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第二話 月の大きい夜に

 石碑のあった原っぱを抜けて、小さな丘を超えた先に賑やかな集落があった。

 一時間もあれば全部の店を回れそうな。小さな集落。でも活気があって、あちこちから音楽やら人の話し声が聞こえた。

——やっぱ、日本じゃねぇな。ココ。

 石や木造でできた建物が並び、人の行き来が多い。服装は多少違うけど、雰囲気はそこまで現代と変わらない。ヨーロッパの田舎町みたいな。……行ったことないけど。

 でも、俺の知る世界と決定的に違うものがある。

「エイデン……」

「なに?」

「あのペットみたいなの……何?」

 必ずといっていいほど、すれ違う人の横にある半透明の塊。

 ぬちゃ、ぬちゃ、音を立てながら主人の後についていく。

「あれ?あれが使い魔だよ!」

——え?

 俺って今、あれと同レベル?

 あれと共通点があるとすれば、身長くらい。

「お前……ちゃんと俺のこと見えてる?」

「見えてるよ!バカにするな!」

 もしかして、と思って自分の手のひらを確認する。

 ……うん。

 ちゃんと五本指ある。人間だ。

「なぁ、使い魔ってなに?ペット?」

 そう尋ねると、エイデンは俺を睨みつけた。

「違うよ!もう、大きな声で話さないで!怒られるよ!」

 そんなセンシティブな感じの話題なんだ。

 辺りを見渡したけど、どうやら周りの人間には聞かれていないようだ。

 酒を飲んだり、話し込んだり、いい夜を過ごしているように見えた。

 歩きながら、エイデンの身長に合わせて少し腰を屈める。

「……ところで、俺たちどこ向かってんの?」

「ボスのところ。召喚に成功したら、使い魔を見せて認めてもらうんだ」

 ふーん、っと適当に相槌を打つ。

——そういや、今何時だ?

 スマホを見る。画面はちゃんと光るし、反応もする。

 ただ、当たり前に圏外だし、表示される文字も『� �撰シ托シ抵シ�』で、使いもんにならない。

 使えるのはフラッシュ、カメラ機能くらいか。

「その魔道具もちゃんとボスに見せてね」

「いいけど、取られたりしねぇよな?機種代、払い終わってないんだよ」

「ボスはそんなことしないよ!ったく……この使い魔偉そうだな。明日から、ちゃんとしつけないと……」

 ぶつぶつ呟くエイデンを横目に、少し落ち着きたくて、夜空を見上げた。

 そして、すぐに後悔した。

「やば……」

 月がバカでかい。

 まだ完全に上りきってないのに、夜空がめちゃくちゃ月。

 普通に怖いんだけど。

 今にも落ちてきそう。

 てか、この世界はなんだ?

 未来なのか、全く別の世界なのか。言葉は通じるし、見た感じエイデンもただの人間に見える。

 一息つくと、しっかりと現実が見えてくる。

——早く、帰らないと。

 唯一の希望は、たぶん梵さんもこの世界に来ているだろうってこと。

 どういう原理で記憶がおかしくなってるのか、わからない。

 だけど、俺は青森に着いたとき、また梵さんを忘れてた。金返してもらうために、青森行ったのに、だ。

 でも、今は梵さんをしっかりと覚えてる。

 たぶん、こっちの世界にいると現実世界では存在がなくなる……的なことなんだろうか。

 よし。

 気持ちで負けるな。

 とりあえず、大人と話す。梵さんを見つける。現実世界に帰る。以上。

「使い魔!着いたよ!」

 先を歩いていたエイデンが振り返った。

 ここだけ広場みたいになってる。

 その中央には、石で作ったかまくらみたいなものがある。

——これが……家?

