表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モンスター協奏曲  作者: 東京小町
PR
48/60

奇跡の風


「打った!サイレンが止まない間に打ちました!これは入るか?切れるか?入ったーーー!ポール上段に直撃しました、初球先頭打者ホームラン!桜水高校先制です!打った春樹は三塁を回って今ホーーームイン!まずは打つ方でみせました!」




「さぁ、投手としての春樹、どんなピッチングを見せてくれるのでしょうか、パワーはあるのは打力でわかります、しかし、投げる方はどうなんでしょうか」


「桜水高校は今まで登板が一度もない、春樹を先発させます!」

「好投手佐藤はファーストを守ります、これは一体何を意味するのでしょうか!」


「それは春樹のピッチングを見ればわかるかもしれません!春樹サインに頷きました、注目の第一球、投げました!……ひゃ、153キロをマークしてます、球場全体が驚いています!しかも今のボールは、外から少し中に入ってくるように見えました!」





「春樹どうしたんでしょうか、ベンチに戻ってから様子がおかしいです、苦悶の表情にも見えます、何か訴えてるようにも見えます、記録員…記録員の星川さんに何か話をしてます、大丈夫でしょうか、アクシデントかなにかあったんでしょうか、投球中は何もなかったように見えたんですが…打席の準備はしてるので、大きなアクシデントではなさそう…ですかね」




「ピッチャーの斉藤、段々調子が上がってきましたね、この回の先頭平山には粘られましたが、三振に抑えました、これで、前の回から三者連続三振です」


「まだ春樹は何か記録員の星川さんと打ち合わせしてますね、あ、でも表情は緩んでるようにも見えます、大丈夫ですかね…あ!…えっと、はい大丈夫そうですね」


 ほらぁー実況の人、一瞬固まったじゃん!


 やべーよ、ばっちり映ってんじゃん、私の耳打ち


 竜斗が試合中にあんなこと言ってくるのが悪い


 今は今日の試合の録画を見ている。


 竜斗は、父が私のタブレットに送ってきた、先発投手の登板後のストレッチ等を、私と一緒にやった後、今はチームのみんなと甲子園特集番組の取材を受けている。


 この後、宿舎内で撮影とかもあるらしい。


 私も取材を要請されたが、やんわりお断りした


 私を紹介する時間があるのなら、他の選手を紹介してほしい


 あとは、私はじゅうぶん悪目立ちしたと思ったから


 うん、悪目立ちしてた

 断ってよかった!


 

「こちら三塁側アルプスです、この方、アンソニークラインさん、なんとこの人、桜水高校の外部コーチをやってる方です、で、こちらが野球部マネージャーの青山さんです、まず青山さん、アンソニーさんはどんな方ですか?」


「はい、トニ…アンソニーさんが来てからこのチームは更に強くなりました、アンソニーさんのおかげでここまで来れたんです」


「そうなんですね、アンソニーさん、春樹君のピッチング凄いですね、今どんなお気持ちですか」


「えっと、ハルキピッチピュッ、ユーナウなシンクどぞ」


 り、リナさん!てか、おいおい、大丈夫かよそれ


「アー、クレイジー!でも予想は出来てたよ、彼はそれだけのポテンシャルを持ってる、このまま今日は抑えると信じてる」


 通じてるし、てか、このトニーの英語をどう訳すんだ


「えっとぉ、ビックリしてる、これだけ投げれるのはわかってた、今日はこのまま良いピッチングしてくれると思ってるよ、って言ってます」


 す、すげえリナさん合ってるよ


「ありがとうございます、青山さん通訳も出来るんですね、素晴らしい」


「いえいえ、そんな、私なんてまだまだです、本来は今ベンチに入ってる記録員の子が、しっかり通訳してくれて、みんなに伝えてくれてます、そのおかげでアンソニーさんと、コミュニュケーションを取ってこれました、記録員の子が本当によく頑張ってくれました!」


 り、リナさん


「そうなんですね、通訳もやって記録員もやるなんて素晴らしい方ですね」


「はい、でもその子、ちょっと、ポンコツなのが悩みなんですよねぇ、あは」


 殺す


「ははは、そうなんですね、ではアンソニーさん、青山さん、ありがとうございました、三塁側アルプスからは以上です」


 リナさん、くっそ、なんだあの真面目な対応は、詐欺だ!



