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モンスター協奏曲  作者: 東京小町
PR
47/58

投手デビュー

 

 大会二日目 晴れ時々曇り


 気温三十一度


 今のところ浜風二メートル 


 観衆は四万五千と発表された。


 まだ一回戦なのに、異例の満員札止めとなった。


 他にも好カードがあるからかもしれない


 でも、ほとんどの人が優勝候補のチーム相手に、廃部確定、人数ギリギリ、ぽっと出の初出場公立高校が、どこまで戦えるのかを見に来てる。


 激戦の東東京を戦い抜いてきたとはいえ、誰もうちが勝てると思っていない。


 


 ノブさんはジャンケンに勝ち先攻


 ナイス!


 向こうも先攻が欲しかったはず


 立ち上がりに難があるが、それを抜けたら無双してくる投手、初出場チームが緊張してる守りの中を初回に打ちまくって、ペースを作りたかったはず


 先攻欲しい同士のジャンケンに勝ったのはでかい!


 うちのラインナップ


 一番 投手 春樹

 二番 遊撃 羽堂

 三番 右翼 大沢

 四番 中堅 三沢

 五番 一塁 佐藤

 六番 二塁 高瀬

 七番 捕手 有村

 八番 三塁 平山

 九番 左翼 工藤


 一番ピッチャーは無謀そうに見えるが、勝負は初回!


 打順は下手に変えずにいく


 それに、先攻の一番なら打った後、投げるまで間があく


 だから一番で起用した


 なので、マジで先攻を取れるか取れないかが鍵だった


 ノブさんから、先攻!って言われた時はめっちゃ喜んだ



 今頃、相手チームはこのメンバー表をみてビックリしてる


 なぜ佐藤が投手ではない?


 昨晩のスポーツニュースや今日のスポーツ新聞は、好投手佐藤はどこまで抑えられるか!


 なんて騒いでる


 それが、フタを開けてみたら、先発は予選にも出てない初登板投手


 背番号からしたら野手登板?って感じだろう


 そりゃそう、一切データがない


 竜斗は打者としてはマークされてる


 ニュースも新聞も踊ってる


 でも、投手はみんな寝耳に水だ


 いやぁ、考えすぎかな

 

 相手はふぅーん、佐藤じゃないならコテンパンにして、とっとと佐藤を引きずりだそう!


 くらいにしか思ってないかもしれない。


 それだけの戦力が揃ってる学校だ


 全国から有望選手が集まって、死に物狂いで練習してレギュラーを勝ち取った軍団


 そう思われて当たり前かな


 まぁ、でもビックリしてるのには変わりはない

 それだけでじゅうぶん作戦は成功してる。



 第一試合が終わり、負けたチームが甲子園の土を泣きながら集めてる、その脇をかすめてベンチに入る


 第一試合の三塁側は負けた

 縁起悪い


 みんなグラウンドに散りアップを始める


 アルプススタンドは入れ替わりが進んでる


 母は一人で来てる、どこに座ってるんだろうか

 姉はさすがに来れないので、社員一同でテレビに向かって応援するって言ってくれた。


 父は試合が東京なので、選手の皆さんと見てくれてる


 父のチームに、相手高校出身選手がいるからもある


 竜斗の家族、両親がアルプスに来てる。


 なんと、創業して初めてお店を休んだらしい


 東京から五百キロ離れたこの地に、学校総出で見に来てる


 マリさんも来てる


 私のクラスの子も来てる


 みんな、みんな、それぞれの思いを乗せて、テレビで見たり、ここに見に来てる


 その中で試合を出来る幸せを、みんな感じて欲しい



「三塁側、先攻、桜水高校」


「一番、ピッチャー、春樹君」


「二番、ショート、羽堂君」


 ウグイス嬢による、ラインナップの発表が始まる


 甲子園の電光掲示板に、一番ピッチャー春樹が表示される


 それを見て、甲子園全体がどよめく


 うちのアルプスは湧く


 そう、学校内では、竜斗の投手としてのポテンシャルも、ある程度知れ渡ってる


 うちのアルプスは、みんな期待してる


 ノブさんの好投を期待してた、他の観衆は明らかに落胆してる


 そして、今頃テレビでは、大騒ぎだろう、それと同時にノブさんのアクシデントも疑う


 まぁその通り


 うちの父と母も姉も竜斗の両親も、さぞびっくりしてる


 自分達の家族にも情報規制したから


 当の本人竜斗は、のほほんとアップを始めてる



 相手投手がブルペン投球を開始する


 やはりエグイ


 エースナンバーをつけたガッツリ投手体型の左腕


 雰囲気ありすぎる


 東東京の決勝で当たった左腕より、全然凄い、レベチだ


 で、うちのブルペン…誰もいない、あれ?