 エイデンに続いて中に入ろうとしたとき、後ろが騒がしいことに気づいた。

「……あれ、まさか」「失敗か」「使い魔は……?」

 複数の視線が俺たちに集まる。その反応が妙に気になりながらも俺は扉を閉めた。



 でかいかまくら。

 そう思っていたけど、中は広かった。

 外から見たサイズの数倍も空間が広がっている。

「すげぇ……」

 綺麗な壁に高い天井。床は大理石みたいにツルツルだ。

 いくつも並べられている飾り棚には大きい石や小さい石が収められていた。宝石みたいに光っているものはない。本当にただの石。

 きょろきょろしていると、エイデンが俺の服を引っ張った。

「ボスー!ボスー!僕です!エイデンです!」

 物が少ないせいか、エイデンの高い声にエコーがかかる。

 エイデンが天井を見上げるから、つられて俺も見上げる。

 天井に吊り下げられていた、透明な石の一つが左右に揺れた。

「あっちだよ。行こう」

 エイデンは慣れているようで、スタスタと歩いていく。

 廊下の突き当たり、青い扉があった。

 でもドアノブがない。

 エイデンは扉に手をかざす。

「ピーレ!」

 聞き馴染みのない言葉。

 でもその言葉に反応するように、青い紋様が宙に浮かんだ。そして、数秒で扉がゆっくりと開いた。

 応接室みたいな部屋だった。壁にはぎっちりと本が詰まっている。

 この世界にも普通に本が存在していて、少し安心した。

「すまんな、ちょっと待っててくれ」

 ボスと言われた男は普通のおっさんだった。でかくもない、怖そうでもない、本当……普通のおっさん。ボスは机に向かって何か作業をしていた。

 エイデンは高揚してるのか、部屋の中を落ち着きなくウロウロと歩き回る。

「よし、終わった。……エイデン。どうだった?」

 ボスは椅子に深く腰掛けながら、目を細めた。エイデンはボスの声に大きく頷いた。

「召喚に成功しました!」

「おぉ!よくやった!」

 ボスはそう言うと、立ち上がりエイデンの頭を撫でた。

「早速、見せてくれ!」

 ボスは興奮気味に言葉を続ける。「どんな力を持ってるんだ!魔法は?なんの魔法を使える?」

 面倒な流れになってきた。

 エイデンも期待の目でこっちを見ている。

 この時、初めてボスとがっつり目が合った。

——どうすっかな……。

 仕方なく、ポケットからライターを取り出した。

 静かな空間で、カチ、と音が響く。

 小さい炎がぽぉっと揺れた。「火だ……!」

 エイデンの声だけが響く。

 人生で初めて感じたかも。

——完全に滑ってる気がする。

 羞恥心?これが、羞恥心か?

 殺せ、殺してくれ。

 はしゃぐエイデンとは逆に、ボスの視線は色がない。

 ボスはゆっくりと前に出て、俺を見た。

「それは魔道具だな」

「……そんな感じですね」

「エイデン!!!」

 腹から出たボスの声が、鼓膜を揺らした。

 空気が凍る。

 エイデンの顔からは血の気が引いていた。

「ち、違う!ちゃんと召喚して――」

「黙れ」

 ぴしゃりと遮られる。

「人を呼び、使い魔と偽るとは……何を考えている」

「僕は……!」

「規則は知っているな」

 エイデンが言葉を失う。

——なに、なになに。

 召喚できないとそんなやばい感じなの?

「今日が最後のチャンスだった。お前はもうここにはいられない。出ていけ」

 静かな声だった。

 エイデンは何も言えず、ただ立ち尽くした。そして逃げるように部屋から出ていった。

——めんどくせえな。

 ボスはすぐに表情を切り替え、こちらに向き直った。

「旅の方でしょう。無礼をお許しください。どうぞ、明後日までのコルトをお楽しみください」

 さっきまでの空気が嘘みたいに丁寧だ。

「あの……一個だけ聞いていいですか」

 ボスの動きが止まる。

「出ていけ、ってこの集落から追い出すって意味です?」

「私たちの掟です」

「あの子、他に行くところは?」

沈黙。

「そっすか」

 俺は扉に向かった。

 めんどくさい。本当にめんどくさい。

「エイデン!」

 かまくらの家を出て、一人どこかへ行こうとするその背中を呼び止めた。

「お前のせいだ!お前のせいで、俺は」

「どこ行くんだよ?もう暗いぞ」 

「もう一度、召喚する」

「もう一度って……何度もできるもんなの?それ」

 無言でエイデンが近づいてきた。

 慰めようか、そう手を伸ばすより先に小さな拳が腹に入った。意外と重たくて、息が詰まる。

「っ……普通殴る?」

「うるさい!!嘘つき!!」

 はは、と渇いた笑みが溢れた。

 ちょっとした罪悪感。

 俺だってこんな大事になるなんて思ってなかった。

 エイデンは俯いた。肩を震わせている。

「……なぁ。使い魔を召喚できれば、追い出されずに済むんだろ?」

 コクっと小さな頭が頷いた。

「一緒に考えよう。召喚する方法」

「……できるの?」

「わからん。でも、俺は考えるのは好き」

 そう言うと、エイデンは「なんだそれ」と少し笑った。

「とりあえず、腹減った。なんか食おう」

 梵さんが前に言ってた。

 民俗学は生きていく上で、役に立たない学問だって。

『でも……民俗学がなければ、この世は謎だらけだっただろうね』

 梵さん。

 今、人生で一番謎だらけの環境にいるよ。

 疲労と不安と、1%のワクワク。

 でも、この心のざわめきは……悪くない。

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