 ミニノートパソコンを開いて、ネットの情報を探る


 (春樹すげー)


 (161キロは、やばすぎる)


 (春樹君かっこよくない?)


 (バッターの春樹君のが好き)


 (マネージャーの子、かわいいな)


 (桜水のマネージャー可愛すぎる)


 エヘヘへ


 (春樹、あのマネージャーと出来てんだろ)


 (アルプスのかわいい子もマネージャーだろ、桜水のマネージャー可愛すぎる、俺も入部したい)


 (俺はアルプスにいたマネージャーのがいいな、ベンチのあの子なんかムスッてしてる)


 (春樹、マネージャーと出来てる件)


 (耳もとで何話してたんだ、ベンチでイチャイチャするなよ)


 (アルプスの子の方がかわいい)


 (ベンチの子かわいいけど、なんか怖い睨んでない?)


 (春樹君、騙されてる)


 パタっ


 閉めた、うん、見ないほうがいい





「再び、三塁側アルプスです、今度は先程お話に上がりました、通訳もこなして記録員も頑張ってる星川さんのお母様です、こんにちは!」


 え!母だ、やばっ!なにやってんだよ 


「どうも、星川です、ウフフ」


「星川さん、素晴らしい娘さんですね」


「いえいえ、おてんば娘で、野球バカですけど、なんとか優しい子になってくれたかなと思ってます」


「そうですかぁ、ベンチでは春樹君と仲良くしてる姿も見ることが出来ましたが、お母様も春樹君と交流あったりするんですか?」


「もちろん、もう義理の息子だと思ってるくらいです、私の料理を美味しい美味しいって言って食べてくれるんですよぉ」


 おーーーーい


 パチっ

 消した


 この先怖くて見れない





 大会を順調に勝ち上がっていく


 二回戦三回戦は、打力がそこまでのチームではなかったので、二試合とも最初の三回をコバさん、大舘さん、梨田さんで回して、残りの六イニングを竜斗に任す戦法をとった


 これがどハマり


 そして、打線も活発、楽に勝てた





 準々決勝


 対戦相手…春に優勝した高校


 そう、初戦の関西の高校に春は勝った高校


 当然、ガッツリ優勝候補

 春夏連覇を目指す高校


 こりゃやばい


 お隣、神奈川県の高校


 この高校は小田急線沿線にある


 なので、小田急ラインマッチアップなんて騒がれてる


 んで、150キロ投手が四人もいる


 150キロカルテット!なんて言われてる


 えっと、どうしてそんなことになる?


 おかしすぎるぞ!


 そして、もう一個不安材料が


 竜斗にホームランが出ない


 最初に一発打って以降出てない


 打球が上がらない


 ホームランどころか、長打が出ない


 ヒットは出る


 四球も今まで通りもらう


 でも、おかしい


 投手の影響なのか、何かメカニクスの問題なのか


 でも、見たところ何がおかしいのか、わからない


 とりあえずは投手もあるし、ヒットは出てるので様子見する





 試合が始まる


 竜斗は五番投手


 今日は打順を下げた


 初戦以来の先発登板


 相手投手陣を考えると、一点もやれないので先発


 なので、竜斗の負担を和らげるため

 疲れも少し出てきてるため、打順を下げた


 段々日程が詰まってきてる


 今日勝つと明日すぐ準決勝

 なかなか、キツイ


 明日は一応ノブさんが先発する予定

 だけど、腰の具合は悪いまま、痛み止めを打っての出場になる


 色々、キツくなってきてる


 初戦の相手監督のインタビューの意味が、ヒシヒシと伝わってきた



 トニーからの指示


 球数は状態見てだが、勝ち優先でいい


 その球数を見て、多かったら明日の試合はベンチスタートも視野に入れる


 他は何もなかった


 おそらくトニーは、もう綺麗事なんて言ってられないと感じたんだろう


 負けたら終わりのトーナメント

 日本の高校野球なら当たり前のこと

 でも、アメリカの高校野球はリーグ戦

 なので、トニーはこの感覚は初めて

 アメリカ人のトニーも、この甲子園の雰囲気に合わせてきてる。


 