 竜斗はキャッチボールを終え、そこでクルックルッてやってる


 ん?は?


 またバレリーナやってる


 確かに、一塁牽制を一度もやってない


 そう、シート打撃で誰も一塁に出なかったから


 それに、牽制の練習してる暇なかった…


 だけど…今やるなよ


 マジかよ、ここ甲子園だぞ


 相手優勝候補だぞ


 牽制出来るフリして、しれっとピッチャーやりなよ!


 フフフ、なんかマジで笑えてきた


 メンタルお化け過ぎる



 そして、やっとブルペンに入る


 ドリさん相手にいつもの、私達の共同作業のスピードでパンパン投げる


 ブルペンの前で観戦する人達は、こりゃ無理だ!の、顔をしてるのが、ここのベンチからでもわかった。


 相手もこれを見て、ニヤリとしてるのが伝わってくる。


 で、竜斗はとっとと切り上げてくる


 舐めてんのか!と、思うが、これがいつものルーティン


 竜斗はこの大舞台でも崩さない


 むしろ、先発だからいつもより多めに投げた


 うん、それでオーケー




 整列


「お願いしまーす!」


 いよいよ始まる



 相手投手の投球練習も終わり、ボール回しが行われてる


 竜斗は左バッターボックスの前で屈伸してる


 そして、私を見る、監督じゃなくて私を見る

 ニッ!


 いつもの笑顔


 三塁側だから、よく見える

 三塁側、神


 私は満面の笑顔で返す

 行ってこい!


 こんなのお前からしたら通過点だ!行ってこい!


 こっちの緊張を悟られないように気を張る



「プレイボール!」

 ウーーーー


 甲子園の独特のサイレンが鳴る


 ブラスバンドの応援がこれから始まる



 クワァキーーーン!



 まだ静かな球場内に、すざましい金属音がこだまする


 え?嘘でしょ?


 いきなり?


 ぶっちゃけ、見てなかった


 サイレンがまだ鳴り止まない初球を叩いた!


 いつものミサイル弾がすっ飛んでいく


 わーお


 でもちょっとタイミング早かったかな


 打球は一気に弧を描き、グイーーーンとファールゾーンに曲がっていく


 ファールかな?


 こっちベンチはみんな首を横に倒して、打球を見つめる



 バイーン、と、聞こえてきそうな勢いで、ライトポール上段に当たりボールが跳ね返る、ボールはグラウンドに戻されテンテンとする


 …………


 球場が一旦静まりかえる


 球場全体が何が起こったの?状態


 私も固まった


 スコアブックを落とさないようにするのが精一杯


 竜斗はもう二塁を蹴っている


 ドドドドーーーーー


 球場全体が湧き起こる!


 慌ててブラスバンドが得点したときのテーマを流す


「ま、マジかよーーー!」

 みんな叫んだ、私も叫んだ


 凄すぎる!

 

 いきなりいく?


 こっちもまさか、初球はいかないだろと、余裕かましてたわ

 

 甲子園の大舞台、しかも、相手はプロ注目ピッチャー


 なんでいきなり、初球をフルスイング出来るのよ



 竜斗がホームを踏んで帰ってきた


「ねぇ!サイレンまだ鳴り終わってなかったよ!」


「あーなんかいい球きたから、打っちゃた、俺のテーマソング聞きたかったんだけどね、残念」


 はあ、コイツはイチイチ予想を越えてくる


 カキーン


 ん?あ!


 羽堂さん、いつものどさくさ紛れヒット!


 そう、この竜斗の後を打つ羽堂さん


 スイッチヒッターの羽堂さん


 これが、どさくさに紛れてヒットを打つのが上手い


 だいたい、竜斗のホームランの飛距離を見て投手は落胆する


 そのままボーッとした状態で投げてくるのを、待ってましたと打ち返す


 これは、女癖が悪い羽堂さんが、いつも修羅場を迎え、どさくさに紛れて逃げてるからこそだ!

