第四十八話 長い睡余の後始末※
(ぼかしてはいますが、縊死の描写があります)
ゆうらゆら。ゆうらり。
抜けるような蒼天を頭上に頂きながら、首を縛られた五体の遺体が薫風に吹かれて揺れていた。真新しい遺体はいずれも男で、年齢や体格に共通点はない。
吊るされているのはヴィスコル城の城門だ。彼らは虚ろな目で涯の森を──その先にある農村を見つめていた。
死の直前、貴族相手に反旗を翻すという短慮を悔いただろうか。それとも、この運命を呪って死んだのか──今となってはもう分からない。
──ゆうら。ゆら。
揺れる遺体を嘲笑うように、漆黒の鴉が高らかに鳴き声を上げた。
菖蒲月の十日──リュミドラ討伐から一週間あまりが過ぎた日のことであった。
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エリシュカは自室の机に向かい、二通の封書を難しい顔で見つめていた。
二通とも既に封が開けられており、赤い封蝋に刻まれた刻印も同一のものだ。王冠を掲げた薔薇と百合の盾に、持ち手として描かれているのは気高き一角獣と勇猛な獅子王である。これは現王家が利用する紋章と特徴が一致する。つまり、差出人は王家──国王陛下その人であった。
一通目はリュミドラ討伐の翌日に届いたものだ。時候の挨拶と共に、喪中の最中、しかも辺境にいるエリシュカを慮る一文から始まっていた。
『アルフレート・カタルジュの夭逝による名門カタルジュ直系の断絶は無念という他なく、王家としても無視できぬ損失である。カタルジュ家は長きに渡り王家に仕えた。その忠節に対する見返りとしてエリシュカ・カタルジュによる爵位の継承を認め、ここにその免許を与えるものとする』
封筒の中には爵位継承においてエリシュカの継承を許可するという旨が書かれた勅令状が同封されていた。
そこにはエリシュカのみならず、エリシュカがもうけた子に娘しかいない場合においても、女系継承を可能とする文言も記載されていた。これは、破格の待遇である。
但し──最後に継承を認めるにあたって、とある条件が提示されていた。
それは、エリシュカが女辺境伯となった暁には、王家の許可なく婚姻することが出来なくなるというものである。これは身分や派閥はもちろん、年齢から素行に至るまで王に勘案され、婚姻の裁可を得る必要があるということだった。
畢竟、エリシュカは王家の切り札となることを余儀なくされたのである。
だが、エリシュカは皮肉な笑みを浮かべ、王の勅令状をびりびりと破り捨てた。
「……きっと、陛下から二通目の書簡が届いていなくても、私は同じことをしたわ」
エリシュカは自ら千切った紙切れを宙に放る。紙片は徒と散る花びらのように床に舞い落ちていった。
一昨日届けられたもう一通の書簡は、もう再び読む気にもなれない。ただ、その文面については到底忘れられるものでもなかった。
『先日のエリシュカ・カタルジュの女系継承の許可を、王命を持って無効とする。欠格事由については、先般、当該人が御使いに選ばれ使徒となったことにある。辺境伯の任と並行して吸血鬼討伐の使命を果たすことは容易にあらず。万が一、先代に続き今代の辺境伯が急死する事態となれば、辺境の治安悪化は必至である』
文面は更にこう続いた。
『女系継承は撤回となったが、ガラ=ルミナスの一部村民が貴族の血を引く子女に手向かったことに相違なし。エリシュカ・カタルジュの助命嘆願もあり、数十名には減刑するが、首魁の助命は断じて能わず。よって、以下に記載する村民については極刑が妥当である。速やかに刑を執行すべし──オレズ・ニル、シャーレ・カント、カルネ・ソモン、カストラヴェテ・フィカット、ロシュ・レグメ』
王は減刑と言うが、反乱に参加した者たちについては収穫物の殆どを没収し、村長のゼノを始め百人余りの者たちについては反乱を止められなかったとして重い税を課したと聞いている。
彼らは果たして、この冬を越せるかどうかも分からない。
長々と書かれてはいるものの『王室の権威を傷付けるものは何人たりとも許さない』──それだけだ。
そして、権力を脅かす者の範囲にはエリシュカも含まれている。
ザハリアーシュを討伐した三人の使徒の内、一人はその功績から前王朝の姫を娶り、その後人民の後押しもあって玉座に就いている。
幸いにも新たな使徒──エリシュカは女であるため、玉座など望むべくもない。しかし、万が一にも使徒を妄信する輩に祭り上げられ、王権を揺るがす事態になっては困る。だからこそ権力から遠い場所へと追いやった──そういうことだろう。
命を弄ぶという意味では、吸血鬼も王室も大差ないのかもしれない。
「……やっぱり、私には向いていないわ」
エリシュカは大きな旅行鞄を一つ右手に持つと、自室を出てホールへと向かう。大きな荷物を持って階段を下りるのは難儀しそうだと思ったところに、階下から声が掛かった。
「お嬢様!」
「おっと、もう準備が出来たのか? 今呼びに行こうと思ってたところだったんだぜ」
ホールにいたのはネリーとヴィタリーだった。
ヴィタリーは左肩と腕を三角巾で固定されているのが痛々しい。
聞く所によると、ヴィタリーは左肩の怪我を押して銃を使用した代償で、全治一ヶ月の銃創が完治に三ヶ月を要することになったそうだ。
それに対してネリーは比較的怪我の予後が良いようだ。ネリーはエリシュカが重い荷物を自分で持っていることに驚き、慌てて階上に駆け上がった。
「お嬢様、言ってくださればお荷物は私がお持ちいたしますのに」
エリシュカは微笑みを浮かべつつ首を振り、ネリーの助力をやんわりと断る。
「私はもう平民だもの。自分のことは自分でするわ。……まだみんなのように家事をこなす自信はないけれど」
エリシュカが本当に途方に暮れたように言うので、ネリーはくすりと軽く吹き出す。しかし、すぐにその美貌に影が差した。
「……本当に……ヴィタリー様と共に首都へ行かれるのですね」
「ええ。平民になったからには、働かないといけないでしょう?」
旅行鞄を両手に持ち直し、一歩一歩踏み板を確かめるように階段を下りるエリシュカを、ヴィタリーは複雑そうに見上げる。
「……吸血鬼狩りになりたいってのは本気だったんだな。決意は固いのか?」
「ええ。どうしても、兄様のことを諦められそうにないの。……私、自分がこんなに諦めが悪いって知らなかったわ」
エリシュカはたっぷりと自嘲を含んだ笑みを浮かべる。そのいじらしい様子に、ヴィタリーは眉を悲しげに寄せ、リュミドラを討伐した日のことを思い返した。