 うちはジャンケンに負けて先攻

 投手戦が予想されるので、後攻が良かったがしゃあない


 んで、天気が良くない、降らなければいいんだが…




 準々決勝、試合開始


 相手投手は大型左腕、背番号10だが、これまた凄い


 コントロールがアバウトだが、それがまた逆に絞れない


 球威抜群、150キロがチョイチョイくる


 左腕の150は更に速く感じるはず


 だが、竜斗も負けてない


 一点もやらないつもりでギアを上げ気味に投げる


 でも、やはりいつもの余裕の表情が見られない

 やはり、疲れが段々きてる


 投手としてのスタミナは経験の無さから、期待は出来ない




 四回表まで、お互い走者を許さない


 が、四回表が終わる頃、雨が落ちてきた


 てか、通り雨


 ザーときて、すぐやんだ


 マウンド大丈夫かなぁ

 見たところ平気そうだけど…




 四回裏


 竜斗が投げた初球だった



 カキーーーン



 相手チーム、一番バッターがかっ飛ばした


 うっそ


 球速表示は140キロ


 え?竜斗からしたら遅すぎる



 レフトスタンドに運ばれた


 初被弾


 相手バッターは吠え、はしゃいでる


 何が起きた!ベンチからは何もわからなかった


 タイムを取って、ノブさんが駆け寄る


 ノブさんが、マウンドをほじって何か説明してる


 慌てて、こっちも伝令を飛ばす


 もしかして…足滑った?


 もしそうなら、投手経験の少なさが原因だ


「マッキーさん待って!」

 伝令に走る牧野さんを呼び止める


「竜斗に、足大丈夫か聞いて!どこか少しでも痛いところあるなら一旦ベンチに戻して!」


「わかった」


「それと、足大丈夫だったら、励まして!大丈夫だから!ソロなんて気にするな!って言って、お願い!」


「了解!」


 この甲子園で初めてリードを許してしまった展開


 疲れからくるメンタル低下、それに足が心配


 そして、ノブさんが足場を固めたら、二球投げて、こっちにOKサインを作る竜斗


 良かったぁ、怪我はしてないみたい


 マッキーさんが戻ってくる


「足は大丈夫だって、あと伝言」

「ん?」


「滑っちゃった、だって」

「……わかった」


 違う、いつものおどけてるやつじゃない

 私に心配かけさせないためだ

 顔見ればわかる


 怪我がないのはわかった、良かった

 でも…焦ってる、竜斗が焦ってるのがわかる


 この一点の重みに気づいてる



 竜斗が、後続をしっかり切り、帰ってきた


「大丈夫?」

「うん、大丈夫」


「足じゃなくて!焦ってない?やばいやっちまった、どうしよ?とか思ってない?」

「え、いや、大丈夫だ…よ」


「嘘だ!大丈夫じゃない!座って、説教」

「え?」


「竜斗、みんなを信じて!一人で野球やらない!一点くらい取られて何落ち込んでんの!みんながどうにかしてくれるから!それにもっとペースを落として、みんな守ってくれる、無理に三振を取りにいかない!後ろまで持たないよ!」


「わかった、ごめん」


「竜斗大丈夫だからね」

「うん、ありがとう」

「よし」


「杏子!」

「なに!」

「やられたらやり返していい?」

「は?」


 え、初めての闘争心


 そう、竜斗は野球をしてる時はいつもニコニコ楽しんでる、闘争心なんてないかと思った


「いいよ」


 男の闘争心を消すほど野暮ではない


 でも、どうゆう意味なんだろ



 カキーーーン!


 え?


 わっ!


 大さんが、放った打球が左中間を襲う!