 と、私は真剣に思ってる


 ここで活きる!合コン大好き打法!



 そして、次は羽堂さんとはド反対の硬派大さん


 彼女も見に来てる、今頃スタンドで漫画描いてるかも


 うちのブラスバンドがやっとこさ仕事を始める


 宇宙戦艦ヤマトのテーマ


 わーお!


 凄い!うちのブラバン凄い!


 東東京大会よりキャパ多めの甲子園のアルプス

 演奏人数を増やすと聞いていたが


 マジで凄い!


 それに合わせてチアが踊る


 それに合わせて、サッカー部を中心とした急造男子応援団がメガホン越しに大きな声で歌う


 マジで芸術

 マジで鳥肌




 大さんが硬派らしく四球を選ぶ!

 さすが硬派!


 ノーアウト二塁一塁


 ここで、迎えるのは…


 くじ引きやらかしガブさん!


 責任取れよ!



 必殺仕事人のテーマが流れる


 吹奏楽部顧問の単独トランペット


 聞き惚れる

 と、思った瞬間だった



 カキーーーン!



 レフトが下がる!下がる下がる!



 入ったーーーー!


 す、スリーランショット!


「おっしゃーーーー!」


 マジでカッツポーズ!マジで!ガッツポーズ!


 あ、やば、映ってないよね


 慌てて女の子座りをする



 カブさん、実質チャラだよ


 てか、よく打ったわ

 この人プロゴルファーでいいの?


 球場内はどよめきと、うちのアルプスの歓喜が交差する


 慌てて、相手チームが伝令を出す


 そして相手ブルペンに背番号10のピッチャーがワッセワッセと走って向かう


 てか、身長デカくね?


 なんなら竜斗より全然デカい


 あんなのもいんのかよ!


 けっこう長いタイム

 審判が早くしろとうながす

 制限時間超えてないか?


 でも、これで立ち直る相手投手


 あとはサクッと打ち取られた


 さすがだ、てか、その立ち上がりの癖、どうにかならんのか?



 チェンジ


 とりあえずは、いや、ドンピシャ!作戦ドンピシャ!当たって砕けろ作戦大成功!


 初回一気に四得点は出来すぎ!


 球場全体がまだどよめいてる


 みんな知らない


 ガブさんは中学全国優勝したクラブチームの主軸だったんだよ


 大さん、大沢さんだって、家庭の事情がなければ相手チームでもレギュラー張れたかもしれない存在、だから冷静に四球を選ぶんだよ!


 みんな、うちを舐めんなよ!


 この奇跡のチームを!



 

 さぁ、投手竜斗の出番だ!


 って、あれ?


 ベンチ前のキャッチボールもしないで、涼しい顔してマウンドに向かった


 はいはい、もうどーぞ


 トニーから竜斗への司令がある


 まず、球数百球以上はダメ


 それにフルパワーはダメ


 余力を残して投げること


 但し、ピンチの時はフルパワーオーケー


 そして、運良く百球以内で最終回にマウンドに上がれたらフルパワーで抑えろ


 負けたら終わりの最終回は魔物がいるから


 なのでベンチにいる私が、投手春樹を管理する!


 トニー任しとけ!


 

「守ります桜水高校、ピッチャー、春樹君」

 守備の紹介が始める


 そしてどよめく球場内


 でも、うちのアルプスからは歓声が湧く


 竜斗の投手デビュー戦、ずっと前の練習試合を見てた人が起こした噂話は、学校中に蔓延してる


 あのボールを見た人は信じることが出来る


 私も信じる


 なんせ、101マイルなんだから


 あの時の球速を知ってるのは、私とトニーと、父しか知らないけどね



 背番号4番をつけた選手がマウンドに上がる


 グローブは、うちの兄のグローブ


 そう、お手紙グローブ


 でも、投手用グローブではない


 バットを買う時に投手用グローブも買えと促した


 でも、竜斗は断固拒否してきた


「なんで?このグローブじゃダメなの?このグローブじゃなきゃ嫌だ!」と、駄々をこねた


 確かに、ウェブ部分は投手用ぽくなってるのでいいんだけど…


 買うに越したことはないんだが、そう駄々をこねられると何も言えない


 いや、私は嬉しくて何も言えない


 こんなにこのグローブを大事に使ってもらえるとは思わなかった


 そんな、野手丸出しの背番号4が投球練習をしてる


 みんな、あー、しょうがなく野手が投げるのね状態


 でも、投球練習が進んでいくうちに雰囲気がガラっと変わる


 最後の投球練習


 ズバァン!


