!」
「へぇ〜珍しい」
「だって、ホームランダービーのピッチャー役だよ、私がミスったら、竜斗優勝出来ないじゃん、スタジアム全体シラけるじゃん!」
オオーーー
オオーーー
前の人が順調にホームランをかっ飛ばしてる
今日はオールスター前夜祭、ホームランダービー
竜斗が毎年選ばれて出てるオールスター
オールスターの試合前に開催される、選手と奥様がレッドカーペットの上を練り歩き大会は大好きだ
一年に一回だけのオメカシ
竜斗は、スーツをピシッと決め、私はドレスを着る
これが毎年楽しみ
背中開いちゃってるドレス!
今年は肩出しちゃってるドレス!
しかも今年は本拠地開催だから、チームカラーの黒とオレンジのツートンのドレス!
でも、今年は違う、ドレスの楽しみより緊張のが勝ってる。
今日、私が失敗をやらかすと、明日のドレス姿は顔が死んでて、おそらく見れたもんではない
今季のオールスターが本拠地開催のため、竜斗にホームランダービーの出場依頼が来た、てか、毎年依頼は来てるが、疲れるからと断ってた、でも、せっかくの本拠地開催なので、条件付きでOKを出した。
その条件
バッティングピッチャー春樹杏子
そう、私が投げるなら出ると竜斗は言った
そんなオファーを断ったら、冬川京子、いや、春樹杏子の名がすたる。
からの、ド緊張、少し後悔
「どしよ、震えが止まらない、あ、そだ、気を紛らわす!この前の飲み会を思い出す!楽しかった野球部みんなとの飲み会……あれ?……あんまり、記憶ない」
「そりゃそうだろ、シコタマ飲んでたからな」
「うー、ねぇ、竜斗はクローザーの時は緊張しないの?大観衆の前でいつも平然と投げてるけど」
「緊張するよー、投手の時は緊張する、だって俺のピッチング次第で試合左右するだろ、しない方がおかしい、まぁその緊張に慣れてはきてるけどね」
「そうなんだ、なにか緊張を和らげる方法とかあるの?」
「うん、おまじないみたいなのがある」
「え?何それ」
「覚えてるかな、俺が高校時代に初めて出た対外試合」
「覚えてるに決まってんじゃん、泳がされながら、ホームラン…いや、ほっぺにチュー試合だよね」
「そう、それ、そん時初めてバッターボックスに向かう時に杏子が言葉をかけてくれたんだ、楽しんでね!って」
「うん、それも覚えてるよ」
「そこからかな、野球で緊張する場面が来たら、つぶやくんだ、楽しんでね!って、そうするとねぇ、不思議と和らぐんだよ」
「そ、そうなんだ、そんな昔のことを今でも?」
「うん、今でもだよ、あの時のまだあどけなかった杏子の顔が浮かぶよ、あれ、あどけなくないや、今と変わらないか」
「変わるでしょ!」
「あははは」
「でも、たまにつぶやいてたのは知ってるけど、それだったんだぁ、なんか嬉しいなぁ」
「うん、試しに杏子もつぶやきはしなくていいから、何か自分におまじないかけたら?」
「おまじないねぇ」
そして、MCのアナウンスがかかった
「さぁ、次のバッターは〜リュウト、ハルキ〜!」
「ピッチャーを務めるのは〜キョウコ、ハルキ〜」
そう、今日は本名でお願いした
せっかくの夫婦で出場だから、記念にね
手を繋いで、入場する
ビジョンには、私の昔のバッピ姿が流されてる
大歓声に包まれる
世界的大スターになった、春樹竜斗
その一番近くにいられる、妻として支えることができる
本当に幸せな人生を送らせてもらってる
みんな、みーんな、ありがとう
「じゃあ、頑張ってな」
「もう!頑張るのは竜斗!優勝しようね」
「おう!」
途中で別れ、竜斗はバッターボックスに向かった
私はマウンドの近くに行き、カゴに入ってるボールを掴む
準備は整った
ふぅ〜
大きく深呼吸する
スタジアムが静寂に包まれてる
私達夫婦の共同作業を静かに待っている
「春樹さーん!審判になりたいんですかー?それともー、ホームラン打ちたいんですかー?」
そして手を耳に当て返答を待つ
「俺はー、ホームランが打ちたーい!打って杏子の笑顔が見たーい!」
オッケー
声に出さず口パク
そう、私のおまじないは、竜斗と初めて出会った日、私がご乱心したあの日、初めて竜斗に対してバッティングピッチャーしたあの日をアレンジして再現した
そろそろ子供を作る
このオールスターが終わったら、子作りに励む
そう、公式戦開催
おそらくすぐにデキると思う
そうすると、私は育児に追われる
なので、おそらくこれが最後の夫婦の共同作業
おまじないのおかげで緊張がとけた
竜斗いくよ!コクッと頷く
竜斗も頷く
「オリャ!」
クァーーーン!
竜斗の大好きな甘めのインハイにしっかりとコントロールされたボールは、鬼のようなスイングスピードのバットに打ち返される
ギューーーーーン
いつものミサイル弾がライト方向の海に向かってすっ飛んでいく
「ピーー」笛の音を真似する私
ねぇ竜斗〜、メジャーリーガー楽しい?
本当は新幹線の運転手になりたかった?
私は、竜斗が新幹線の運転手を選んでも、もちのロンで付いていったよ
でもね、私は今の生活のがいいかな
大人になってもこうして二人で野球を楽しめる
どこにも出掛けられなくても、野球ができるか
ら嬉しいよ
竜斗も嬉しい?
竜斗、愛してるよ
竜斗、楽しんでね!
※
春樹竜斗、星川杏子、星川祥子
この三人のモンスター
野球、愛、プロデュース、それぞれの楽器を使い、奏でた協奏曲は、世界中の人々を感動させた、世界中の人々に夢を与えた
そして、その他にもう一人、もうこの世にはいない何者かが、天国からタクトを奮っていたかもしれない
春樹竜斗の最初の夢だった、新幹線の運転手
これは将来、竜斗と杏子の娘が叶えてくれる
そして、その娘が勇気ある行動を取り、日本中を感動させた。
「さくら!もういい!よくやった!逃げろ!」
「ダメ!もう少しだけ、もう少しだけ頑張ってみる!諦めたくない!」
大丈夫、私はモンスターの娘
大丈夫、大丈夫…できる、私ならできる!