「いけーーー!」



 ポーン


 スタンドでボールが弾んだ


「よっしゃーーーー!」


 これはでかい!


 取られた後のすぐの同点弾!


 静かになってたこっちアルプスが湧く


「ね!どうにかしてくれたじゃん」

「う、うん本当ありがとう」


 元補欠がいつのまにか、ノブさんみたいに責任をしょってたか…



 その後、竜斗は、ペースを落として打たせて取るピッチング



 1対1の試合が続く




 七回裏ツーアウト


 バッターはさっきホームランを打ってはしゃいでた、一番バッター


 すると、竜斗がタイムを取って、キャッチャーのドリさんを呼ぶ


 内野陣も集まる…が、竜斗が来なくていいと振り払う


 竜斗がドリさんと何か打ち合わせしてる


 え、このバッターを警戒してるの?


 さっきは滑って打たれただけじゃん


 打ち合わせが終わり、ドリさんが戻る


 なんだろ



「プレイ!」

 試合が再開する


 ドリさんが右バッターのインコースにかまえる

 竜斗はタイム明けなのに私を見ない、シカト


 投げた!


「ボール!」


 バッターが一度打ちにいったが慌ててのけぞる!後ろに倒れそうな勢いで


 インハイにツーシームを持っていった!


 スピードは140キロ


 ツーシームにしては少し遅い


 少し内側から更に一気に内側に曲がっていった

 竜斗にしてはスピード遅めの一見甘めなので、バッターはチャンス!と、思って打ちにいったが曲がってきてビックリした格好だ


 あ、これさっきのスピードと一緒、でコースも途中までは一緒


 あえて打ち損じを狙った…のか?


 いや違う


 竜斗が鬼の形相をになってる


 そう、あの工藤さんと揉めた時みたいに

 打たそうって顔じゃない


 もしかして、今の挑発?

 わざと打ちにこさせて、のけぞらせた?



 二球目に備えてドリさんがかまえる


 え?


 見るからにど真ん中にかまえてる

 しかも、少し力が入ってるのがわかる

 これ、く、くるぞ


 投げた!


 ズダァン!


「ス、ストラーイク!」


 ど真ん中に鬼のようなボールが決まった


 さっきのインコースで完全に腰が引けたバッターは手が出ない


 スピードガンが161キロを表示する


 おおーーーー

 観衆のどよめきが起きる


 初戦以来の160キロオーバー


 これが見たかったんだとばかりの観衆の歓声


 ま、まさか、やり返すってこれ?


 でも、ど真ん中は無茶じゃ…


 そして、サイン、いやノーサイン

 またど真ん中にかまえるドリさん


 間髪入れずにすぐ投げる!


 バッター見逃す

「ス、ストラーイク!」


 おおおおーーー

 また161キロを表示している



 そして、またど真ん中にかまえる



 今度は間合いをゆっくり取る

 深呼吸してる

 そして、セット


 今度は鬼の形相のまま、私を見る

 コクッと頷く

 私もいいよ、いったれと、バッターの方にアゴを向ける


 投げた!


 スドォン!


 相手バッター振るも空振り


「ストラーイク!バッターアウッ!」


 スピードガンは164キロを点滅させて表示する


 

 ドドドーーーー

 球場全体が地響きのような歓声を起こす


 換算すると102マイル


 自己最速がここで出た、そして自身の甲子園最速を塗り替える


 おそらく、今後破られることはないかもしれない、この大記録


 それを背番号4をつけ、内野グローブをはめた野手ぽい投手が打ち立てた


 球場に来てる人達全員が、歴史的瞬間の目撃者となる


 竜斗はスピードガンも見ずに、小走りで帰ってくる


 記録なんて興味ないこの人


 前に言ってた、試合に出れてるだけで幸せだと…


 甲子園でプレーする人達のほとんどの人が、試合に出れて当たり前で、ここまで野球人生を歩んできてる


 でも、竜斗は違う、試合に出ないのが当たり前をずっと、ずっと、経験してきている


 記録に興味を持つのは、まだ先なのかもしれない


 