 ……


 球場が静まりかえる


 ただごとではないことを察知する球場全体


 ドリさんからゴー君にボールは送られて、ボールが回しが始める


 竜斗は慣れないロジンで遊んでる


 とりあえず、粉つけてみた状態


 竜斗の顔がそう言ってる


 ロジンの付け方も知らないかもしれない


 そして、自分の足首をポンポンと触る


 そう、ミサンガが付いてるから


 うんうん、私も触る

 

 ボールが竜斗に返ってきた



「プレイ!」


 相手トップバッターはプロ注目左バッター


 地方大会では、チームトップの打率を誇る


 竜斗がドリさんのサインを見る


 サインわかってんのか?と、心配になるくらい


 ランナーいないけど、セットポジション


 ワインドアップとかも教えたけど、このセットが一番いいみたい


 私と一緒に作ってきたこのフォーム


 感動してくる


 ふぅーと、息を吐いたあと、私を見る


 そしてコクっと頷いた


 私も頷いて返す


 三塁側、神


 そして何かつぶやく、なにつぶやいてんのかな


 キャッチャーのドリさんが、ススっと外側にミットをかまえる


 注目の第一球が投じられる



 ズバァン!



「ス、ストラーイク!」


 寸前でドリさんのミットが内側に寄った


 カッターだ


 相手バッターはボールと判断したら、急に曲がって入ってきたから手が出なかったんだな

 と、思ったら、そんな次元じゃないことを思いしらされる


 電光掲示板のスピードガンが153キロを点滅させて表示していたから


 高校野球甲子園最速記録は、もちろんストレートで155キロ


 それをカッターで迫ってきてる


 しかも余力残して…


 んで、今のカッターはだいぶ動いた


 横から見て、そう思うんだから、テレビ中継は今頃、今日二回目の大騒ぎだろう


 球場全体が固まってる、うちのアルプスも


 そして、更に相手バッターは、めっちゃ固まってる


 私も唖然とする

 そりゃ、甲子園のスピードガンに見惚れるよ

 知ってたけど見惚れたよ

 でも、私は違う、唖然としてるのそこじゃない

 

 この超満員の甲子園、人生ほぼ初の試合登板

 その初球

 なんで、普通に力発揮出来るのよ

 なんで、かなり動く153キロのカッターを狙ったところにドンピシャで投げれるのよ

 

 頭ん中見てみたいわ

 アホすぎる


 そして、再認識する、竜斗はとんでもないモンスターなんだって


 

 そんな竜斗は、どこ吹く風でドリさんからの返球を受けとる


 

 サインを見る


 セット


 今度は私を見ない

 んだよ、最初だけの儀式かよ


 ドリさんが、ススっと今度はインコース、しかも高めにかまえる



 ズダァン!



 相手ブラスバンドが演奏してるのに聞こえるミット音


 インハイ真っ直ぐ


 スピードガン表示は156キロを表示し点滅させる


 登板して二球目で甲子園記録塗り替えちゃった


 オオオオーーーーーー


 球場内が地響きのような歓声を起こす


 さすがに相手ブラスバンドも演奏を止める


 記者席のカメラはみんな、プロ注目の相手バッターを捉えてたが、そのカメラは一気に、綺麗に、投手竜斗に浮気する


 三球目


 インローにストレートがうなりをあげて、ドリさんのかまえてたミットを一切動かさず収まる


 ジャストルッキング!

 見逃し三振だ


 スピードガンは157キロを表示して点滅させてる


 球場内騒然、どよめき、えらいこっちゃ騒ぎ


 ドリさんは、何事もなかったかのように、サードにボールを送る


 竜斗の投球を見た名取監督が、ブルペンに向かって帰ってこいと指示を出す


 最初から大舘さんをブルペンで準備させてた


 竜斗がダメだった時のために


 でも、その必要はないのがわかったから


 んで、竜斗は…固まってる

 三振取って振り返った瞬間、自分の球速を見たからだ


 口をパクパクさせてる

 ウケる


 すまん竜斗、私はあなたに一つだけ隠し事してた


 このスピードを…


 竜斗本人は自分を140キロくらいだと信じてここまで来てる


 そりゃ、固まる


 ん?


 なんか顔をブルブル振ってる


 スピードガン間違えてんべ、的な感じで


 間違えてないよ ウケる


 かわいいと思えてきた



 打者二人目は右バッター


 初球ツーシーム


 二球目ストレート


 んで、三球目

 高速スライダーで空振り三振


 スピードガンは142キロを表示している


 曲がり球の変化球でこのスピードはもうバグってる


 三振取って竜斗は電光掲示板に振り返る

 そのスピードを見て

 だよねー顔


 いやいやいや、それスライダーの球速だからね!


 ストレートじゃないから!



 慌てだす相手ベンチ


 ふふふ、これちなみにフルパワーじゃないからね


 打者三人目

 プロ注目の左バッター


 高校通算、えっと、何本だっけ、とにかくメチャクチャホームラン打ってる人


 初球ストレート 

 インロー、空振り

 さすがプロ注目スラッガー、鋭い振り


 だが、遅れてる


 マシン打撃で速い球は散々練習してきてるはず

 でも、生ピーの156キロビタビタはさすがにエグイ


 二球目ツーシーム空振り

 アウトロー

 見逃せばおそらくボール


 でも、初球から比べるとまだ打ちやすそうなボールが真ん中外寄りにきた、と思ったら手元で一気に外側に逃げていく


 そりゃ振る



 三球目


 ズダァン!

 アウトハイにストレートが決まる


 バッターは動けない


「ストラーイク!バッターアウッ!」


 ゾーンギリギリをなぞっていくこの制球力


 かまえたミットが動かない、そしてこのスピード 


 なので審判は「ボール」と言えない、まぁ全部ストライクだけどね


 そしてスピードガンは158キロを点滅させている


 どんどん甲子園記録を塗り替えていく


 球場全体が竜斗のピッチングに飲み込まれてる



 そして、竜斗


 あ


 竜斗も固まってる


 スピードガン見ちゃった


 さすがに気づくよな



 セカンドのゴー君に何か言われ、固まりを解凍させ慌てて戻ってくる



「ナイスピッチング!やったじゃん」

「う、うん」


 あれ?怒ってる?


 私の横にドカッと座る


 コバさんが持ってきたレガースを、横で付け始めながら、私を見てくる


「嘘つき」

「は?」


「杏子が嘘つくなんて…」


 え、嘘?なんの話?


 今度はタオルで汗を拭きながら、ショックな顔つきをしてる 


「嘘なんてついてないよ」

「140キロって言ってたじゃん!」


「は?言ってないし!自分で勝手にそう思い込んでただけじゃん!」


「え?そうだっけ?杏子に140キロだよって、俺言われなかった?」


「あの練習試合の時?それともうちで会議した時?まぁどっちでも言ってません、言ったのうちのお父さん!」 


「そっか、でもじゃあさ、聞くけど、俺から140キロ?って聞かれたら、嘘言わなかった?杏子はもちろん、もう少しスピード出てたの知ってたよね?」


「うっ」


 少しどころじゃないぞ、だいぶのスピード差だぞ


 まあ、そこはいいか


 でも、たぶん聞かれたら嘘はついたな、竜斗のためだもん


「ちょっと竜斗聞いて、あのねトニーに口止めされてたの、竜斗のために言わないでくれって、それをお父さんも守って適当に答えたの、竜斗ならわかるよね、トニーが何も意味なくそんなこと言うわけないの、理由は私もわからない、どうしてもならトニーに聞くよ」


 ベンチで説き伏せる私


 てか、攻撃始まった


 スコア書かないと


「そっか、ならしょうがないか、許す!」


 ホッ


「今まで黙っててごめんね、でもね、私は竜斗のためになるんだったら、なんでもやるよ、それが例え竜斗に嘘つくことになってもね、ただぁし、嘘つくかもしれないのは野球だけ、他は嘘つかないよ、安心して」


「わかった、安心する」


 ふう 


 まぁまぁ、となりで喋ってたぞ


 変な映り方してないか心配になる


 エグイボールを投げ込んだ投手の後を、当然カメラは追う


 そんで、私の横来て文句言ってきて、私がなだめてる


「あのさぁ」


 まだあんのかい


「もう少し力落としていい?」


「へ?」


 この優勝候補相手に言うセリフか?