「怒ってるね」


「まぁね、ムカついた、だってさ、足滑らせて投げたやつをホームランしてあそこまではしゃぐか?俺だったら絶対やらない、ちゃんと勝負してホームランならいいと思う、俺だって嬉しくてやっちゃう時あるから、でも、相手のミスをはしゃいで喜ぶのはよくない、もちろん、それがサヨナラとかだったら別だけど」


「うんうん、わかったそうだね」

「うん」


 久しぶりにオスの香りがした、いつもは、どこか中性的で甘えたりもしてくるので、オスの部分は全く見えない


 でも、本気で怒った時は途端にオスに変身する

 そんな部分も私は大好きだ


 ど真ん中ストレート三球でねじ伏せるなんて、かっこよすぎる、漫画かよ!


 ただ…竜斗、相手バッターは足を滑らせたのわからなかったんじゃないか?


 この学校の振る舞いをさっきから見てると、だいぶ紳士だぞ


 それに、この春樹から打てば、どんな状況でも嬉しいはず


 そんなに怒んな


 まぁ、いいか

 そっとしておく


 ホームランを打たれた相手に、次は全力で抑えにいく

 悪いことではない



 

 試合はお互い点が入る気配がなく進んでいく



 そして…


 九回で決着つかず延長戦に突入


 うちは先攻

 点を取られたらサヨナラ負けをしてしまう状況


 こうなってしまうと、うちに緊迫が続く


 今度はソロ一発でもダメだ


 当然、竜斗を続投させる


 相手チームは延長から三番手ピッチャーに代わる


 出てくる人、どいつもこいつも150キロ

 このカルテットやばい


 相手はここで背番号1をつけたエースが投げてくる


 もうさ、一人こっちに移籍してきてよ!

 小田急線の快速急行乗ればすぐだよ!


 あ、だめだ、うちの学校の最寄り駅、快速急行止まらねー


 通過だ通過


 そもそも論で、相手チームの人達は他の県から来てるかもしれない


 桜水高校のコミュニティの狭さと一緒にしてはいけない





 延長12回が終了

 ここまで竜斗の球数122


 12回を投げてこの球数は異様なほど少ない


 当たり前、ボール球が極端に少ないのが竜斗の持ち味だ


 この球数なら、他のエースはまだ全然いくかもしれない


 でも、竜斗は違う、こんなに投げ込んだことすらない


 甲子園で投手デビューして、今日で四試合目

 疲労も溜まってきてる


 この一点もやれない状況の中でのピッチング

 スタミナは球数以上に削られる


 それに追い討ちをかけるこの蒸し暑さ


 通り雨の後、天気が一気に回復

 今は太陽が照りつけている

 気温がグングン上がってきてる


 そろそろか…



 竜斗が帰ってきて、隅っこに座った

 タオルを頭からかぶり、肩で息をしている


 隅っこに座ったのを見て、みんなでそっとしておく


 それが一番いいと思う気がするほどの、疲労感を感じさせる


 余計な会話も疲れに繋がる気がしてくる


 あと1イニングで限界かな


 そしたら、私がタオルを投げよう


 これで負けてもしょうがない


「監督!あと1が限界、梨田さんに作ってもらってください」


「わかった」


 延長は15回まで


 決着がつかなかったら、明日にスライドになり

 明日の準決勝は予備日の明後日にスライド

 そしてその次の日が決勝になる


 なので、今日引き分けたらもうダメ

 チームは力尽きる


 なので、今日の引き分けは負けを意味する



 ん?


 隅っこにいる竜斗に工藤さんが近づく


「ハル悪いな、一人無理させて、俺なんとか打ってチャンス作ってくるから、デッドボールでもなんでもなんとかチャンス作って、上位打線に返してもらって、ホーム踏んでくるから、もう少し辛抱してくれ」


 この回に打席が回る工藤さんが、竜斗を励ます

 竜斗は、コクッコクッっと頷いてから


「じゃあデッドボールでお願いします」


「なんだよ、打つ方も期待しろよ!ハハ、まぁ無理そうだったら当たってくるわ」

 と、言ってネクストに向かった


 微笑ましい

 この二人だからこそ思える




 13回表 ワンアウト


 こっちは下位打線


 バッターは八番平山さん



 ボフッ


 初球デッドボール


 わお!先に平山さんが当たっちゃったよ!