「なんか、もう少し力落とせば全部イケる気がする、最後まで行ける気がする」


 ま、マジかよ


 ん、でも待てよ、少しペースを落としても、うちの投手陣の力量を考えるとその方がいい、ノブさんをファーストからリリーフに持ってくるのはリスクあるし


「ちょっと待ってね」 


 相手チームのデータが書いてあるノートを見る


 登録から漏れた二年生二人とリナさんが書いたノートだ


「ペース落としても、ビタビタコントロール保てる?」


「うん、それは大丈夫、散々杏子と練習したから自信あるよ」


 凄えな


「したらさ、次の先頭の四番バッターはやばい奴だから、今まで通り投げてスピード植えつけよ、んで、それ以降ペース落とそう、ストレートを3キロくらい落とすイメージで、ビジョンのガン見て調整して、おそらくそれでもじゅうぶん抑えられると思う」


「おっし、わかった!やってみる」


「うん、楽しんでよ!みんな応援してくれてる、大観衆に見てもらえるなんて、そうそう無いからね!これは楽しむしかないよ!」


「オッケー」


 うんうん、いい感じ、いい顔してるよ


「ご褒美は?」

「へ?」


「完投したらご褒美ちょうだいよ」


 おいおい、ここ甲子園だぞ、大舞台だぞ、何を言ってるんだコイツ


「もう!完投したらね!完投したら何かご褒美あげるよ!」


「何かって?」

「はあ?」


 今じゃなくていいだろ


 でも、キラキラした目で言われるとつい…


「じゃあ…ゴニョゴニョゴニョゴニョ」

 口元を手で隠して耳打ちする


「おっし、力湧いてきた!」

「家帰ったらだからね!」

「オッケー」


「ハルー、ネクスト行けよー」

「あ、やべ」


「行ってくる!」

「うん、行ってこい!」


 ニッ、としてからネクストに向かった


 少年、いや、子供のようにウキウキしてるのがわかる


 うーん…

 なんか…私達またやらかしてないか?


 知らん、もー知らん、私悪くない、真面目にスコア書こうとしてたし、竜斗がいけない!絶対私悪くない!


 てか、二回表の攻撃、ここまでスコア書けてない!


 後で、録画見ながら書くしかないじゃん

 めんどくさ



 二回表の攻撃、竜斗は四球を選んだが無得点

 相手エースは完全に調子を上げてきた

 ここからは、投手戦間違いない



 その後の投手竜斗

 ペースを落としても、スイスイ相手を打ち取る、いや、三振の山を築く


 ペース落としても、ストレートの球速は154キロ前後をマークしている、そしてコーナービタビタ




 五回裏ノーアウト


 今日初めてのヒットを許す


 さすが四番バッター!喰らい付いてきた


 ノーアウトランナー一塁

 今日初めてのランナー


 いや、生涯初めてのランナーを背負う竜斗


 そして、私を見る


 さっき二人で決めた、ギアを上げなきゃいけない時は私が帽子を触る


 でも、まだだ、簡単にギアを上げては後まで持たない


 得点圏にランナーを背負うまでは我慢!


 少し首を振って、まだそのままのペースでいーよと、ジェスチャーする


 コクッと頷く竜斗


 これ、付き合ってる私達だからこそ出来る、意思伝達だと思う!



 相手ブラスバンドがチャンスとばかりに爆音を奏でる


 竜斗は大丈夫か?


 いや、全然平気そうな顔してる


 なんなら、その爆音にノッてる、楽しんでる

 なんだよ、そのメンタル



 サインを見てセットに入る


 肩越しにランナーを見る


 お、おー、そのスタイルかっこいいやん!

 三塁側、神


 かまえるドリさんのミットがパタっと閉じる


 え?


 あ!


 クルッ


 スパァン!


「アウトッ!」


 ………


 爆音が鳴り止む


「あーー」落胆の声がこだまする


「う、嘘でしょーーー!」

 思わず立ち上がり声出た


 初めての牽制で刺しちゃったよ


 もちろんドリさんが、ランナーの動き見てサイン出したよ


 だけど普通アウトに出来ないよ


 牽制はその名の通り、牽制でとりあえずいいの

よ、ランナーの動きを止めるだけでいいの


 自信ある人なら狙ってもいいけど、あなた初めてだよ、暴投したらどうすんのよ!


 しかし、あのターン


 クルッとターン


 マジで速かった、ずっと一人でクルックルッやってたもんな、で、コツを掴んだのね


 そして、ランナーの手が来るところにドンピシャで豪速球を投げる


 そりゃアウトになるよね


 はぁ、ため息ついてベンチに座り直す


 イチイチ心配するのやーめた


 もう、アホだよコイツ


 とっとと、メジャー行けメジャー


 そもそも、1イニング限定でフルパワーで投げてみん、高校生どころか、誰が打てんのよ?


 プレッシャーかかるストッパーでも、あのアホみたいなメンタルなら全然務まる


 訂正する、大観衆の前で野球出来るなんてそうそうない…


 ある、将来大観衆の前で、投げまくるぞコイツ



 さて試合再開


 竜斗がいつものセットに入る…


 ん?


 あれ何してんの?


 ランナーいないのに、肩越しにいないはずのランナーを見る

 クイックで投げる!


 ズバァン!


 ストレートがアウトローにキッチリ決まる


 スピードガンは153キロを表示している


 おー、クイックでも凄いじゃん


 じゃねーわ!


 マジで何してんの?

 ランナーいないよ?


 アホだから?ランナーいないよ?


 タイミングズラすためにクイックで投げた?


 いや、それはない、女心わからん竜斗にそんな芸当は出来るはずがない



 そのまま結局、クイックで投げ続けて後続の打者二人を三振に斬ってとる


 チェンジ


 クイックでも凄ぇなぁおい



 竜斗を出迎える


 色々聞きたいが、一点に絞る


「ナイスピッチング?なんで、ランナーいないのにクイックで投げたの?しかもしっかり肩越しからランナー見つめる感じで、なんで?」


「あ、いや、ランナーアウトになっちゃったじゃん?」


 お前のせいでな


「う、うん、そだね」


「なんかさ、このまま練習しといた方が今後のためにイイかなぁと、思って、クイックは試合でやったことないからさっ」


 そりゃ初登板だからね…ん?


「え!試したの?相手五番六番だよ?まだ四点差だよ?」


「うん、この二人、俺に合ってないと思うんだよね、なんか楽そうだったから試した、あれ?怒ってる?」


 相手全員合ってねーよ


「いや、怒ってはないよ、ないけど」


 もう言葉が出ない


 普通なら怒るよ、舐めてんのか?って


 だって、試す場じゃないよここは


 でも、あの目をされるとどうも…


 じゃない!圧巻過ぎて言葉が出ないの!


 初めてのクイックで、しっかり決めてくるんだもん


 怒れるわけがない





 最終回


 九回表、こちら最後の攻撃

 初回に四点奪って以来、無得点


 やはり、さすがだ


 初回無得点だったら、完全にやばかった

 そして、ツーアウトランナー無し


「五番、ファースト、佐藤君」


 ノブさんが打席に入る


 相手ピッチャーは、七回から左のエースから、右の10番のノッポ君に交代してる


 ノッポ君も凄い



 ノブさん頑張って


 腰はどのくらい痛いのかな


 ノブさんが、予選で好投、奮闘してくれたから、私達は今ここに、この甲子園の土を踏ませてもらっている


 本当にありがとうございます


 なのに、腰の痛みで投げれないなんて…


 甲子園で投げたいよね


 でも、そのチャンスを竜斗が必ず作るから


 いや、またノブさんの力が必要になるから、その時まで我慢してね



 カキーーーン!



 ライト方向に打球が飛ぶ


 そうだった、このキャプテンは打っても凄いんだった


「竜斗!ちょっといい」

「え?なに?」


「最終回はフルパワーは、一人だけ、最後の一人だけでいい」


「え、そうなの?アンソニーさんは…」

「いいから、最後の一人だけ!わかった?」


「わ、わかった」

「ヨシ」


 初めてトニーの言い付けを破った


 最終回は全てフルパワーで行け、魔物がいるとかいないとかだ


 トニーが言いたいのはわかる、甲子園じゃなくても野球は最終回にドラマが起きやすい


 そこが野球の面白いところ


 時間で区切られないからね


 でも、この怪物(モンスター)に勝てる魔物はいないと思う


 絶対にいない、魔物食べちゃうよたぶん


 少しでも、疲労を和らげたい、勝てばまた数日後に試合がある、五点差あって無理する必要はない


 打線も下位打線、フルパワー必要ない


 でも、フルパワーはさせてあげたい


 この大観衆のみんなに竜斗のフルパワーを見せたい


 なので、一人だけ


 トニーはきっとわかってくれる


 てか、文句言われたらブチキレる!