 工藤さん、さすがに二人連続当ててこないよ


 平山さんは大丈夫そうだが、ここでピンチランナーを送る


 マッキー登場



 そして、三球目で盗塁を決めた


 この甲子園の大舞台、緊迫した延長戦、相手は春優勝校


 しかもマッキー二年生


 なのに盗塁をしっかり決めて仕事をする


 この空気を読めないメンタルがここで活きる!

 こいつはこいつで、将来大物になるんではないか?


 さぁ、工藤さん、いつもの三遊間を抜くしぶといヒット打って…


 あ、相手守備シフトが三遊間を詰めてる


 うわーさすがだ、ぽっと出の都立の下位打線のデータもしっかり持ってるんだ


 もう褒めるしかない


 工藤さん負けんな!打ったら今までのチャラ!


 ここまで、更生してしっかりやってるけど、私はチャラにしてない


 カウント、ツーボールワンストライク


 相手エースがセットに入る


 マッキーがセカンドベースからリードを取り、ちょこまか、行くぞ行くぞと、そぶりを見せ、相手投手に揺さぶりをかける


 うわ、なかなか良いよ!それうざいよぉ


 うざさナンバーワンマッキー


 相手エースが四球目を投じる


 カキン!


 打球がレフト方向に上がる


 フラフラっと上がる

 レフトフラ…イ?


 レフトがフラフラ下がる、下がる、フラフラ下がる


 捕球体制に入る


 え?


 一瞬風吹いた?って思ったくらい、最後少し伸びた


 スポッ


 レフトスタンド最前列にすぅ〜っと吸い込まれた


 ………


 うちのブラスバンドの演奏が止まる


「え?入った?今の入ってるよね!」

 近くにいたノブさんに思わずタメ口


「は、入ってる」


 審判が手をクルクルさせてる


「おっっっっっしゃーーーー!」

 みんな叫ぶ、私も叫ぶ


 相手投手はまさかと膝に手をつきガックリしてる


 そりゃそう、工藤さん生涯初ホームラン


 まさか、まさか、ここで出るのか


 これだから野球は面白い


「竜斗!工藤さん打ったよ!りゅう…」

 隅っこにいる竜斗を見て、言葉に詰まった


 な、泣いてる


 目をタオルでゴシゴシさせてる

 初めて見た、竜斗が泣いてる

 まぁまぁ泣いてる


 ベンチが歓喜の中、隅っこで泣いている


 私はスタスタと近くに寄り


 何も言わず、隣りにちょこんと座った


 私は何も喋らない、男泣きを邪魔するほど野暮ではない


 ただ寄り添うだけ

 

 寄り添って、その涙を心の中で汲み取ってあげるの


 隅っこで横並びに座る私達

 ユニフォーム姿の横に制服姿の女子


 いいよ映しなさいよ


 どんとこい


 笑えばいい


 イジればいい


 けなせばいい


 好き勝手言えばいい


 見てる人はうちのチームにどんなドラマがあったなんて知るわけない


 竜斗の優しさで戻ることを許された工藤さん


 その人が土壇場でホームランを打つ


 しかも約束通り、いや、約束以上の結果を竜斗にプレゼントした


 竜斗は色んな想いを乗せて泣いている


 この緊迫した試合を一人で投げ抜いてきた

 元補欠選手が責任を感じ投げ抜いてきた

 喜びと感動が涙に変わるのは無理もない

 

 まだ、裏の守りがあるよ!なんて言葉は放たない


 この人がそんな想いを乗せて打たれるわけがない


 きっと世界一の選手になるんだから


 そんな未来の旦那をベンチの横で支えて何が悪い


 寄り添って何が悪い


 周りに何を言われようとも、私は恥ずかしがらず、未来の嫁としての務めを果たす!

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