 人のこと散々こき使ってきたんだから!




 九回裏ツーアウトランナー無し


 相手は代打が出てきた

 竜斗の球を初見でしかもフルパワー

 そりゃ無理よ


 なんだろ、相手優勝候補だぞ

 舐めてんじゃん私


 でもね、竜斗の投球見てたら…そんな気持ちになっちゃうよ



 さあ!イケ!モンスター!


 セットに入る、いつもより大きく息を吐く、私を見る、コクッて頷く

 もちろん、私も頷き返す


 キャッチャーのドリさんが、いつもより気合いを入れてかまえる、これから来るとんでもないボールに備える

 

 足が上がる


 いつもより少しだけ大きく上がる


 投げた!


 ズダァーン!


 うなりをあげたボールが、ドリさんのかまえたミットに飛び込んでくる 


「ス、ス、ス、ストラーイク!」

 球審も驚く、


 そしてスピードガン表示は…

 161キロを点滅させている


 おおーーーーーーーー

 球場全体がどよめく


 そして…

 パチパチパチパチ

 なぜか拍手が湧き起こった




 試合が終わり

 桜水高校の校歌が流れる

 みんな、一列に並んで元気よく歌ってる


 監督と部長と私はベンチ前に出て、その校歌を聞いている


 どれだけの人がこの校歌を聞けると思ったかな


 皆無だと思う、私でさえ半信半疑だった


 竜斗よくやった、みんなよく頑張った!


 ナイス甲子園初勝利!


 まだ東京に帰れないよ!


 校歌が終わり、一同礼をする



 そして、歓喜のアルプスに向かう!


 監督、部長、私も向かう

 盛大な拍手で迎えられる

 気持ちいいね


 そして声援が送られる


「よくやったー」

「ハルー凄すぎるー!」

「チューパワー!チューパワー!」

「チューピッチ!チューピッチ!」


 や、やめろ、カメラも来てんだろがっ!音声拾われてんぞ!




 監督と、もちろん竜斗がインタビュールームに呼ばれた



 相手監督の試合後のインタビューが全てを物語っていた


「データが無かったのは理由になりません、データがあっても打ててません」


「あのボールを高校生に打てと言うのは無理があります」


「勝つためには一点もやれない覚悟が必要でした、そこはデータがあればと思いますが、桜水さんに三本もホームランを打たれてる事を考えると、どのみち無理だったと思います」


「初戦で春樹君と当たってしまった、うちの運の無さもあると思います」


「もし、後の方で当たってれば、まだうちが勝つチャンスはあったかもしれません、初戦の元気一杯な春樹君を打つのは無理でした、無理です、脱帽です」


 もしかしたら、ガブさんは大ファインプレーをしたのかもしれない


 いつかは当たる、でも初戦で当たって元気一杯の竜斗だったから勝てたかもしれない


 甲子園は、日程がこの先どんどん詰まってくる

 このまま一人で投げていくと、絶対に疲れが来る


 そんな時に今日の相手と当たってたら勝てなかったかもしれない


 データを見る限り、相手は今日投げてない投手がまだ二人いる


 日程が詰まれば詰まるほど、有利になるのは選手層の厚さだ


 マジでナイスガブさん


 しかも貴重なスリーラン打ったし


 怒って申し訳なかった


 ガブさん!ナイ……


 うーん、あのふざけかた見ると、なんか褒めたくない


 マリさんナイス!


 とりま、マリさんに心の中でお礼を言っとく


 

 春樹竜斗投手デビュー戦


 9イニング完封勝利

 球数わずか89球

 被安打1

 四死球はもちのロンで0

 奪三振は23個も取った


 出したランナーを牽制で刺したので、対戦した打席数は27


 そう、準完全試合


 元気一杯だからって、優勝候補相手にすげえよ



 あ、ご褒美…あげなきゃ


 ポッ

 

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